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最終決戦Ⅵ


                 ☆


 自分が偏屈だと感じたのは、何も今に始まったことじゃない。

 けれど、スターダスト・オンラインというVRゲームの世界に閉じ込められてからは、もっともっと月谷唯花という人間が如何に屈折した人間だったかを思い知らされてしまった。


 けれどどこかで、月谷唯花は自身の不幸に甘んじていたフシがあった。


 ”それは当たり前のこと”だと誰かが彼女に告げる。


 唯花の兄である月谷芥にのみ、親としての愛情を注ぐ母。

 月谷芥に劣等感を剥き出しにして滅多に自宅へ戻らなかった父。

 そんな両親を嗜めながら、物乞いに慈悲を与えるように妹を気遣ってくる兄。


 他人に披露すれば真っ先に異常だとわかるはずだ。

 加えて、誰がこの中で可哀想な立ち位置にいるのか否かということも、理解してくれるはず。

 もちろん唯花以外の家族――特に厄介なのは兄だ――は、ボロを出さぬよう巧みに”理想の家族像”をこなしてみせたので世間に露見することはなかった。

 もっとも、それは唯花が家出したことで瓦解するに至ったのだが、彼女は思ったよりも爽快感を得られなかった。

 一番困らせてやりたかった月谷芥は、現実味を帯びた父と母の離婚話を難なく聞き流してしまっていたからだ。

 それどころか、当時中学生だった湯本紗矢の代わりに古崎グループの下っ端に追いかけられた際、月谷芥は唯花を間一髪のところで助けてくれた。

 

 唯花は彼を中心に展開していく人生というのに嫌悪感があった。

 自分まで月谷芥の英雄譚に登場する脇役になりたくなかったのだ。


 裏を返せば、唯花は誰よりも月谷芥の才能を評価していたといえる。

 だからこそ自暴自棄を加速させていった。

 月谷芥の中では、妹とは兄が助けねばならない存在らしい。

 ならば、月谷唯花はどんな危険にも身を投じることができる。兄が”自分の助けた人一覧”に唯花を加えたいと欲しているのだから。

 そして危険や不幸が見事、唯花を傷つければ、彼女の兄に対する鬱憤晴らしは成功となる。



『身勝手すぎる行動』



「……。」



 声の主は〈名無し〉である。

 彼女は今、〈トール〉――古崎徹のキャラクターを使って〈ヴィスカ〉の四肢を《王の権威》と呼ばれる機能で拘束している。



『でも私はそれを否定しない。ヴィスカ、貴方を生かすための副人格だから。』 

 


 〈名無し〉は視線を遠くに移した。

 その先には〈ロク〉と〈イチモツしゃぶしゃぶ〉が対峙している。



「……これを、解いて! 」



 〈ヴィスカ〉が声を荒げる。二人を止めたいという気持ちは伝わってくるが、〈名無し〉は《王の権威》による過重力フィールドを解こうとしなかった。



『あの二人を見ても何も思わない? 』



「思ってるから! 止めたいって言ってるんです!わかるでしょう!?」



 追い詰められるとヒステリック気味な声を張り上げるのは、月谷唯花が嫌っていた母親の癖である。

 その癖は彼女にもしっかり継がれている。しかし、それに気づいているのは〈名無し〉だけだった。



『嘘。

 わかってない。あの二人は正真正銘、自分の意思で戦うんだよ。

 自分の身勝手を受け入れた上で、リスクや責任も自分に返ってくるって知りながらも戦おうとしている。

 貴方はまだ、月谷芥を負かすことに囚われてる。

 VR世界に残れば、月谷芥は妹である唯花を助けられない。

 だから貴方は、〈イチモツしゃぶしゃぶ〉が現実世界に行きたいといったとき……笑ったの。 微笑むことができたの!

 何故って、VR世界に残る強い目的ができたから。

 〈ロク〉に対する罪悪感も払拭できて、なおかつ、彼を一人にはさせない。

 そして月谷芥の人生には黒星をつけられる。

 それはまるで、月谷唯花の悲劇に月谷芥を巻き込んだかのように見える。

 全部、あなたの一人勝ち。』


 

「違う、違う違う違う!! そんなこと思ってない!

 どうして貴方がそんなこと言うの?

 スターダスト・オンラインで独りだった私を助けてくれたのは、貴方なのに」



 主人を想うあまりに、主人へ反抗した”グリム”というクリーチャーのことを、〈名無し〉は思い浮かべた。


 ――あの子は……立派だった。

 寄生生物というゲーム上の設定に則って、主人であるイチモツしゃぶしゃぶを生かそうとした。

 再三自分に”主人が生きる”ことの定義を問い続けたのだと思う。

 ただのクリーチャーみたく、ライフゲージが残存してロストされなければいいだけの状態では彼は納得してくれない。

 イチモツしゃぶしゃぶは現実世界で”ヴィスカと生きたい”と願った。

 だからグリムもその願いを最優先にした。

 一方で、ヴィスカという主人格のために存在している副人格わたしは、どうあるべきだろう?

 多重人格者は自己肯定や現実逃避のために私をつくる。


 でも、ただヴィスカの苦痛や鬱憤、責任逃れに付き合うだけでいいのだろうか。

 イエスマンで在ることがヴィスカのために――月谷唯花のためになるのだろうか。

 自分に問うてみて、それは違うのではないかと判断してしまった。


 〈名無し〉も、ヴィスカに生きて欲しい。

 自分の意思で、自身が望む幸福を選び取ってほしい。

 月谷芥から背くために自動的に決まる選択を、彼女の意思と言いたくはない。



『私も身勝手になったんだよ。

 ヴィスカ、貴方は現実世界に戻らなくちゃ。

 そして、隣に”彼”がいれば、貴方の物語はずっと貴方ヴィスカが主役。

 あっちに戻ったって月谷芥には負けない。

 私は信じてる』



 ……言いたいことは言った、かな。


 〈名無し〉が《王の権威》が発生させた過重力フィールドを解いた。

 というより、ボロボロになった〈トール〉のキャラクターではもうフィールドを展開するエネルギーが残されていなかったのだ。



『……。』



 〈名無し〉は〈ヴィスカ〉が自身を睨むのを見て微笑むしかなかった。


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