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オールコントロール

                  ☆




 これで何度目の【モルドレッド】戦だろうか?

 もはや数えきれないほど、僕はこいつにやられている。


 脂ぎった緑の肌に無数の眼を生やした巨躯のクリーチャー。

 人の三倍はあろうかという身体の動きはプレイヤー以上に俊敏で、筋繊維が自由に伸び上がったりするので、初見プレイではまず攻撃を避けることはできない。

 

 オマケに鉤爪は刀のように鋭利に輝き、近づくものすべてを切り刻まんと振り下ろされる。

 

 横薙ぎ攻撃の大振りで、破壊可能オブジェクトである岩壁や宇宙船の残骸が見事に斬られて綺麗な切断面を晒す。

 

 一見すれば隙の大きいモーションに見えなくもない。

 だがしかし、これすらも【モルドレッド】にとってはブラフなのだ。

 隙が出来た腹部にこちらが攻撃を加えようとすると、奴の首が180度反転し、酔っ払いの千鳥足じみたステップで、無数に開いた眼から分泌する涙の溶解液でこちらを溶かそうとする。


 不気味すぎるその有様はプレイヤーが接近するのを忌避させる。

 

 ……映画とか見ててこういう化物に免疫がある僕ですら気持ち悪いと抱くくらいだし、クリーチャーモノが苦手な人はこの【モルドレッド】で心が折れたりするんじゃなかろうか。



 それはそれとして、遠距離兵装である10㎜徹甲マシンガンでは【モルドレッド】にダメージを与えることは不可能。

 加えて、カスタムパーツ【Result OS】を外したままだとバーニアを利用したリコイル制御機能がオフになるため、そもそもマシンガンがうまく扱えないのだ。


 ならばいっそと、近接兵装【エディチタリウム・フィスト】で接近戦に挑んでいるわけだが……。



 30分やってまだ10分の1も【モルドレッド】のライフゲージが削れていない。

 度重なるリセットで不規則じみた奴の攻撃モーションは熟知している。

 集中力さえ保つなら、僕はこいつから一撃も攻撃をもらわない自信だってある。


 だが単純計算で、サーバー稼働時間である午後10時~12時に間に合わない!



「くそ! ヴィスカはどうやって奴を倒したっていうんだ?」



 思わず弱音が口をついて出てくる。

 彼女と現実世界で出会った際、真っ先に聞きたかったのは彼女がどうやって【モルドレッド】を倒したかってことだった。

 初期アーマーの兵装ではまず、この【モルドレッド】を討伐することは不可能。


 なら、バトルフィールド内に存在するギミックでダメージを与えるのか?


 前回は【Q10R ビームライフル】の反動を利用して敵に高速突撃をしかけ、クラフトナイフにより奴の牙を奪い取った。


 だが今回の僕は違う。



「……ヴィスカが天才だからって、僕にできない道理はない」



 鋼鉄製の拳をクリーチャーの上皮へ叩きつける。

 伸縮自在に動くわりに、皮膚のタール脂は硬く【エディチタリウム・フィスト】は金属の反響音を鳴らした。



「複眼を直接狙えば、ダメージは増加するはず」



 さきほどと同じ横薙ぎ攻撃がくる。

 あえて誘いに乗り、スラスターの推進力を開放して懐へ飛び込む。

 

 タイミングがずれれば、まともに鉤爪攻撃を受けるところだが……無茶でカバーしなければならないところもある。

 エディチタリウム・フィストからマシンガンに切り替えて、横薙ぎが逸れたのを見計らい、マシンガンのバレルを瞳が開くであろう位置へ突っ込む。

 


「銃口ぶっさせば反動を制御する意味なんてないだろ!」



 思惑通り、【モルドレッド】の瞳が開くと同時にマシンガンの銃口が接触する。


 目玉なのに柔らかい感触など一切ない。だが構うことなく引き金をひいた。


 5、6発撃って銃身が跳ね上がったところで後退する。

 涙の溶解液がマシンガンを溶かしてしまっていた。

 


「これでもひるまないのか」



 使い物にならなくなった兵装を捨て、やはり徒手空拳で構えて立て直す。

 

 ライフゲージは……削れてる。すくなくともさっきの微々たるダメージの5倍ほどは削った。


 これを繰り返せば……。

 


「無理だね。 今のは【10㎜徹甲マシンガン】のバレルによるリーチでダメージを受けず済んでいた。 けど頼みの綱は既に溶解されて使えない。」



 ……キャラクターを作成して初めての戦闘。

 それはアイランド2を放浪していた主人公が難破した宇宙船の少女を救うことから始まる。

 そして宇宙船を難破させた張本人である【モルドレッド】との戦闘になるというわけだ。


 助けた少女は当然、ノンプレイヤーキャラクター・NPCである。

 AIによる思考機能はあっても、今みたいにこちらの心情を慮った発言ができるわけがない。


 さっきの音声ガイドといい、僕は幻聴でも聞こえるようになってしまったのかもしれない。

 彼女の発言を無視して再度【モルドレッド】との死闘に挑む。



「確かにあの子はその方法で【モルドレッド】を倒したけど、イチモツしゃぶしゃぶⅡには無理だね。

 あーそんなふざけた名前にするからいけないんだよね~あー本当、ふざけてるわー。遺憾だわー」



 助けられたわりに不遜すぎませんかねェ、コイツ?



