泣かない少女。
☆
私は燃え尽きる彼の姿を見た。
彼が放った眩い光の束は、まるで消しゴムにあてたかのようにミサイルを消してしまった。
眼前には最初から何もなかったかのように綺麗な宇宙の空が広がっている。
私は、彼が消えてしまった宙空を忘れないように、ただ一点を見つめ続けることしかできなかった。
こうなることは最初から分かっていたし、受け止めなければいけないことだということも理解している。
それでも……。
「嫌ッスね。」
湯本さんは私が地上へ着地するのを〈ロク〉さんと一緒になって助けてくれた。
けれど着地したあとも私の手を離そうとはしなかった。
私の方も離す理由はなかったから、そのまま彼女の手を握り続けていた。
『すまない。 一足遅かったか……。 ログアウト制限はこちらから解除することができた。』
ヘッドアーマーを介した通信から男の声が聞こえた。
私たちとは少し離れた位置で波留さんが「あ」と声をあげる。
どうやら男の声は全体に伝わっているらしい。
「モロ!? 無事だったの!?
何の音沙汰もないからてっきり死んだものかと思ってた!」
『勝手に殺すな!
まぁ確かに死にそうな目には合ったけども。
――湯本紗矢。聞こえてると思うが……サイトーやら木馬太一からの伝言がある。
”全部、終わった。復讐も果たされた。アンチグループは解散する”
だ、そうだ。
そーだそーだ。とっとと散れ散れ。』
坂城諸さんの言伝に湯本さんの手は一度震えた。
特に意味はなかったけれど、その手を握り返すと彼女は視線を俯かせる。
「……伝言、ということはもうその場にはいないってことですね。
――言伝、確かに承りました。
坂城諸、貴方も自由です。協力してくれて、ありがとう。」
『最低な奴だ。
ダミーが路久くんに成り代わろうとしたのは理解できる。でも復讐のために他人を――路久くんを巻き込んだキミは……異常だ。』
「弁明はしません。」
糾弾した諸さんは一度舌打ちをした。
他人の目からは彼女は毅然とした態度に見えるのかもしれない。
けれど私には、彼女が今にも泣き崩れてしまいそうなことがわかってしまう。
アンチグループがどういったものかは知らない。
けれど、”足場が無くなる”という感覚が怖いことは知っている。
「僕も弁明する気はないし、僕個人の意思を”巻き込んだ”なんて表現するのも横柄な言い方だ」
私が湯本さんに掛ける言葉を考える間に〈ロク〉さんは、彼女の頭を何度か撫でながらその背を引き寄せる。
諸さんは一度諦めたように溜息をついたあと、険しかった声音を緩めて波留さんとの話に戻った。
『皆、ログアウトするんだ。 特にリヴェンサー……じゃなくて、月谷芥くんは今すぐログアウトして月谷唯花の身体についての話を聞かせてくれ。
悔しいが、俺の方がキミの指示を仰ぐことになるだろう。早くっ』
〈リヴェンサー〉、兄さんと目が合う。
兄に対する不快感や劣等感が完全にぬぐえたわけじゃない。
けれど微笑むことはできた。お礼も言えればよかったのに、まだ私は分別がつかない子供なのだと思う。
兄さんは一度私に頭をさげると、光に包まれながらそのキャラクターは消えていく。
どうやら無事にログアウトできたらしかった。
彼の隣にいた〈瀬川遊丹〉と呼ばれていた彼女は、NPCのレンとリスを探しているようだった。
けれどNPC二人は既にこの場から消えていた。
……イチモツさんがいなくなって、二人もこの場にいる意味がないと判断したのかもしれない。
あるいは、私やあの瀬川さんを気遣ってのことか……、今はそれに甘えることしかできない。
同情する気持ちなんて私が抱いていいはずもない。
『スターダスト・オンラインのことは俺と主任――波留に任せてくれ。
キミらが気に病むことなんてない。
ここからは大人の仕事だ。』
諸さんのその言葉は多分、糾弾した湯本さんやロクさんにも言っていたのだと思う。
言葉の受け止め方はそれぞれかもしれないが、私は……息を呑んで何とか堪えた。
スターダスト・オンラインの物語はここに終わりを迎えた。
得たものは少なく、失ったものは多い。
私には失ったもののほうが宝物がたくさんあったように思える。
でも嘆くことは許さない。
私はこれから頑張るって決めたのだから。
もう一度、彼が消えた宙を見る。
整然とした宇宙の向こうで一つの真っ赤な星が煌めいた。




