手放すもの
☆
衣類じみた装甲をはためかせ、風切り音とともに人を模った凶獣が救難アンテナ塔の上階から降っていく。
呻き声か悲鳴か、どちらか判別ができない奇声をあげながら獣は自身の手にあった大鎌を塔の支柱へと振り下ろす。
唸り轟く金属音が響き、アレの周囲に盛大な火花が散った。
背部のスラスター噴射も行い、落下の衝撃を弱めることに成功するが威力を完全に殺すことができず、獣は地面に叩きつけられてしまう。
集まったプレイヤーの人だかりは落下してきた黒い塊を避けるように空いたが、すぐに好奇心や義務感に誘われて、蠢くソレを見ようと歩み寄ってくる。
それほどに、その”何か”の挙動は特異だった。
痛みを感じないはずの『スターダストオンライン』にて、ソレは本当に痛がっているように何度か地面を転げ回っていた。
「そのプレイヤーから離れろ!」
リヴェンサーが階下のプレイヤーたちへ叫んだ。
しかしその声は人だかりの喧噪に飲み込まれて全員には伝わらない。
とりわけソレの近くにいたものは離れるどころか更に歩み寄ろうとしている。
獣のその手にある大鎌の刃が自身へ向けられたとも知らずに。
「くそ、間に合ってくれ!」
リヴェンサーがアンテナ塔から身を乗り出して羽根を散らしながら飛び立つ。
生まれた磁場の推進力とスラスター噴射によって彼は急降下していく。
落下後の衝撃を厭わない捨て身の突進だった。
だが一方で、狂人の刃は一息にプレイヤーへと振り下ろされてしまった。
「あ……。」
プシ猫はアンテナ塔の上階から見つめる地上に、円環の満月ができあがるのを見た。
広範囲に及んだ大鎌による斬撃は、歩み寄っていた学院会所属のプレイヤー3名の身体をアーマーごと胴体部で真っ二つに切り裂いていた。
――四肢の損壊扱いにならない完全なる致命の一撃。
見慣れないキャラロストの瞬間に、初めは誰一人騒ぎ立てることはなかった。
けれど、昨夜、笹川宗次がキャラロストした場面に居合わせたであろう一人が気づいて、ようやく悲鳴があがった。
今まさに胴体が切断されて崩れ落ちるプレイヤー自身でさえ、皆の慌てる様をみてようやく自分の置かれた立場を理解する始末だ。
そして、おそらく彼を襲っているキャラロストの感覚はもっと彼の背筋を震え上がらせているはずだった。
風紀隊ではない学院会メンバーはスラスターによる加速もしないまま、大鎌から逃げ延びようとした。
しかし逃げられない。
大鎌の柄に取り付けられたいくつかのバーニアが陽炎を揺らしたかと思うと、持主の身体ごとその推進力で引っ張りあげて逃げ惑う人々の背に迫る。
一人、また一人と凶獣は的確に致命傷を与えていく。
リヴェンサーが逃げるプレイヤーの間に割って入った頃には、獣はすでに5人のプレイヤーを殺めてしまっていた。
「あれが、……ユニ?」
ものの数秒で容易く学院会のプレイヤーがロストした。
上階から全てを見ていたプシ猫は自身の視界に映る光景を信じられずにいた。
アンテナ塔と駆け下りる間も、未だに全てが信じられない。
「あれじゃ、クリーチャーじゃないっ」
プシ猫の言葉に呼応するかのように階下のリヴェンサーが力づくで獣――遊丹を大剣の重量で抑えつける。
勇敢なるリヴェンサーの登場によって学院会メンバーに士気が生まれ始めていた。
リヴェンサーをサポートしようとプレイヤーたちが初期兵装【10mm徹甲マシンガン】を装備していく。
「加勢しますっ! ネームレスめ、よくも新太を!」
「そうだ、笹川さんみたいにやられるなんて真っ平だ。」
「生徒会長が抑えている間に攻撃します」
複数のプレイヤーたちが構えるマシンガンの銃口が錯乱する遊丹へと向けられている。
ものを考えるよりも先にリヴェンサーは「キミたちはにげろ」と声を張り上げるほかなかった。
落下の衝撃による高負荷により、遊丹を抑えこむのでさえやっとなダメージを受けてしまっている。
もし彼女が機動力重視に戦法を切り替えたなら、手負いのアーマーではスピードに追い付けなくなってしまう。
そのためにも、遊丹のターゲットが彼に向いている今の状況が好ましい。
だが彼らが攻撃を始めてしまったら……。
案ずる暇もないまま、彼らは引き金をひこうとした。
「ユニに攻撃はさせないっ!」
けれど、素早いバースト射撃が彼らの腕を貫いて、【10mm徹甲マシンガン】をその手から引き離した。
アンテナ塔の中腹まで下りていたプシ猫が、狙いを澄ます時間も感じさせぬスピードで、的確にプレイヤーが銃器を構えていた腕をピンポイントで撃ちぬいていた。
「仲間が潜伏していたのか!? 皆、銃をもて!