 ダメだ。今は集中しろ、ムカつくけど彼女が言ったことは事実でもある。

 【エディチタリウム・フィスト】はその名の通り、ただの拳だ。

 銃器みたいに手放せばいいというわけでもない。

 モルドレッドが開眼して涙を分泌するまでの刹那に、拳を叩きこんで後退する。

 これしか今のところ方法はなかった。



「集中力は買っているつもりだよ。 君がいう”天才”との差を埋めようと相当な無茶をしているってことは。 けど努力は結局努力の域を出ることはない。 そこにあの子も、あの青年も、麗しき彼女も、いないんだよ」



 やってみなくちゃわからないだろ!

 ……モルドレッドの横薙ぎ!


 寸分違わない精度で同じモーションを繰り返す。

 再びモルドレッドの瞳が開くと同時に、今度は拳を叩きこむ。


 金属が弾ける音の代わりにモルドレッドの瞳から鈍い音が響く。

 ――有効打! ヤツが怯んでいる!


 あと一発、撃てる時間は残されているか? いや、やるなら今だ。


 しかし、もう一方の拳も打ち込もうと手を引いた瞬間、気持ちの悪い感触に囚われてしまった。


 ボクシングさながらのコンビネーションを打とうと引いた腕が、勢いに耐えきれずにずるりと地面に落ち込んだのだ。



「……遅かった……タイミングはこれ以上にないくらいよかったはずなのに!」



 ダメージを喰らった。

 その時点でこの戦闘には助っ人がやってきて強制終了させられる。

 

 ――だがいつまで経っても助っ人介入の兆しはない。


 思い当たるのは様子がおかしいあの少女だ。



「言わんこっちゃない。 そのやり方はあの子――月谷唯花しかできない。

 放たれた弾丸に反応してミサイルをあてる、なんて芸当ができてしまう彼女のね。」



「…………」



 実際にゲームの進行が妨げられたのか?

 ……そういえば、あの少女がプレイヤーに向けて叫ぶことで、救援にきた部隊が戦闘に介入していた。

 イベントのスイッチとなるのは彼女か。



「ヒントをあげるよ。

 今までの戦いで君が得たものは、不可能を疑うことだよ。

 あ、はき違えちゃダメだよ? やってみてダメなものはやっぱり不可能なんだよね。」



 バケモノが健在だというのに少女はケラケラと笑い声をあげている。


 つまり、実行していない不可能なこと……?

 


「サウスゲートに入れるかどうか、あの発想は素晴らしかったよ。 同じ考え方で今この場を俯瞰し、さっき無理だと決めつけたことをもう一度考えてごらん」



 ふざけてる。

 そんなの全部試したに決まっている。

 かつての戦いで無数に広がった月面地区のクレーター群は敵から身を隠すのに優れている。

 傾斜を利用して拳の威力を高める、なんてバカみたいなやり方も試した。

 あるいは少女がいる難破した小型宇宙船の破片を、小型ミサイルポッドで爆破して破片手榴弾の要領でダメージを与えようとしたことだって。

 

 前回なんて、あの簡易監視塔に存在する【Q10R ビームライフル】を拝借してスラスター替わりに敵へ突っ込んだ。

 世界観なんてまるで無視した、魔法の箒で空飛ぶ魔女の気分になった。


 他に方法なんて……。


 ん、さっき無理だと思ったこと……?

 そんなことあっただろうか。



「………………あ」



 一つだけ無理だと決めつけていたことが確かに存在するじゃないか。

 

 【モルドレッド】に背を向けて僕は人一人分だけ高所に建てられた監視塔に向かっていた。



「【Result OS】なしの射撃だ」



 思えば二つの”不可能”が存在していた。

 一つ目は”【Result OS】なし”による姿勢制御バーニアを使用したままで、ランダムなリコイルを制御しなければならない射撃だ。

 これはそもそも、接近戦のほうが【Result OS】なしの高機動を有効に使えるから、という理由でやらなかった。

 二つ目は、レベル制限により発生するリスクだ。

 【Q10R】の使用推奨レベルは21。

 一方で僕のレベルは現在たったの3しかない。

 使用すれば、反動に堪えられないのはもちろん、連動するリザルターアーマーのジェネレーターが焼き切れて戦闘行為すら不可能になる。


 僕はそれがデフォルトで備わっている避けられないリスク・制限だと勘違いしていた。


 ……マニピュレート操作で【Q10R】のデメリットを補えばいい!



 高台の足場へと躍り出て、僕は無造作においてあった憧れの長銃を手に取った。



「これなら、あの上皮を貫けるはず……!」



 

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