武器庫の中身は?
「ついた。ここから学院会が拠点にしているアジトに入れる。」
「――……」
”強化屋”がある兵器・キャリバーの腰部、そこから数歩歩いたところに地下へ繋がるエレベーターが存在した。
僕が腰部地区をこっそり探索した際は、エレベーターは稼働していなかったはずだ。
笹川はトビラの横に備わっていたテンキー付きのタッチパネルを操作すると、エレベーターは突如駆動音をあげて上昇下降のボタンが点滅しはじめた。
僕がみたときはボタンが光を放っておらず、そもそもタッチパネルは黒い鉄板になっていた。
普通のRPGでいうなら、エレベーターは拠点の町なんかに存在する”入れない住宅”という印象があった。
となると、これがクランが持てる専用のプライベートエリア、”ホーム”に繋がっているのか。
まさか他所のホームに入れるときがくるとは思わなかった。ましてやそれが”学院会”の取り仕切っているところだなんて。
……ん、まぁ現時点で『スターダストオンライン』内にクランをつくることができるのなんて”学院会”くらいしかないんだけどさ。
「それで、この下がアジトのペントハウスっぽいところ。
”オフィサー”ルームって俺や委員長――月谷元会長は言ってたけど、知ってるか? オフィサー。
学院会に所属する鳴無学院の生徒は全員、彼から告げられるクエストをこなすことでスキルポイントを得ている。
だから皆、オフィサーが学院会を管理する人間だと信じてる。
もちろん俺も。
だけど、今思えば他のプレイヤーは素性はわかっても、オフィサーだけはわかってないんだよな。」
オフィサー……知ってて当然みたいな空気出されてるけど、僕は学院会に一度だって所属したことがないから、まったく知らないんだよな。
時たま、『スターダストオンライン』の話題を教室で話してる連中がいたから、名前自体は聞いたことがあったけど、どういう人物なのかはさっぱりだった。
「『スターダストオンライン』をゲームという枠から逸脱させた張本人ってことか」
不思議と身体に力が入るのを感じた。
憤りだろうか?
しかし、僕の側に正義があるかと問われると、決してそんなことはない。
”強化屋”でゲーム内外問わず、自身の能力を拡張するのは倫理や道理がどうなるかはわからないにせよ、違法というわけではない。
むしろ意識不明者を出した時点で『スターダストオンライン』には欠陥がある。
そういわれたら、僕は真っ当に言い返せない。
ただ『スターダストオンライン』は面白いゲームなのだと喚き散らすのがせいぜいだろう。
結局のところ、僕の行動は全部我がままを通すためのものなのかもしれない。
後ろ向きな考えはやめろ、閑話休題だ。
オフィサーは一体何のためにこんなことを行っているのだろう?
キャリバータウンに人を押し込め、風紀隊を創り、町にプレイヤーを閉じ込める。
表向きの理由は、キャリバータウンという安息の場がバトルフィールドに変わってしまう”レイドイベント”を恐れているから。
レイドイベントは、主に街の外――『月面露出地区』と呼ばれるフリーフィールドで発生する突発イベントだ。
けれど中には、フリーフィールドにてプレイヤーが行ったアクションが、キャリバータウン内に存在するイベントを発生させるトリガーになる場合もあるそうだ。
町の外に出たことがない僕はもちろん、一度も経験したことはないが、昨夜発生させたクエスト【ジェルラットの暗躍】も一応レイドイベントという扱いになるのかもしれない。
つまり、ああいう偶発的な強襲をオフィサーは恐れて、プレイヤーをキャリバータウンに閉じ込めているのか。
でも、プレイヤーがキャラロストを強いられてしまうほどのイベントがそう簡単に起こるとは思えない。
もし起きてしまったら、プレイヤーがアーマーの修繕やカスタマイズを行っている間に、背中からクリーチャーに襲われる可能性があるってことだ。
そんな状態になったら、まともにプレイすることだってできない。
……。
考え事をしている間に乗っていたエレベーターの自動ドアが開いた。
現れた空間はおよそ『スターダストオンライン』とは思えないほどのまともな文明の息を感じる内装に仕上がっていた。
シックな木製の家具の数々が並び、アンティーク調なブリキ装飾がアクセントとなって部屋内を彩る。
何かの革で張り巡らされたソファなんて高級感溢れる見た目とは裏腹に、触れるだけで腕が沈んでいくほどフカフカだ。
大破壊後、あるいは世紀末、ポストアポカリプスと表現できる世界にこのような空間があっていいものか、そう問いたくなるほど快適な部屋だった。
……鼻につくこの香りはアルコールだろうか。
部屋の隅には小さなバーカウンターまで完備している。
笹川はカウンター席の一つに座ると、僕には見えない何かをいじるみたいに指先を動かしている。
「ここは学院会メンバーなら自由に使えるのか?」
「いんや。学院会の殆どは知らないんじゃないかな。俺がこの場所に気づけたのは、エレベーターに乗り込むオフィサーを見かけたからだし。」
「おいおい、ってことオフィサーと鉢合わせになることもあり得たんじゃ」
「抜かりはないって。 さっきオフィサーが出歩いてるって情報を耳にしたからな。
さっき言ったとおり、スキルポイントが欲しい場合はオフィサーに頼み込むしか方法はないんだ。だから学院会の誰もがオフィサーの動向には注目している。
俺がこの場所を見つけたのも、あの人が気になったからだ。
それよりも、気になるのはこれじゃないのか?」
笹川が何かの兵装を手元に呼び出すと、すぐさまこちらへとそれを投げた。
その兵装は僕の腕ほどの長さしかない鉄棒だったが、ちょうど親指付近にかかるボタンを握ると、突如として光を放ち始める。
「【ビームコーティングナイフ】……?」
腕の中で青白く燃える刀身が、付近に影を灯す。
「俺たちは始めたばかりで初期アーマーだし、レベル制限でこんな弱っちいのしか装備できないけどな。でも唯一使える光学系兵装だし、使い勝手じゃそれなりだろ?」
「……」
「不満か?
他にも敵へ刺しこむ【射出型アンカーロッド】、遠隔操作可能な【小型ドローンピットミサイル】、劣化ビームソード【延長はんだこてブレード】、ブースト向上用【脚部オペラントタンク】ウイルス散布の【バグズランチャー】なんてのもある。
あんまかっこよくないな……。」
「……グスッ」
「黙るなよ。 奇抜な兵装が多いのは、チュートリアルのガチャで手に入れた兵装だからだと思う。 ビームコーティングナイフはその中でもマシな部類の……って、なんでお前泣いてるの?」
「ようやく、僕の、『スターダストオンライン』が始まったんだな……って」
「……あぁ、そう。」
笹川がリアルで気持ち悪がっているのを横に、僕は子供みたいに【ビームコーティングナイフ】を振り回すのだった。