ログアウトするときのメニュー画面から【10mm徹甲マシンガン】って武器がある! リヴェンサーさんが撃たれる前に、ネームレスと奴の仲間を撃て!
笹川さんと同じ末路をリヴェンサーさんに強いるな!」
いくらプシ猫の射撃スキルが群を抜いていても状況は何一つ変わっていなかった。
武装して血気高まるプレイヤーたちの腕を間髪いれずにプシ猫は撃ちぬいていく。
プシ猫とプレイヤーたちのいる地上は多少の距離がある。
そのため、応戦されて撃たれようが被弾率はそこまで高くない。
彼らと同じ銃器【10mm徹甲マシンガン】を使っていても、完璧なリコイル制御を可能とする【キャノンサス】が彼女にある限り、命中率のアドバンテージはプシ猫にあった。
それであっても、プレイヤーをさばく人数には限りがある。
群衆の誰かが放った弾丸が遊丹の身体へと命中して、彼女は鴉のような体躯を揺らして苦しむ。
これ以上、遊丹にダメージは与えられない。
その気持ちはプシ猫もリヴェンサーも同じだった。
「何をいまさら迷う必要があるっ。 俺は何を犠牲にしても遊丹を守ると決めたじゃないか……!!
なら――。プシ猫! 俺にさっきの武器をよこすんだ!」
声を聴いた瞬間、プシ猫はマシンガンの引き金をひいたままプレイヤーの群れへと飛び降りた。
スラスター噴射で地上に着地するやいなや、身をかがめ、小さな体躯を活かして彼女は群れの中心――ユニの元へと突き進む。
もはやプレイヤーの命を保証する気はない。
進行を妨げる者がいれば容赦なく撃ち倒して、プシ猫はリヴェンサーとプレイヤーたちの間へ躍り出る。
すぐさまメニュー画面から【電磁式ライフル】を呼び寄せるとそれをリヴェンサーへと投げつける。
それを受け取った彼は盾にしていた大剣を引いて、ユニの身体を自分へ誘い込むと、ライフルに装着されていた【エレキ・バヨネット】で彼女の腿部を突き刺した。
遊丹の身体に小さな稲妻が走ったと思った瞬間、彼女は倒れこむ。
依然呻き声はあげているため、やはり意識はあるようだった。
この銃剣には何かのバッドステータスを与える効果があるのかもしれない。
……これをつくってくれた路久に感謝しなければならない。
プシ猫が安堵するのもつかの間、さきほどとは毛色の違うどよめきが生まれていた。
これらの一部始終を見せられた群衆が何を思うか、リヴェンサーもプシ猫も理解していた。
リヴェンサーの要請にプシ猫が応え、協力して殺人鬼である『ニァンニャンEU』という名のプレイヤーを庇うように群衆から距離をとっている。
しかも、プレイヤーを襲ったプシ猫を本来斬らねばならないはずのリヴェンサーは、彼女の背後をとっていながらも、まるで攻撃する素振りはない。
「……リヴェンサーさん、動けなくしたのなら、早くそいつらを殺してください!
じゃないとまた僕らが襲われるかもしれない!」
「すまない。それはできない。」
「――じゃあ、貴方は本当に僕らを」
群衆の中で聞こえた声にリヴェンサーははっきりと答えた。
それだけを聞き届けてプシ猫はプレイヤーらに銃口を向けて、道を明けるように指示する。
意気消沈した彼らは抵抗しようとはしなかった。
”風紀隊のリヴェンサー”という人物が如何に信頼されていたか、プシ猫は嫌でもわかってしまった。
遊丹を担ぎ上げたリヴェンサーは多くを語らずに歩み始める。
プシ猫も同じように先行した彼の後ろへついた。
しかし数歩いったところで突然、彼の足が止まった。
「オフィサー……!!」
そう呟いたリヴェンサーの見つめる方向には、一人のプレイヤーらしき人物が立っていた。
「ご無沙汰しております。――あぁ、これも仕事ですよ。 あるいは営業。自分を売り出すための、ね」




