再会
「行動に合わせたアーマーの動力配分、ビーム拡散値および放射距離を制限してエネルギー消費を抑え、回避に射撃を交えて隙をつくらない。
まったく、とんでもないことやってのけたね。 【モルドレッド】の美しい肌が台無しになったよ」
咎めているのか嬉しがっているのか、少女はニタニタ微笑みを浮かべて【モルドレッド】の亡骸を眺めていた。
NPCである彼女が、難破した小型宇宙船から外に出ている姿なんて初めて見た。
だが驚きは薄い。
今日は既に予想外なことが多く起こりすぎていて、驚くことにも飽きてきていたのだ。
専ら僕の関心は自分のことに向けられていた。
彼女の述べ連ねた通り、僕がしでかしたことはつい先ほどまで僕自身が無理だと思ってやまなかったことだ。
今までは【Result OS】のスラスター操作や姿勢制御で四苦八苦していたにも関わらず、そこから更にビームライフルやエネルギー供給率の調整まで行ってしまったわけだ。
理想的なマニピュレート操作ができていた。
【モルドレッド】を倒した事実よりもその一点が強く僕を惹きつけていた。
しかしながら、素直に喜ぶことができない。
戦闘を終えた今、また同じことをやれと言われてもできる自信がまったくない……!!
「僕が倒したってことでいいんだよね?」
「この小さな身体と空の両手、ついでに下着は履いてなくて小股が擦れる少女にできたとでも?」
それは開発者側の趣味でしょうよ……知らんけど。
僕の質問に彼女は気取るような言葉で返す。
平然とNPCが返事してくるのも奇妙なことだったが、”その件”は僕の中では既に答えは出ていた。
「そうだけどさ。 こいつと戦っているとき、僕はまるで別の誰かが僕の代わりに戦っているような気分になったんだ。 だから冷静に想定通りの動きができたんだ。」
「ふーん。別の誰か、ね……。ところで、この【モルドレッドのフォトンエッジ】はいらないの? 他のプレイヤーに自慢できるくらいには高いレア度の素材なんだけど」
「! ほ、ほんとだ。【モルドレッド】が落としていたのか!?」
前回の【モルドレッドのフォトントゥース】は結局使わずじまいでキャラロストしちゃったもんな。
今回は有効に使える手立てを考えないといけない。
せっかくの強度とエネルギーを秘めた素材だ。
きっと無理やりクラフトパーツに押し込んでもそれなりに機能してくれるはず。
モルドレッドの亡骸に飛びつく僕とは対照的に、少女はこちらから距離をとった。
「ま、その力も言いようにとっては”ロク”のものさ。 使えるものはおしみなく使うのがゲームクリアのコツだよ。」
「本当に使えるものなのか分からないから困ってるんだよ、――”バカ姉さん”。」
「うん。答えは”サウスゲート”の先にあるよ。」
当然のことのように少女をそう呼ぶと、やはり彼女も当たり前のごとく頷いた。
「姉さん、僕は3年前『スターダストオンライン』をプレイしたことがあるの?」
思わず口から出た一つ目の質問がそれだった。
彼女は曖昧に首を横に振るような仕草をみせたあと、
「それもサウスゲートの向こうに。」
ぽつりと告げた。
「……。じゃあ、姉さんは今こんな有様になってる『スターダストオンライン』をどう思っているの?
誰もまともにプレイしようとせず、キャリバータウンから出ようとしない!
悲しくないの!?
