仲間たち。
★★★
5分前。
『”主人……。
後悔がないよう今すぐ起きるべきだ……。
立つクリーチャー、跡を濁さずとはよく言ったものだが、まだ濁りが残っていたようだな”』
目覚めたばかりの霞んだ視界の中、グリムの下手な冗談が聞こえた。
端的にモノを述べない遠回しな語り口は、”合理性”や”効率的”等の言葉が好きな彼らしくないと思った。
……ふと気づいて、暢気な思考に耽っていた頭を叩き起こす。
――あれ、僕、キャラロストしたんじゃなかったっけ?
! そういえば僕がキャラロストしたってことは、ロクに神経系情報が共有されてしまう可能性が――。
『”主人よ、落ち着け。
1つ目の疑問の答えはこうだ。
バトルロワイアルモードのおかげでキャラロストはしていない。
2つ目の疑問の答えは、たとえ主人がキャラロストしても〈ロク〉に影響はない。
なぜなら、NPCの兄妹が言っていたように主人の神経系情報と〈ロク〉の神経系情報には差異が大きく生まれ、もう主人は〈戸鐘路久〉として扱われないからだ。”』
あ……。
グリムに言われて気づく。
そういえば『Dust To Dust』というキャリバータウン内のバトルロワイアルモードで僕らは戦っていたのだ。
あのルールではキャラクターのライフゲージが尽きたとしても、街から追い出されるだけでキャラロストはしない。
『”つまり私と主人は生存競争に見事敗けてしまった。”』
グリムの声音は言葉のわりに暗くない。
おそらく僕と同じように後悔の念があまりないのだろう。それほどに全力で〈ロク〉とぶつかったのだから、”その点おいては”悔いはなかった。
――でも……気になることがある。
『”主人の懸念はおそらく的を射てる。
こちらから失礼する――≪開眼≫発動。”』
両肩部に肉を裂いたようなクチャリとした音が聞こえる。
それと同時に、360度のパノラマ視界が眼前に現れた。
『”私たちの現在位置はキャリバータウンの外・月面露出地区のクレタ―手前。
そこから上空とキャリバータウンを見れば、状況はわかる”』
解像度の高すぎる”開眼”状態の視界に吐き気を催しながら、僕は紺色の空を見た。
遥か遠方にだが、真っ赤な流星じみた何かが迫ってきている。
すぐにあれがサイロ基地から発射されたミサイルなのだと分かった。
言われた通りに、今度はキャリバータウンへ振り返る。
すると、今まさに煮えたぎったマグマがシールドバリアの表面へと流し込まれていた。
そのマグマじみた熱光線を放出したのは……姿を変えた【ジェネシス・アーサー】だった。
『”主人が思った通り、古崎徹はまだ余力を残していたわけだ。
それで、これからどうする。主人?”』
――決まってる。立つクリーチャーは跡を濁さないんだろ?
『”私は別にどちらでもいいが、主人が言うなら仕方ない。
お供する”』
――ありがとう。結局、僕の我儘ばかりを聞いてもらった。
今だって、ミサイルやシールドバリアのことをキミが言わなきゃ、僕は気づかないままだったかもしれないのに……。
『”主人、私にはそれに対する答えがわからない。
言えることはただ一つ……「そういうものだ」ってことだ”』
そういうもの……。
グリムがあいまいな言葉を好んで使うのも初めてのことだった。
僕はその言葉を口の中で反芻しながら、【モルドレッド】の身体を起こして駆け出す。
――ああ、なるほど。僕でいうところの元の身体ってやっぱりこの、”モルドレッド”なんだな。
学院会のプレイヤーや瀬川遊丹は、バトルロワイアル中だけクリーチャーに変化した。
脱落すれば人間の姿に戻ると〈HALⅡ〉から聞いていたので、僕の場合はどうなってしまうのか、ちょっとだけ気にかけてはいたが……やはり僕はクリーチャーがお似合いなのかもしれない。
程なく見えたのは『キャリバータウン』へ続く西ゲートの前だ。
そこには複数人のプレイヤーがバリケードを築いている。
彼らはそれぞれが兵装を構え、向かってくる僕へと銃口を向けていた。
おそらく、バトルロワイアルモードから脱落したプレイヤーたちが野良クリーチャーから身を守るために団結したのだ。
無論、彼らを襲う気はない。けれど、道を開けてもらわないと強行突破する他なくなってしまう。
今にも火を噴きそうな彼らの兵装から身を守るため、僕は両腕で頭部をガードした。
しかしその瞬間。
「撃たなくていい!! バリケードを退かせ!
あいつに道を譲ってやるんだ――。あ、だから降ろせって、敵じゃない! ……多分!
ぅるせー!」
一人のプレイヤーが他の仲間に怒鳴り散らしていた。
〈笹川宗次〉だった。
普段はニヤついた頬がコピーペーストで張り付いているような顔をしていたが、この時の彼は更に浮ついた笑みを顔面に貼り付けていた。
カッコつけ、あるいは中二病っぽい気配のあるおどけた仕草で、彼は走る僕へとサムズアップする。
――しゃあないなぁ……。
僕も彼へとモルドレッドの手で親指を立てて見せた。
モルドレッドから逃げるように、プレイヤーたちが道を開き、西ゲートを背に展開されていたバリケードも解除された。
僕はすぐさま”火球”によって西ゲートに風穴を開けると、その穴をくぐって『キャリバータウン』へと突入した。
それでも〈ヴィスカ〉たちのいる中央区までの道のりは遠すぎる。
せっかく笹川が気を利かせてくれても、ミサイルの着弾に間に合わなければまるで意味がない。
精一杯走っても、鈍足なモルドレッドでは限界があった。
――ん?
そんな僕の横を何か”小型ドローン”じみたものが並走した。
スピーカーが内臓されているらしいソレは、なじみ深い声を発した。
『ちんしゃぶさん、急いでいるみたいですね。
……多少手荒いですが、確実にスピードアップできる方法があるです。
やるですか?』
〈プシ猫〉の声だった。
流石に目敏い。彼女はキャリバータウンに突入してきた僕にいち早く気づいたらしい。
手荒いというワードにビビりつつも僕はドローンへ頷き返す。
『そうこなくっちゃ。 では、ひたすら四肢がちぎれないことを祈ってください』
物騒な文句とともに、僕が今しがた駆け抜けた路地が、小型ミサイルやら曲射砲弾の雨に曝された。
直撃ではなかったが、爆風は当然ながら僕の背中へと追い風になって吹きすさんだ。




