最終決戦Ⅴ
☆
「紗矢、あいつのことどう思う?」
口ついて出た問いは僕自身を驚かせた。
対立していたはずの〈リヴェンサー〉や瀬川遊丹、それに姉さんや〈ヴィスカ〉も今は僕を庇って戦ってくれている。
戸鐘路久という存在を奪おうと迫りくる〈イチモツしゃぶしゃぶ〉を止めるために。
「どう、ッスかね。
あ、あたしにはわかんないかもです。
あの人の事情をあたしは詳しく知らないッスけど――」
紗矢は僕のアーマーをアイテムで修復する手を止めて、奴へと視線を移す。
「ごめんなさい」と紗矢は一言前置きすると言葉を紡ぐ。
「あたしだって先輩が奪われるのは許せないッスから、あの方へ罵詈雑言浴びせるのは妥当だと思います。
けど、先輩が狙われている最中なのに、あたし、なんか変なんです。
妙に……なんというか。」
他の面々と違って、彼女だけは平静を保っていた。
瀬川や月谷芥は憤った感情をぶつけ、姉さん――戸鐘波留は今にも泣き出しそうな顔で持っている兵装を〈イチモツしゃぶしゃぶ〉へ向けている。
けれど彼女は……というより僕も、だ。
自分でも驚いてしまうほど、冷静に物事をみつめていた。
「理解もできないし、納得もできない……なのに、ズレが修正される感覚がある?」
「! それッス! 流石先輩ッスね……。
知り合って初めて人生の先輩感ありました。」
彼女は僕に指をさしながら朗らかな笑みを浮かべる。
僕も多分、自然と顔をほころばせていたのかもしれない。
この場で笑いあっているのがバレたら、非難を喰らうこと必至だ。
「……はいはい。頼りない先輩だよ。
でも僕も同じ風に思ったから言ってるんだ。
きっと大抵の人が〈イチモツしゃぶしゃぶ〉を酷いヤツだと思うかもしれない。
けど、僕……いや、紗矢にとっても、彼の行動は”正しい”ように思える。」
「”正しい”なんて言っていいんスかね?
あたしも、先輩も、古崎に対する復讐のために沢山の人たちを蔑ろにしてきました。
自分の目的を果たそうと行なった結果です。」
「でも、対岸の〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は自分のためにああも懸命に戦ってる。
それと対峙するのは、やっぱり正しいよ」
「なるほど。……それは確かに。」
倫理の難しい話は僕にはわからない。
けど、譲りたくない欲求のためだけに戦うという彼の潔さは、これまでの紗矢――多分僕も――を肯定してくれる存在になったのだと思う。
”復讐”や”戸鐘路久になりたい”という目的をこんな言葉でまとめていいはずはないが、つまるところ、あいつも紗矢も僕も、子供の癇癪じみた憤りをぶつけ合ってるのかもしれなかった。
ホント、笑ってしまうほどに、報復のアレコレや神経系情報の複製アレコレに自分の感情を押し込んで、ラッピングして、敵となった相手側を糾弾するのに必死になっていた。
それが僕らにとってのズレだ。
道徳心や道理なんてものは欠片もない。客観的には間違っていると理解も納得もできるし、悪党の考えと言われても言い返す気はない。
けど、感情の突き進むがままに行きたいと願うときがある。
〈イチモツしゃぶしゃぶ〉はそれを体現してくれている。だから気づけたのだと思う。
彼は〈リス・ミストレイ〉や〈レン・ミストレイ〉の手を借りて僕へと歩を進めてきていた。
「紗矢、行ってくるよ。」
「……はい。」
道徳とか正義とか大義とかいう型があれば、相手がぶつけてくる感情は捨てることができる。
だってそれは、型にそぐわない・本来抱いちゃいけない感情なのだから、犯した人間は罰をうけて当然であり、それについて気に病む必要もまったくない。
例にもれず、相手の存在を奪って、自分が成り代わろうとする行為なんて、VR世界に法がなくても犯罪的・非道徳的だってわかるはずだ。
でも、それらの型を取り除けば、相手の感情はダイレクトにぶつかってくる。
僕の中に蓄積されて、捨てさることはできない。
いつまでも、正しいのか否かわからないまま、反芻し続けることになる。けど、それでいい。
雄叫びをあげて訴えかけてくるあいつの激情を、僕は受け止めたかったのだ。
型に納めることなく、純粋にその存在を僕の中に刻み付けたいと思う。
「……。」
『……。』
僕は彼を見据えていた。




