オフィサーの苦悩Ⅲ
リヴェンサーがオフィサーと呼んだ人物の出で立ちは『スターダストオンライン』の荒廃した世界観をフルに詰め込んだような姿をしていた。
戦車の砲身をそのまま引っ付けたと言わんばかりの右腕の巨大な主兵装。
それのバランスを図るために肥大化させた左半身の過重装甲と左腕のカイトシールドが備わっている。
両肩部・脚部にそれぞれ装備された4連のミサイルポッドは、他のプレイヤーが装備している初期兵装の小型ミサイルポッドに比べると明らかに格が違っていた。
そんな重装甲でありながら、オフィサーの佇まいは至って気品に満ちている。
足取りは軽やかに、かつ一寸の狂いなく真っすぐにプシ猫とリヴェンサーの元へと近づいてきている。
「失礼します。このVRゲーム内では人前で口を開くことを禁じられていましてね。
いざ解禁されたところで、いやはや、どうやって皆々様に接していいものやら、焦ってしまいます。」
オフィサーが自身のヘッドバイザーを外そうとする。
しかし、それが接着されているのを知ると、一度こちらへ向けて会釈をした。
「まだバーチャルリアリティというものに慣れていない若輩者でして、ぜひとも皆さまにはご教授いただきたいと考えて――……剣の切っ先を向けられるのは甚だ遺憾なのですが、何か?」
リヴェンサーが自身の【コーティング・アッシュ】をオフィサーへと向けていた。
フェイスメイルが下げられていて表情は分からない。
けれど言い得ぬ威圧感が隣にいたプシ猫すらもビクつかせた。
「どうして遊丹が外に出ている?
あんな欠陥だらけのリザルターアーマーで、銃弾の一つだって致命傷になりかねない。
それに、既に五人のプレイヤーが彼女にキャラロストさせられている。
今じゃ、遊丹は”ネームレス”扱いだ。
それもこれもあんたが遊丹をペントハウスから逃したから!」
慟哭するリヴェンサーとは対照的にオフィサーは露骨に肩をすくめてみせた。
そして小首をかしげると、一度首を横に振る。
「お互いの解釈に齟齬があるようですね。そして事実を違えているのは恐らくそちらだ。
わたくしは一度たりとも彼女の保護を約束した覚えはないんですよ。
一応、当時のスクリーン映像も保存してありますので、後ほどご覧いただきましょうか?」
彼の言葉を弾劾するかのように、リヴェンサーの大剣が振るわれる。
かろうじて左腕のシールドで弾いたオフィサーが後方へと倒れこむ。
「やれやれ、本当に最近の若者はキレっぽくてかなわない……。」
オフィサーはアーマーについた汚れを払いながら起き上がる。その間にも彼は口を閉じようとしない。
「オマケに体力だってあるのだから、もっと躾けはしっかりして、手綱は離しちゃダメなんだ。 傷害事件だぞ、これ。
……あぁ、これゲームの中か。 殺し合いが当たり前の狂った世界を、最近の子供たちは好んでいるんだ。
まったくもって、未来が心配になる。
――そこのお嬢さんはお話が通じますかね?
わたしは可能ならば、人類が長い年月を費やして発展・熟達させた”対話”というスキルでことを納めたいのですが」
突如話を振られたプシ猫は何を躊躇うこともなく、握っていた【10mm徹甲マシンガン】の引き金をひいた。
オフィサーの「ひぇ!」という短い悲鳴のあとで彼の盾が放った銃弾全てを弾いた。
「……場当たり的な選択は身を亡ぼすって、鳴無学院では習わないのですか?
