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守護天使


 《クローズコンバットアルゴリズム【マスターエッジ・ノヴァレイド】を発動します》


 回復したガイド音声がそう告げると、僕の身体はリザルターアーマーの制御下に入った。

 【マスターエッジ・ノヴァレイド】はこのゲームでいうところのスキル技だった。

 ついさきほどまで装備していた初期型リザルターアーマーには選択肢すらなかった”アルゴリズム”というシステムは、あらかじめゲーム側でプログラムされている高度な動作をプレイヤーが行える、というものだ。

 

 発動時に襲う身体の脱力感は【Result OS】を外したときのそれに似ているが、そのまま身体が沈んでいくわけではない。

 一度力が抜けると、今度は目にも止まらぬ連撃を繰り出し始める。

 六回の斬撃によるコンボと【Ver.ヴァルキリーⅢ】アーマー独自のムーブである羽による飛翔、そこから降下して隕石のような勢いで敵を穿つ。

 

 他人事みたいに語るのは、【Result OS】を外した僕であっても、あんな動きは真似できないと実感しているからだ。


 ……もっとも、そんな動きを披露したのは紛れもなく僕の身体なのだけれど……。



 【エルド・アーサー】もまたこちらに負けじと【マスターエッジ・ノヴァレイド】の攻勢を、自身の装甲で防ぎきっていた。

 アルゴリズム発動中、僕は奴の動きを注意深く観察していたが、どれもこれもが後出しの対応だった。

 こちらが袈裟斬りを繰り出すために大剣を振り下ろした瞬間、奴は野生の反射ともいうべきスピードで、右腕の重装甲を器用に用い、これを防ぎきって見せた。


 しかし、だ。



「ナイスなチョイスだよ! 姉さん!」



 斬撃コンボのラストが敵の腹部へと突き立てられた。

 そこも装甲の厚い箇所ではあるが、大剣【ロード・コーティングアッシュ】の刀身がようやく接触したことで形勢がこちらに傾く。


 刀身に触れたリザルターアーマーの成れの果てがみるみる内に錆びていく。

 おそらくは特別な金属でつくられたアーマーがまるで、火に燃えるように酸化して、あめ色の錆びを広げていく。



『【コーティングアッシュ】系の兵装はリザルターアーマーにとって天敵ともいえるオーバライド重鉱石が使われているからね。接触により研磨されたコーティングアッシュの破片がアーマーに入り込めば、その装甲をダメにしてしまう。

 あ、これネタバレだから内緒にしておいてね』



 身なりは天使じみているのに、装備はどことなくクリーチャーじみている気がする。

 是非とも聞いてみたい疑問がいくつか思い浮かんだが、普段からネタバレを酷く嫌う姉さんが手の内を明かすような真似をした、それだけで名無しを助ける重要度が伝わってくる。


 こちらの異能力(錆化)に感づいた【エルド・アーサー】は距離を取ろうとバックステップする。

 敵の能力を観察し、態勢を立て直そうとする。 

 デカブツのくせして知能まで備わっているのはズルい。


 奴は後方に下がる間にも【30㎜機関砲】の射撃準備を開始している。


 だが距離を取るなら、こちらだって臨むところだっ。



 「この新型アーマーの兵装は近接だけじゃない!」



 メニューから新たな兵装を呼び出す。


 【Q16R—T 高圧縮ビームバリスター】を選択すると、大剣兵装が自動的に解除されて両手持ちの銃火器が現れる。

 見た目を一言でいえば、”象限儀”。

 三角定規の長辺を丸くした形にしたライフル銃が出現した。

 両端にはビームコンデンサーを装着し、その二つを中心につなぐ弓状の部分にはビームを圧縮するフォーカスアタッチメントが施されている。



「さぁ! 撃ち合おう!」



 持ち手の高揚感に呼応するかのごとく、ビームバリスタ―がエネルギーを高めていく。

 両端のコンデンサーが唸り声をあげて、眩い光を放ち始めた。

 やがて肥大化したエネルギーがフォーカスアタッチメントを伝って銃口に至る。


 ビーム兵装による独特の効果音が僕の脳裏に焼き付いた。


 放たれたビームの閃光は、コンデンサーの巨大な光とは打って変わって、濃密に圧縮され稲妻を纏い、蒼色のレーザーじみた弾丸に変わっていた。

 

