最終決戦Ⅶ
☆
鉄の悲鳴がキャリバータウン中に響きわたる。
【キャリバーNX09】が横たわる上で二つの閃光が目まぐるしいスピードで幾度も交差する。
そのたびに重厚な鉄同士がぶつかる鈍い音が付近に轟いた。
工事現場の重機が衝突しているのかと疑ってしまうほどの衝撃が、巨大人型ロボットの装甲を震わせている。
巨大な赤い炎熱を噴射剤として用いているのは、モルドレッドの硬化した体液を利用してつくられた【ベルンシュタイン】アーマーである。
外見は少女の姿をしているが、左頭部及び顔面部が焼け爛れてしまっている。
”人間としての左瞳”は崩れ落ちていく肌とともに剥がれ落ち、皮膚の向こうにはクリーチャー【モルドレッド】の血走った眼が頻りに敵の行方を追っていた。
その身体を使う〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は、少女の姿が単なる”ガワ”(※周囲を囲むもの、外見)にすぎないことを熟知しはじめていた。
【ベルンシュタイン】の作成者である〈グリム・キメラ〉は、主人である彼のためにヴィスカの外見を真似てそれをつくったらしい。
被弾面積が少なくなったことを得意げにグリムは語ったが、少女の外見である必要性を彼は語っていない。
全ては主人である〈イチモツしゃぶしゃぶ〉の気持ちを紛らわせるための不器用な配慮だった。
けれど当の主人にはもう、それは必要なかったのだ。
顔面の傷口へと〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は自身の手甲部についた短い爪を強引に突っ込んだ。
生肌を剥ぐ瑞瑞しい感触とともに、糸を張った体皮を脱ぎ捨てる。
露わになるのは不格好な人型の”何か”だった。
体躯自体は少女のものと変わらない。しかし、誰がどうみてもその姿は人間というより肉塊じみていた。
桜色の肉体は張り巡らされた血管の脈動に応じて徐々に黒く塗りつぶされていき、やがて深紅色の硬皮に変化してしまった。
少女の身体はいわば【ベルンシュタイン】にとってのフレームだった。
”プレイヤーが装着するアーマーと同じ操作感で戦いたい”。
要望に応えた末に、【ベルンシュタイン】は可動域を”狭める”に至った。
しかし本来は、人間の肩、肘、膝、首、指先、あらゆる関節の制限は枷でしかない。
その証拠に、グリムの操作下にあるサブアームはある程度の破壊力を保ちながら変幻自在の攻撃を行っている。
〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は自身の人間のような箇所をひたすら鉤爪でむしり取った。
人型の肉塊はやがて不可解な生物として新生する。
『ア”ーン”ガゥ”……』
かつての声もまた、人間じみたものの一つである。イチモツしゃぶしゃぶは声も失った。
「……――ッてあ!」
一方で。
クリーチャーへ変容した彼へと肉薄する影がある。
圧縮イオンエンジンによるスラスター噴射によって真っすぐな青い光を残す【Ver.シグルド】は、弧を描いて転換する【ベルンシュタイン】とは違い、ほぼ直角といっていいレベルの方向転換を行う。
高出力エネルギー波を発生させる飛空端末【グラム・ストーカー】を足場代わりにして、その使い手である〈ロク〉は空中を駆け抜けていく。
残存する飛空端末は八つ。
その全てをコントロールしながら、〈ロク〉は進行ルートを素早く導きだして高速マニューバを繰り出す。
対面する〈イチモツしゃぶしゃぶ〉には【Ver.シグルド】の最高速度で接近しなければ容易く回避されてしまう。
そうさせないためにも、グラム・ストーカーをいくつも空中に配置して最高速――つまり、直線移動ができる範囲を広げ、連続した攻撃をしかけるしかなかった。
しかしこの攻撃方法自体も、グラム・ストーカーの配置によって軌道予測される可能性が高い。
――その打開策として出したのは、グラム・ストーカーを攻撃に転用することである。
〈ロク〉は自身の進行路ではなく、イチモツしゃぶしゃぶの進路を先回りする形で飛空端末を配置する。
そして眼前に迫ってくる敵の側面へエネルギー波を放ち、その接敵のタイミングをズラす。
相手が予想できなかったそのコンマ数秒の間に、足蹴りを加えて一気に地上へ叩き堕とす。
ヒットの瞬間も《ショック・ゲイン》機能をバーストに切り替え、保存されたエネルギー波ごと敵の身体へ衝撃を叩きこんだ。
一回の命中ごとに装甲へ搭載された特殊緩衝材が破損していく。
〈ロク〉は緩衝材を通して放つバースト範囲を狭め、エネルギーを過集中させて攻撃を放っていた。
そのため、《ショック・ゲイン》機能に使う特殊緩衝材の摩耗が激しいのだ。
けれどその代わり、一撃一撃が必殺の威力を秘めていた。
だが、イチモツしゃぶしゃぶは倒れない。
軟体生物がごとく、深紅のクリーチャーは四肢を地上につけてスラスター噴射とともに跳躍する。
空気抵抗によって身体が”く”の字よりも鋭角に押し曲がる。
人間の身体では胴体が腰からへし折れる勢いだ。
だがしかし、イチモツしゃぶしゃぶは推進力の赴くままに天上へ上昇していく。
そして一挙に四肢とサブアームを展開させて〈ロク〉へと飛び掛かってくる。
【グラム・スト―カー】による軌道ズラしは、変幻自在に拡縮する身体に上手く捌かれてしまう。
更に、蛸足のようなその四肢には【モルドレッドアサルト】の中距離兵装まで備わっている。
掃射を避けようと移動した先には、サブアームが待ち受けていた。
【フォトンアーム・クラレント】が握られたその腕が振り下ろされ、【Ver.シグルド】の装甲版へ縦一文字の傷をつける。
「……どんなヤツに成り果てても戦ってやるよ。」
〈ロク〉の呟きは〈イチモツしゃぶしゃぶ〉に届いた。
彼はその言葉が〈ロク〉自身を奮起させるだけのものだと思ったが、〈ロク〉は決して彼を睨んでいなかった。
自身がピンチであるというのに、その眼差しには喜怒哀楽のどれにもあてはまらない複雑な感情で満ちていた。




