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ナーヴの形骸



 ついさっき故障した兵装を取り除いた名無しのように、【エルド・アーサー】も傷ついた赤黒い外殻を外し始めていた。

 討伐したのか、一瞬だけ自分に都合良く考えてしまったが、期待はすぐに消え去った。

 執拗に僕を付け狙い、電流によって弾かれることで自身を傷つけていた【エルド・アーサー】、あの行動はきっと、この変身を促すためのものだった。


 工業廃棄物のような油ぎった皮膚が剥がされると、その中は光沢感に満ちたビビッドな赤色が現れる。

 外殻の裏に付着していた分泌液で濡れたその皮膚は、度々筋肉が脈動して震えている。


 端的の述べれば、四足で駆けるエルド・アーサーは甲羅を脱ぎ捨ててて人型のような姿を形成しつつあった。



「生皮剥がされた血だるまの巨人だ……。 ――君! 早く距離を取れ! アレが動き出してる。ゲームでいうところの第二形態に入ったんだ! 接近した状態はまずい」



 電流の檻から叫ぶが項垂れた彼女に聞こえているかどうかは妖しい。

 寸暇すらなく、変異した【エルド・アーサー】は筋繊維が剥き出しになった前足を名無しに向けると、その場で地団駄を踏み始める。

 サイロ全体が揺らぎ、中心にある巨大ミサイルの固定具が頭上で金切り音を立てた。

 

 外殻が外されても奴の超重量なことは変わりない。

 ガラクタ山の鉄屑が振動で崩れ落ち、エルド・アーサーの身体へと落ち込む。



 僕はその一連の流れが奴のパワーアップ演出だったなんて知りもしなかった。



 彼女へなんとか呼びかけようと夢中になっている間に、【エルド・アーサー】は武装していた。

 無数に転がるリザルターアーマーの骸、そしてカスタムパーツ。

 それらの破片を皮膚を帯びる熱で、奴は全て溶接してしまっていた。


 急ごしらえのフルアーマー武装を施した【エルド・アーサー】が左腕を突き出す。

 その腕には僕や彼女が使用した【30mm機関砲】が綺麗に装着されている。



「ああぁ、そういうことか。 このアーマーの墓場は【エルド・アーサー】がパワーアップするためのギミックってことね! 発狂すんぞ、姉さんのバカやろー!」


 きっと姉はほくそ笑んでいるに違いない。


 今まで以上に絶望感が漂う現状で、僕は名無しに声をかけることしかできなかった。


 【30mm機関砲】の銃身が回り始める。 あれがフル回転して射撃が開始されたら、きっと彼女でもひとたまりもない。

 あの巨体ならリコイルだって制御できるに違いないのだから、集弾率も高いはずだ。

 2,3発あたってあのダメージなら、高レートから射出される数百発に堪えられるわけがない。

 なのに彼女は何の危機も感じていないのか、まるで動こうとしない。

 苦しそうな息遣いは聞こえるが、今はそんな場合じゃないだろうに。

 

 猶予はない。そう感じてここを出ようと電流へ手を伸ばした瞬間、ヘッドアーマーのボイスセットにノイズが走った。 



『――あー、ぼろ負けして蚊帳の外に置かれている少年よ。 

 いやむしろ蚊帳の中で隔離されてる少年?わはは。

 …………ごほん、――力が欲しいか?』



 なんだこの間の抜けた覚醒イベントっぽい天の声。

 明らかに姉さんの声じゃないか。この局面になって今更助言なんて……。



「いるもんか! たとえこのバトルで負けても、次はもっと上手く戦える自信がある。

 【エルド・アーサー】の挙動も、形態変化によるパワーアップも、今覚えて次に生かす。

 邪魔しないでよ。」



『ロク、これがプレイテストだって忘れてないかね……? まぁその心持はそのまま抱いててほしいかな。

 けど、悪いけど、この戦いで負けてもらうわけにはいかなくなった。』



「どういう意味――」



 そんなことを話している間に【30mm機関砲】の銃口に火花が散った!

 ……はずなのに、弾はなかなか発射されない。

 否、超高速で回転しているはずの機関砲の銃身。どうして僕はそこから弾が発射されないだなんて認識できているのか。

 不可解だが、時が止まっていた。



『ここからは録音メッセージだ。君の応答を待つ時間はないからね。

 今時間が止まっているように見えるかもしれないけど、それは『スターダストオンライン』のバフ(能力強化)にあたる”サイコブースト”の一つ。

 正確には時は止まっていない。

 頭の回転を最高に速めて、ロクの認識力や動体視力を極限にまで発揮できるようにしている。

 本題に移るよ。

 今ロクの代わりに戦っているそのプレイヤーは……あたしの認識でいうところの”幽霊”』


 

 ……はぁ?

