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地獄の糸



『――ロク! 逃げろ! あいつがくる!!』


『戸鐘を取り押さえろ! 早く!』



「姉さん? 姉さん! どうしたの!? あいつって誰が」



 問いかけの途中で通信が切れてしまう。

 姉さんの声音は明らかに尋常ではないほどに荒れていた。


 打って変わるかのごとく、別の通信が入ってくる。



『なぁ? 俺がいないハッピーエンドっておかしいよな? スターダスト・オンラインの主役は俺なのに、お前らはでしゃばりすぎた』



 ”お前ら”


 ぞっとする声音だった。


 そして僕は確かに、通信越しに独特の銃声音を聞いたのだ。

 慌てて、名無しと身体を引きはがす。


 事情がわからない彼女は困惑して声をあげたが、僕は一方的に彼女へ告げた。



「あれは【ビームバリスター】の銃せ――ぃ」



 地上から伸びた圧縮されたビームの閃光が残りの片翼を撃ちぬいた。


 暗闇を狙い撃つなんて、翼型スラスターの推進剤が目立ち過ぎたのか?


 でも、この射程距離を撃てる兵装なんて、お前の【セイクリッド・ロイヤル】には搭載されていなかったはずだ、”トール”。


 両翼失ったことで背部スラスターは、初期のリザルターアーマーの背部と同等のレベルまで落ち込む。

 これでは滑空ですら危ういかもしれない。



「早く、手をっ」



 名無しが差し伸べる手を僕は取れなかった。

 片翼すらなくなったことで僕は最早重たい鉄塊に等しい。

 上昇できたとしても、ミサイルの発射には間に合わないはずだ。


 首を振った。



「約束してくれ。必ずここから脱出するんだ。

 ……それと、いつか飛行操作のやり方も教えてくれ。」



「……わかった。 そっちも約束。 また会って」



「じゃないと飛行操作教えてもらえないじゃないか」



 笑い声をあげて、僕はそのままサイロの闇へと落下する。

 けれど、このまま落下死して終わらせるわけにはいかなかった。


 通信の最中、トールは確かに”お前ら”といった。

 生き延びたあいつが僕らを観察していたなら、おそらく彼女の存在に気づいている。

 そして、享楽のために、あるいは鬱憤を晴らすために、彼女をキャラロストさせようとすることだってあり得る!



「させるもんかよ! ――届け」



 なけなしの推進力で15階と壁に表示された階層の壁めがけて滑空する。

 片腕だけ横穴にひっかかり、なんとか降下を防ぐことができた。


 這い上がったそこは、一番初めに【エルド・アーサー】と遭遇した横穴だった。 

 


 トールが使った兵装が僕と同じ【Q16R—T 高圧縮ビームバリスター】なら、次弾装填にかかる手間で彼女は射程から外れる。

 ……なら、狙うのは奴はおそらく何らかの方法で追跡してくるはずだ。


 制限時間は既に200秒を切っている。

 ……アーマーの損傷度で考えて、僕は既にゲームオーバーなわけだが……今この場においては些細なことだ。



「スラスターの噴射音……近づいてくる。」



 HUDのミニマップに移る距離じゃ不意打ちを感づかれる。

 かといって早く飛び出しても浮力に余裕があるあちらが有利。


 不意を突き、こちらの【Q16R—T 高圧縮ビームバリスター】が確実にあてられる距離まで待つんだ。


 【ビームバリスター】のチャージは完了した。



「…………………………………そこだ。」



 横穴の地を蹴り上げて、二足が地面を離れた瞬間にスラスターを開放する。

 投げ出される身体を姿勢制御のバーニアで安定させて、サイロの闇へと銃口を向ける。


 いた! 僕と同じ【Ver.ヴァルキリー】型のリザルターアーマーだ。


 でも決定的に違うのは……そ、空飛ぶ足場?