あんなに頑張ってつくってたのにっ……」
言っている途中で息が詰まりそうになり、言葉が途切れた。けれど彼女はこちらが言いたいことが分かっているみたいに力なく微笑んでいた。
「少なくとも、ロクに対してあたしが言える言葉はこれだけだ。
――ごめんね」
「何に対してだよ!? 姉さんは今どこにいるの?! もう3年も姿見せないって母さんたちも心配してるんだって」
「心配ないって言っておいて。
大丈夫、あたしは”この世界”にいるよ。 またロクに何かあれば駆けつける……と思う。多分。おそらく……じゃね。
あんまり死ぬなよ、我が弟♪」
最後だけ締まらない感じにするなよぉ……。
やがて、少女が無垢な笑みを浮かべると、ストーリーの流れに沿って救援隊がやってきた。
しかし既に倒されていた【モルドレッド】を彼らが確認すると、戦車じみた装甲車からキャリバータウンの総括者であるマクスウェル・リストがでてくる。
「まさか、この月面露出地区を支配する【モルドレッド】を倒すアーマー使いがいるなんてな。 お礼をさせてくれ。ぜひともキャリバータウンにきてほしい。」
話す内容は多少違っても、チュートリアルの本筋はそこまで変わらないようだった。
けれど、保護された装甲車の中で、僕が助けた少女はこんなことを言った。
「お兄さんなら、ウェイストムーンランダーに成れるね。」
すっかり姉さんらしい気配は消え失せている。
ということは、【モルドレッド】を倒すことで聞ける会話なんだと思う。
少女は自身のもっていたカバンの中からアメコミじみた書籍を取り出して、こちらに見せてくる。
月の裏側まで困った人を助けにいくヒーローの物語らしい。
数十回と死んでキャラリセしてきたが、少女がこういう物語を好きだったというのは初耳だ。
月の裏側とは、サウスゲートの向こうを差しているのだろう。
《サウスゲート・サウスオーバー地区が開放されました》
彼女の話が終わった瞬間、ディスプレイにメッセージが表示された。
これで名実ともに僕はサウスゲートをくぐることが許されたらしい。
つまり姉さんは、僕がサウスゲートに行きたいという願いに答えてくれたのだ。
まったくお節介な人だと思う。
・・・・・・・・・・・・・・・チュートリアル終了。
「それで、色々あったチュートリアルを終えたわけだけども、どうして苦労したあとにキョロ充の顔なんぞ見なくちゃならないのか」
「それ言っちゃう? スパイとして入り込んでいる重要ポジションの俺にそれ言っちゃう? 学院会の保管庫に入れてやんねえぞ?」
「そりゃあ失礼しましたー……」
例にもれず、昨夜と同じようにチュートリアル後は西ゲート前からのスタートとなる。
そして転移した瞬間に見た顔というのが、笹川宗次の顔だった。
――「どうも、はじめまして。俺、鳴無学院2年C組の笹川宗司と申します。ネームレスかな?」
――「あ、人違いです」
――「『あ、』じゃねえよ。開口一番にそうやって人を遠ざけられる神経の持ち主なんてボッチしかいないと決まってるんだって」
――「どこの世界の常識か見当もつきません。流石、キョロ充は見ている世界が違うなー」
――「キョロ充言ってんじゃないか!?」
という流れのあと、笹川が学院会が回収している武器の保管庫があるという場所につれていってもらえることになった。
一応、笹川宗次は返り咲いた風紀隊の一員として学院会のメンバーから信頼されているようだった。
キャリバータウン内を普通に歩こうが、彼の隣にいれば別段奴らを警戒する必要もないらしい。
「今じゃ俺はオマエから皆を守ったヒーローだ。俺が道行くプレイヤーに助けを求めれば貴様は再びキャラロストにするんだぞ。フヒヒ」
「遣れると思うか?
自分が無強化だってこと忘れるなよ。風紀隊として多少のスキルポイントは戦闘関係の能力強化に費やしたんだろ?
それがなくなったお前に遣られるほど僕は弱くないし、テキトーな学院会メンバーに後れをとるわけもない。
……試しに一人キルするか? お前だって学院会が嫌いだろ?」
得意げに笑う笹川を睨みつけると、彼はこちらからそっぽを向いた。
「や、やめろ。なんだ、いきなりイキりはじめて……。冗談だって。ったく。
俺は古崎の連中を見返したいだけ。勘違いはしないでくれっての」
笹川は僕から距離をとるように早歩きで先を急ぎはじめた。
……。
また、一瞬だけ意識が……一体どうしたっていうんだろ、僕は。




