エラーコード。
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《深刻なエラーが発生しました。
深刻なエラーが発生しました。
エラーコード:unknown.
エラーコード:unknown.
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深刻なエラーが発生しました。
深刻なエラーが発生しました。
エラーコード:unknown.…》
真っ暗な空間に電子音声の無機質な声が響いている。
空間だというのに反響がまったく聞こえてこない。
目の前には誰もいないのに耳元でエラーとログアウト不可を延々と聞かされている。
ヘッドフォンならそれを外せばこの無機質な声は聞こえなくなるはず。
そう思ってコメカミ付近に手をやるが、そこには触れられるはずの頭部がなかった。
それどころか手を動かしているつもりなのに微細な空気抵抗がないため、肌の輪郭線すら曖昧になる。
やがて頭部どころか胴体や足までないことがわかってしまった。
そのせいで自分が足場なしに浮かんでいると思い込む。
意識だけが宙に浮かんでいるのだ。
まるで夢の中にいるかのように、朧気な感覚でただただ浮かび上がっている。
ノイローゼになりそうなほど繰り返し聞かされたエラー報告は今なお鳴りやまない。
けれど思い直してみれば、今の自分にとって五感を刺激するものはその機械音声しかなかった。
「…………。」
だから文句を心の中で抱くことなく夢中になって聞き耳を立てている。
しかしだ。
人の感覚受容器というものは、刺激に慣れるようつくられている。
騒音の中で眠れるようになったり、船酔いが平気になったり、テスト中に他人が文字を書く音が聞こえなくなるように、人間は徐々に刺激を当然のものとして処理するようになる。
エラー報告はいつのまにか聴覚を震わせることはなくなった。
もちろん音が完全に消失したわけではない。だがしかし、”外界”といえるものの境目が曖昧になってくる。
今自分は意識の内側で想像しているのか、それとも外部の何かを感じているのか。
しかし次の瞬間には、何の脈絡なく空間は眩い光に照らされた。
そして現れたのは、牙一郎の寝室だった。
――「徹、徹!」
目の前の視界に映る〈北見灯子〉がこちらを包むようにして抱き着いてくる。
頬や肩に伝わる彼女の熱を貪るようにして抱き返す。
安っぽい柑橘系の香水や鉄臭さが鼻腔をつくのが嬉しくて、〈北見灯子〉をもっと近くに引き寄せた。
彼女の真っすぐ伸びた黒髪を左手に撒きつけて木綿のような触感を楽しみながら、今度はわずかに汗ばんでいるうなじへ指先を滑らせる。
――「大丈夫だから。怖かったね……」
気づくと両の手はこげ茶色の汚れがついていた。
それが乾いた血だとわかっても、北見灯子を離すことができなかったし、彼女もこちらを離そうとはしなかった。
そんな二人の姿を古崎牙一郎はベッドから、古崎圭吾は北見の隣で膝をついて見守っていた。
というより、圭吾の方は見張っているような眼差しを〈北見灯子〉に向けていた。
――「調子はどうだ? 身体はなんともないか? ……徹?」
無骨で低音だが圭吾の声は安心感を抱かせるものだった。
けれど彼らがどうして身を案じてくれているのか、イマイチ把握できていない。
わかっていることは、ただひたすら自分が刺激に飢えていたということだけだ。
「あ……お、れ。」
再三名前を呼ばれたおかげで、古崎徹は自分のことを想いだした。
そう自分で認識した瞬間、記憶が濁流のように流れ込んでは、消えていく。
「スターダスト・オンライン……。俺の、世界が消される。
ジェネシス・アーサーの身体は? なんだよ、この鈍い思考は。
もっともっと俺はできるよ。 ああ、もうイラつくな!」
拳で床を叩こうとしたのに、それは北見灯子の膝上付近にあたってしまった。
「ごめ、ん。
あれ……北見灯子、どうしてこっちにいるんだ?
なんで祖父さんたちと一緒にいる?
キャリバータウンの外がどうなってるかわからないだろ?」
――「ごめん、徹。 私もわからない。 全部わからないの。 ううん、徹がゲームの中で私に何か頼み事をしていたことは知ってるけど……その内容がどんなものだったのか、わからないの。
……徹、説明して。私にできることなら、今からでもスターダスト・オンラインに――」
――「やめないか! 徹を連れ戻したばかりでそんな話!」
圭吾が北見の肩を掴む。
彼女は一度抵抗しようと身じろいだが、抱擁が崩れることを気にしたらしく圭吾を睨んだ。
「北見の言う通りだ。
圭吾に構ってる時間はないんだ。すぐにスターダスト・オンラインに戻って俺たちはあの世界を取り戻す。
そのためには……その、ためには」
――「……もうやめろ。オマエは古崎の人間になるな。 オマエはわたしの孫じゃない。」
言葉に詰まった徹に牙一郎が手を伸ばす。
掛布団とともに骨と皮の老体がベッドから落ち込み、四つん這いになって徹へと近づく。
駆けつけた圭吾を拒んで牙一郎は徹のところまで這うと、その片腕を彼の頭へと置いた。
――「だが、それでも愛しているんだ……。」
徹は北見の抱擁から逃れる。
名残惜しそうな表情を彼女は浮かべていたのに、徹は牙一郎と身体が正面になるよう居直った。
水分がなく乾ききった手のひらが徹の髪を乱していく。
心地がよかった。
「……。」
もう少しこの感覚に浸りたい、古崎徹がそう思った瞬間、意識が急激に遠のいていくのを感じた。
聴覚、視覚、触覚の順でまたしても夢の中のように想像と現実の境目が曖昧になっていく。
頭の上にあった牙一郎の手もどこかへ消えていく。
――どうして取り上げる?
俺は”あの瞬間”のためだけに藻掻いてきたのに、どうして?
視界は遠ざかる。けれど見える世界は実におかしなものだった。
古崎徹の視界から牙一郎の寝室を見ていたはずなのに、今はそれが遠ざかっている。
あろうことか、頭を撫でられている徹自身の姿まで見えた。
かすかに残る手足の感覚で、離れていく寝室にたどり着けるよう水泳みたくばたつかせてみるが、その幸せな光景は遠のいていく一方だった。
やがてまた無機質な声が”彼”を迎える。
《深刻なエラーが発生しました。
深刻なエラーが発生しました。
エラーコード:unknown.
エラーコード:unknown.
ユーザー情報に不正があります。
ユーザー認証が行えません。
プレイヤー登録名《古崎徹》とのユーザー情報が一致しません。
一致するユーザー情報が存在しません。
ログアウト処理が行えません。
深刻なエラーが発生しました。
深刻なエラーが発生しました。
エラーコード…》