 リザルターアーマーのそれじゃない。まるで魔法の絨毯じみた土台が、トールを悠々と上層階へ運んでいる。

 


「あんなの、破壊するしかないじゃないか!」



 操縦がお世辞にも上手いとはいえないトールが、リザルターアーマーの身一本で飛翔するなら、それ相応の機動性を誇るチート級アーマーを装備しているものだと思っていた。


 それでもビームバリスタを当てさえすればいいと考えていたが、これだと二射目が必要になるかもしれない。

 そして撃てる保証はない。



「そこにいたのか。NPC同士で薄ら寒い展開繰り広げるなよぉ!?」



 不意はつけた。

 けれどすぐさま、トールは台座にしていた装置から降りてしまう。

 ……優先するのは敵の脚だ!


 躊躇いなく装置のほうを撃ちぬく。


「こっちの逃げ場を絶ったと思ってんだろうけど、石橋に用意させたこのアーマーはさ、”これ”も出来ちゃうんだよな」



「!」



 トールを捉えていた視界が歪んだと思った瞬間、身体がコンクリートの壁面へとはりつけにされた。



「【王の権威】……見た目が同じだからって、俺とお前に差がないわけねえじゃんか、バーカッ!!」



 リザルターアーマー、【セイクリッド・ロイヤル】に搭載された専用機能【王の権威】。

 敵への加重を増やすだけの機能だと認識していたが、……こんな重力操作じみたことまでできるのか。

 

 ……チートすぎるだろ。




「それと、ついでに、これだ。

 石橋さぁん? コイツの”苦痛に関する感覚パラメータ”をオンにしてやって。 

 あぁ、そういうのいいから。俺のいうこと聞かなきゃ祖父さんに言いつけるってだけ。

 わかる? 二択だ。

 ……石橋さんはさっきの戸鐘?とか坂城?って奴らみたいに、粗相はしないよな?

 うん、ありがとうございます。 祖父さんにもよく言っておくよ。

 ――さてっと」



 トールはおもむろに基本兵装である【10mm徹甲マシンガン】を取り出した。

 そして躊躇いなく僕に向けてそれを放つ。


 今更そんな武装でダメージが……。

 しかし、こちらの想定を上回って身体にはアーマー越しに伝う皮膚への圧迫感を感じた。

 初めての感覚に思わず自身のライフゲージを確認するが、やはりダメージはなかった。



「お試し~。次が本番だ」


 今度は【セイクリッド・ロイヤル】が装備していた大口径の実弾ライフル銃だった。

 さっきと同じようにトールが引き金を引く。

 今度は、アーマーがわずかに破損している右肩部を貫かれた。


 その瞬間、身体に激痛が走った。


 声にならない叫びが縦上に伸びたサイロの空間へ木霊し、消えていく。



「いいねいいね。オマエを管理しているM.N.C.端末を石橋さんにいじってもらったんだ。 喜べ、『スターダストオンライン』がより、リアルに遊べるようになったんだよ。

 さて、ミサイルの発射まで残すところ、60秒ほどだ。

 ……焼かれ死ぬ準備はできてるか?」


 

 こいつ、狂ってる……!

 姉さんはこいつから逃げろってことを伝えたかったのか。

 肩部の痛みが酷くなりつつある。

 激痛のせいで身体中がショックで震えている……。

 身体自体に影響はないのが救いかもしれないが、こんなの日常じゃまるで味わったことがない痛みだ。 到底、どうにかできるものじゃない。


 思考すらまともに働いてくれない。



「痛いはずだろうに、まだ真っすぐにこちらを見ているなぁ。 でも俺にはわかるんだよな。 お前がまだ敵意を出せるのは、何も撃たれたからってわけじゃない。

 守りたいものがあるからだ。

 さっきのプレイヤー、俺から逃がしたくてしょうがないんだよな。

 彼女は逃げて、ロクさんは身代わり。

 わかるよ。いい筋書きだ。

 けど、この世界のストーリーテラーは俺だ。主役も俺。


 ――悪いんだけど、この結末はNPC二人が勝手に舞台袖で死ぬ、に変更だ」



 壁面に磔にされた僕の首を掴み、トールはスラスター噴射で浮遊する。

 【王の権威】をやめると彼は、今度は頭上に手を掲げていた。



「【王の権威】ってさ、個人に的絞れば、わりと広範囲に届くんだわ。たとえば、10階層上でオマエを待ってるあの子を突き落としたりなんかもできる。ここからなら、スラスターの光でバレバレだって」



 ……今なんて言った? なんでまだ彼女がこのサイロの中にいるんだ!