あぁあぁ。 最近の学校教育は形式にばかりこだわって実用的な知識や技術を何も教えようとしない。
これだから、無能ばかりが蔓延る社会ができあがるんだ……。」
「話を聞く限り、貴方のほうがよっぽど無能です。 恥を知ってください」
銃身が赤く熱せられ始めた10mm徹甲マシンガンの撃ち方をやめて、プシ猫はライフルの銃剣を盾に隠れたオフィサーにむけた。
「何も悪事を働いていない善良なる市民に発砲ときたか……!」
「そうやって現実とゲームの区別がついてないのも、頭が硬い証拠です」
「そうか。ゲームですか、現実とさして変わりない情報量がそのまま伝わってくるこの世界が、そちらのお嬢さんにとっては現実と区別できる非現実の空間だと言えるのですか。」
クク、押し殺した笑みを浮かべつつ、やはりオフィサーは攻撃する素振りもないまま話を続ける。
一通り笑うと、オフィサーは空を仰ぎ見るように顎をあげる。
「矛盾している、子供の戯言ですね。
他人を言い負かすためにネットからコピペしてきたかのような文句を垂れ流す。
無責任にも自分のことは棚にあげて人の粗探しにばかり精をだす。
お嬢さんはきっとお友達が少ないのでしょうねぇ。」
顔は隠れていたが小首の動きでこちらを観察するのがわかる。
大方、挑発してこちらから手を出させたいのだろう。
別段、学院会に所属していないプシ猫にはこのまま奴をハチの巣にして捨て置くのでも問題ない。重装備のアーマーだというのはわかるが、さっきの尻もちといい、身体の使い方といい、戦い方は風紀隊の笹川とかいう奴にも劣る。
倒すことはできずとも、逃げ出すのはさほど難しそうではなかった。
挑発に乗らず、黙りこくったプシ猫を確認すると、オフィサーは依然として大剣で自身を突き刺す用意をしているリヴェンサーへターゲットを移す。
「――アー、成果だけで考えて。
ペントハウスで無気力状態だった彼女を目覚めさせることには成功しております。
……ご様子は多少乱れておられますが、わたくしは貴方とのお約束通り、彼女が意識不明となった原因を探るという任は順調に進めていると自負しております。
ご配慮、ご容赦、恩赦と放免を求めることはできませんか?
もっとも、わたしは何一つ違反はしていないのですがね」
煙に巻くような言葉が並べられ、リヴェンサーもまた怒髪天をつく思いで腕を振るわせている。
それだけでも十二分に答えは「NO」だとわかってしまう。
なのに、オフィサーは懲りずに口を動かし続ける。
ジッとリヴェンサーの顔を伺いながら。
「ふむ。
では進捗報告の”デモンストレーション”を行うとしましょう。
今回、彼女『ニアンニャンEU』を救うために行ったことは、簡単におっしゃると神経系情報セットのアップロードです。
彼女のプライバシーもあるため、深く告げることはできませんが……。
リヴェンサー殿にわかるよう省いて言わせていただくと、『スターダストオンライン』内のNPCデータを彼女の神経系情報として、M.N.C.(マス・ナーブ・コンバータ)を通じて、彼女のキャラクターと現実世界の彼女、両方に送り込みました。」
「――!!」
オフィサーが何を言っているのかプシ猫にはわからない。だがリヴェンサーはその意味に気づいているらしく両肩を震わせた瞬間、大剣を一直線にオフィサーへと突き刺した。
「はぁ……いやいやいや、説明責任を果たすのも命がけだ。
ですが、おおむねわたしの思い通りにことは進んでおります。」
目の錯覚を疑ってしまうほどの一瞬で、オフィサーは大剣を紙一重の位置で避けていた。
――リヴェンサーの攻撃が? いくらユニを抱えているにしても、私が銃剣で突撃するスピードとは非にならない速度だったはず。
驚愕の思いを抱いているのはプシ猫だけではない。
【コーティング・アッシュ】による一撃を放ったリヴェンサー自身も信じらないと言わんばかりに大剣とオフィサーを交互に確認していた。
「リヴェンサー殿、貴方がこのスターダストオンラインの世界――確か、アイランド2と呼ばれる星が舞台でしたか。
そこで数々のNPCやクリーチャーとの記録を集めてくれたおかげで、いくつかゲーム内のデータを流用することができました。
ただ、このゲームにおけるNPCは、そこまで作りこまれてはいなかったようで、彼らの神経系情報をアップロードしたところで、彼女に変化は生まれませんでした。
なので――」
突如、リヴェンサーの身体が崩れ落ちる。
「覚えていますかね?
【チャフ・グレムビー】と呼ばれる鈴虫が巨大化した見た目のクリーチャーは、リザルターアーマーやその兵装へとウィルスを流し込み、認識機能に齟齬を与える。
ダメージが蓄積された状態になると、仮死状態になり、ウィルスを仕込んだ対象のコントロールを自分のものにして、仮死状態である母体を守らせる。
その【チャフ・グレムビー】の五感神経系、行動パターン、環境に対する変化、等々の情報全てを”彼女に流し込んでしまいました”」
倒れこむリヴぇンサーの背後には、ついさきほどまで動けずにいたはずのユニが立っていた。
彼女の腕には大鎌があり、その切っ先がリヴェンサーの背中に突き立てられていた。
「ア……アァ……ァ」
呻き声をあげたユニは、一度だけプシ猫に振り向くと、そのままリヴェンサーの身体の上へ同じように倒れ込んだ。