 姉の口からでた突飛な言葉に思考が追いつかない。

 いくら認識スピードが高まろうと、地頭の良さは変わらないのかもしれない。

 姉さんは僕の反応を見越したように話す。



『VRゲームが脳に与える傷跡。通称バーチャルブレインウーンズ(V.B.W)はロクも一応知ってるよね? 

 VR訓練・学習・療法、VR世界内での行動が人間の脳にある種の刷り込みを行い、現実でもVR内と同じ行動が可能になる。その影響力を差す言葉だ。

 けど、それは逆もありえる。』


 逆? 人間の脳がVR空間に影響を与える……そんなの当たり前じゃないか。じゃないと僕らプレイヤーはこのゲームがプレイできない。

 それがどうして名無しに関係するんだ?



『あのプレイヤーの正体をあたしたちは掴めていない状況なの。少なくとも、『スターダストオンライン』の範疇で起こった問題じゃない。

 そこで至った結論が、現実にいる人間の神経系を情報として取り出すデバイス『M.N.C.』(マス・ナーブ・コンバータ)の不具合。

 本来医療用に使われるM.N.C.を、あたしたちがゲームに転用していたのだけど、その仕組み自体は畑違いすぎて完全に把握はできていない。

 ここからはあたしの推測だけど、このM.N.C.は本来V大学病院にあったものなの。

 ……つまり、ゲームに転用される前から人間の神経系を何度も情報化していたってこと。』



 わからない。姉さんは何が言いたいのかしっかりと認識はできていない。

 でも何故か、幾度もキャラロストを繰り返していた僕は無意識にありえる、と思ってしまっていた。



『人間のどこに心や精神、魂が宿るか、なんて議論をするつもりは毛ほどもないよ。

 けど、M.N.C.を利用した患者の神経系情報が何かのはずみでデバイスに保存されてしまっていたら、スターダスト・オンラインのキャラクターにその情報が書き写されることもあり得るかもしれない。』


 キャラロストした際に襲ってくる自分という存在がかき消され、新たにどこかの器へ流されていく感覚は、M.N.C.によるものなのかもしれない。


 ……要約すると、僕の目の前にいる彼女は誰かの神経系情報の塊ってことだ。



『……あのプレイヤーがキャラロストすれば、どうなるかはわからない。

 けどそのプレイヤーへデバック――ゲーム管理者――として手を加えることはできないし、その【月面軍事サイロ基地】内の設定をいじるのもリスクが高くてできない。

 できるのは、ロクというプレイヤー個人をサポートするくらいだ。

 いいかい? 【エルド・アーサー】を倒せ。 彼女を保護するんだ』



 やはり一方的に録音が途切れる。

 その瞬間、姉さんの勢いづいた『【Ver.ヴァルキリーⅢ】転送開始!』という言葉が響いた。

 サイコブーストが切れたらしい。

 時が再び動き出して【エルド・アーサー】の放った無数の弾丸が名無しを襲った。


 けれどその間に僕の身体も無意識に動いていた。

 リザルターアーマーが陥っていた深刻な動力不足が消滅して、四肢が軽くなるのを感じた。

 スラスターを使いたい、そう願った瞬間に背部の何かが反応して身体が飛翔する。


 僕を囲む電流の檻が迫るも、僕は既に持っていた大剣の兵装を振り上げてぶった切っていた。

 斬馬刀がやけに華美な装飾を施され、刀身が白銀に輝いている。

 そこに映った自分の姿は……なんというか、天使じみていた。


 全てが想像通りに動く気がする。

 そんな全能感に突き動かされるまま、電流の檻から抜け出した僕は、【エルド・アーサー】が放つガトリング弾の射線へ、白銀の剣を放り出す。


 突き立てられた大剣が無数の火花を散らせて、名無しに降り注ぐはずだった弾丸を弾き飛ばしていた。



『お見事。鬱憤が溜まっていたのかな?』



 茶化すような姉さんの声が聞こえてくる。

 ……けれども事実だ。僕はチート級な兵装を身に纏うトールに、自分を重ねて「僕だったらこうする」という無駄な妄想を何度も繰り返していた。


 ……それが咄嗟に出てしまうあたり、トールには感謝しないといけない。


 死んで学ぶ。これはつまり負け癖がついてるということでもある。

 こんな局面で理想的な動きができたのはこれが生まれて初めてだった。


 降下して彼女とクリーチャーの間に立ち、そびえる大剣を引き抜く。

 映っている羽が生えた自分のアーマーに若干の苦笑いが出てしまった。



「こういう主人公機みたいなのって、慣れないんだよな」



『矢面に立つことも覚えなさい、少年。』



 通信器から姉さんの笑い声が聞こえてくる。その裏で坂城さんも同じように笑っているのが聞こえた。

 止む無く、僕は【ロード・コーティングアッシュ】と名付けられた大剣を手に取った。

 


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