 放った瞬間それとわかる膨大なる反動が、両腕にかかってくる。

 しかしそれを恐れることはなかった。

 

 【Q16R—T 高圧縮ビームバリスター】から伸びたコードが背部の両翼スラスターに有線接続されている。


 僕が引き金を引いた瞬間から、この兵装に備わっているカウンターリコイル制御機能が働いた。


 鋼鉄製の両翼が散らす羽は、トールの【セイクリッド・ロイヤル】に備わったマントと同じ効力を持っている。

 スラスターを拡散させる磁場を発生させ、推進力を開放すれば、ビームバリスタ―の反動は相殺される。



 ビームの蒼い閃光は無数の30㎜弾に食いつく勢いで全てを飲み込んでいく。

 【エルド・アーサー】の高重量による正確な射撃が、ビーム弾の軌道を重なったのだ。

 

 ……マジか。

 狙ってはみたが、敵の射線に合わせるとか、本当にできるとは思ってなかった。


 銃弾の嵐に見舞われようと勢いは衰えず、閃光は【エルド・アーサー】へ直撃した。


 次弾装填……。

 油断はしない。――というよりも、僕はこの銃をもっと使いたくてウズウズしている。


 やはり近未来といえばエネルギー兵器一択でしょう!?

 異論は受け付ける。


 焼け焦げて熱を帯びた銃身を手甲越しにつかみ取り、別の銃身へと取り換える。

 リロードというよりも一発ごとに簡易修理が必要なあたり、流石は強力兵器といえる(偏見)。


 

『ロクの後ろには守るべきプレイヤーがいるってこと、忘れてないよね?』


 

「も、もちろん!」


 姉に突っ込まれて咄嗟に後ろを振り返る。

 

 僕の後方には、ついぞ膝をついて苦しんでいる名無しがいた。

 自身の両肩を掴んで息を荒げる姿は痛々しく思えた。


「彼女はどうして苦しんでいるの? このゲームに痛みや苦しみの感覚はあらかじめ遮断されているって説明を受けた気がするんだけど」


『わからない。でも、あれはプレイヤーであってプレイヤーじゃない。ロクたちとは違うシステムでゲームに紛れ込んでいても不思議じゃないの。……痛みが現実と同じように感じることもあるかも……』



 ……。 



「第二形態の【エルド・アーサー】が大ダメージを受けたときに解除されるモーションやパワーはある?」



『副兵装のミサイルランチャーが腹部に。口腔から放たれるエネルギー放射がノーチャージで撃てるようになる。 

 でもロクの【Q16R—T 高圧縮ビームバリスター】なら2発分で討伐までライフを削れるはず。

 それと、もう一つのギミックが』



 言葉が途切れ、付近にサイレンが鳴り響く。

 リザルターアーマーの通信器によるものかと思ったが違う。これはサイロ中に響き渡る基地内放送だった。



《惑星間弾道ミサイル【クォンタム】の発射許可が下りました。 基地内部にいる者は至急、各階層ごとに設置された簡易シェルターへ移動してください。

 発射まで残り10分――600・599・598…》



『元々、【エルド・アーサー】は倒すことが困難なボスモンスターという設定なんだ。

 これは本来、”こう”やって倒すためのクエストなの』



「つまり、あのバカデカいミサイルを誤爆させて【エルド・アーサー】を倒す……ってこと?」



『そういうこと。でも見事に仇になっちゃった』

 


 【エルド・アーサー】を助けて、彼女をこのサイロの外に……。

 そもそも彼女はどうしてこんな場所に逃げ込んだのだろう。

 暗闇の底みたいな場所でどうして一人で飛んでいたのだろう?


 いや、そんなことよりも今は逃げ延びることを考えなくちゃいけない。



「ねぇ! 君、あの怪物は僕が倒すから、君は早くこの基地から逃げるんだ!苦しいかもしれないけど、爆発に巻きこまれたら、もっと不味いことになる!」


 脅し文句込々で彼女へと話しかける。

 返事がくると期待はしていなかったが、彼女は俯いて呻き声をあげたあと、確かにこういった。




「嫌。 出たくない。 どうせ、誰もいない。 外には、誰もいない」




 ……。

 …………。

 ………………。


『「ぎぃやぁぁぁぁあああぁしゃべったぁぁぁああぁぁぁ!!??」』



 僕と姉さんが卒倒する勢いで叫んでいた。


 



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