 とっくに逃げ出していてもいい時間だ。


 どうして。

 ――……僕が痛みで叫んだから……だから。



「僕のことはいい! 早く! 早く脱出しろよ!!」


 

「あはっ、ようやく良い顔になったな、ロクさん。でも安心しなって、今から二人で仲良く痛みに悶えるんだからさ。よし、捉えた。 これで【王の権威】を発動すれば、彼女は最下層に真っ逆さまってわけだ」



「ふざけんなよ……僕は、何のために……」



 少しでも抵抗しようと【ロード・コーティングアッシュ】を呼び出そうとするが、激痛で身体がいうことを聞かなかった。

 制限時間も間近に迫っている。

 

 どうか、僕に気にせず逃げてくれ。

 そう願うほかなかった。



『……聞こえる?』



 そんなときだった。彼女の声が聞こえた。

 個人通信……?

 こちらがそうと気づく前に、彼女は続けざまに告げた。



『上をみて』



 脱出するよう、叫びたいところだったが、不思議と言われるがまま僕は頭上を向いた。


 そしてあるものが落下してくるのを見た。



「じゃあ、感動のご対面といこうか! 【王の権威】起動!!」



 闇に包まれた巨大な筒の中でトールの声が響き渡る。



「……【王の権威】起動!! どうした? なんで発動しないんだよ、石橋!」



 けれどトールの呼びかけには誰も反応しない。

 

 

「間に合った……。」



「あぁ? 今なんていった? ッ、なんだよこのコード」



 彼女が落としてくれたものは【アリアドネ】に搭載されたカスタムパーツ、【シルベの糸】だった。

 彼女とエルド・アーサーが対峙した際、【30㎜機関砲】を有線接続しコントロールを奪ったのもこれだ。

 

 僕は彼女が落としたそれをトールの背部へ接続することに成功した。



「間に合ったって言ったんだ、お前を堕とす準備がな。

 【王の権威】最大出力で対象を落下させろ」



 【シルベの糸】が燐光を放ったかと思うと、その輝きはトールのアーマーを取り囲んだ。

 そして次の瞬間、スラスター噴射が続いているにも関わらず、トールの身体が急激に高度を下げる。



「は、なんだよこれ。どうなってんの? 俺、落ちるのか。

 なんなのこのシチュエーション、俺まるで悪役じゃんか。勝てば官軍にもなれねえじゃんか。」


 またしても下がる。もはやスラスターの力では浮力を保つことができないようだった。



「お、おまえはどっちにしろ、ミサイル発射に巻き込まれて死ぬんだ! 痛みに悶えながらな! だから俺の、俺の」



「――でも堕ちるのはお前だ、下衆」



 トールの両翼型スラスターが切れ始めた瞬間、トールの身体が半回転した。

 ただアーマー性能に頼って飛翔していたため、スラスターが切れた瞬間、バランスが保てなくなったらしい。

 トールが落下していく。



「これは、俺の世界なんだよ! 俺のオモチャだ! どうして言うことを聞かない! 絶対に、絶対に認めない。こんな終わり方!」



 最後の最後まで、彼は彼らしく堕ちていった。

 その直後、サイロ内を大きな地震が襲った。


 きっと終わりの合図だった。 手に残った【シルベの糸】を頭上に掲げてみた。



「ありがとう。色々、スッキリしたよ」



 僕は、やがてくるであろう灼熱の痛みに身構えた。




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