戸鐘路久VSバケモノ
二つのサブアームが僕の思い描く通りに空間を薙いだ。
〈ロク〉が避けるであろう位置を先読みして、鋼をいくつも重ねたかのような硬質の腕が彼へと追尾する。
後退する判断は正しい。
伸縮自在なサブアームであっても、その有効射程は10mそこらが限界といえる。
距離を取られてしまえば、弾速の遅い【モルドレッドアサルト】による射撃しかできなくなる。
だがサブアームはただ殴打を延長するだけの道具ではない。
〈ロク〉に避けられ、地上に食いつく勢いで地上へと突き刺さったサブアームを用いて、前方へ身体を投げ出す。
アーマーによる自前の推進噴射と合わさって、瞬時に〈ロク〉へと肉薄する距離まで加速する。
「お前から逃げろ、だと?
僕の身体に居座って生きてきたお前が!?
たかだか三年間生きただけで所有者面するな!
――【Result OS】解除!」
空中に身を投げ出しているはずが、〈ロク〉は腕部バーニアや背部のスラスターユニットを使って身体を強引に仰け反らせる。
地上と中空の隙間を縫う形で〈ロク〉が僕の下へと潜り込む。
〈ロク〉がこのサブアームを見たのは今が初めてのはずだ。
なのに、アームの可動域を奴は把握しているようだった。
背部・肩甲骨付近から上方へと延びる形で展開されるサブアーム二つは、敵と前方で対峙した場合、本体である僕を挟むため、可動域は制限される。
加えて腕が展開される角度によって、前方下部に位置どられるともっと有効範囲は制限されてしまう。
けどそれはあくまで僕も理解していた弱点だ。
それに、僕自身が〈ロク〉の反応に追い付けないわけじゃない。
『【Result OS】解除!
僕が戸鐘路久をやる! 誰にも悟らせたりしない!
3年間、戸鐘波留以外には誰も僕を戸鐘路久じゃないって疑わなかった!』
〈ロク〉のマニューバと鏡合わせになるよう、こちらも各部位の推進器ブーストによって空中を滑空する。
僕のその行動が癪に障ったのか、バーニア全てを逆噴射に用いて、水中でターンするかのような踵で蹴り落そうとしてくる。
「できやしない! 僕には紗矢がいる! 彼女がいる限り僕が戸鐘路久であることは変わりない」
〈ロク〉が装着している【Ver.シグルド】アーマーの機能、《ショック・ゲイン》が作動してただの格闘攻撃が徹甲弾でも喰らったかのような衝撃を伴う。
踵落としを受けたサブアームの一つが大きく仰け反って地上へ叩きつけられた。
グリムが上手くいなしてくれたのか、本体である僕の身体には影響はない。
それどころか、もう一方のサブアームは彼の接近と同時に攻撃を喰らわせていた。
カウンター気味に腹部へ入った殴打に〈ロク〉がわずかに呻く。
しかし威力自体は低く、彼にはわずかなダメージすら入っていない。
むしろこちらの殴打による勢いを利用して距離を取ろうとしている。
『なら真っ先に彼女を守るべきだったんだ。 やれ、〈名無し〉』
〈ロク〉は僕を湯本紗矢から遠ざけようと立ち回っていた。
僕に仲間がいないという前提で彼は動いてしまっていたのだから当然だ。
あるいは、僕が裏切ったとわかった時点で〈トール〉との決着自体にも疑いをかけるべきだったのかもしれない。
そうすれば、少なくとも、今〈名無し〉が無理やり雄叫びをあげさせた【ジェネシス・アーサー】を、〈ロク〉が意識外に置くことはなかったかもしれない。
「ジェネシス、……アーサーっ。
ヴィスカとグルになって僕たちを!?
――紗矢!!」
初めから〈トール〉の乱心をヴィスカ――〈名無し〉と結び付けていたロクは、すぐさま事情を察して〈湯本紗矢〉の元に踵を返した。
僕はその背を追う気はない。
【モルドレッドアサルト】の用意をし、銃口を〈ロク〉の背後から一メートルほど離れた位置に照準を置く。
もちろん”今は”そこには何もない。
〈名無し〉が操作しているであろうジェネシス・アーサーは、重々しい一歩を踏み込むと体液か血液か分からない液体を辺りに散らしながら、これから走り出すかのような態勢でかがむ。
僕にはそれが、ダメージの蓄積で自重すら支えられず倒れ込みそうになる姿に見えたが、〈ロク〉にはそう見えなかったようだ。
「【グラム・ストーカー】射出! コンバット・アルゴリズム《ショックウェーブ》発動!」
音声認識でアーマーの機能を呼び出す〈ロク〉。
おかげでこちらもタイミングを図るのが容易になった。
彼の【Ver.シグルド】の装甲から射出された”グラム・ストーカー”なる小型ユニットのいくつかが、〈ロク〉を加速させる膂力を生み出すために背後に集合する。
距離が離れた〈湯本紗矢〉の元へ駆けつける際には、きっとその機能を使うと予測していた。
彼が【バルチャー・スカイラー】戦で見せた連続した空中跳躍は、一度発動されれば僕に捉えることは難しかっただろう。
けれど、小型ユニット――【グラム・ストーカー】を跳躍のために中空へ設置する前段階で封じてしまえば、あとの処理はどうとでもなる。
――思惑通りにことが運ぶ様を見て、何か得体の知れぬ力が”戸鐘路久に成り代われ”と言ってくれているのだと信じた。
欺瞞じみた心を抱えて、僕は【モルドレッドアサルト】でグラム・ストーカーのユニットを撃ちぬいた。
消滅の効果で機体面積の半分を失った小型ユニットの数々が、鉄屑となって地上へと落下する。
「っツ!!」
思った加速を得られなかったのだろう。ロクは不時着する航空機のような軌道で、グラム・ストーカーと同じように地上へ墜落する。
直後に響き渡ったのは【ジェネシス・アーサー】が前のめりに倒れこんだ地鳴りの音だった。
『最初から湯本紗矢を狙うつもりはないよ。
ロク、オマエだけだ』
隙を晒した〈ロク〉をサブアームの二つで拘束し、僕の目の前の位置で固定する。
【スティングライフル・オルフェウス】の弾丸を撃ち込むには、彼の装着する次世代アーマーでは少々硬すぎる。
幾分か装甲を削ぐ必要があった。
「卑怯な手まで使うのか?
正面から僕に挑んで、自分がそうだと証明するんじゃなかったのか?
ふざけんな。 こんなやり方で勝って戸鐘路久に成り代わっても、いずれはボロが出る。
自分が嫌になるに決まってる。 僕だったらそう思う!
――そうだ! 僕とオマエは全然違う!
オマエが戸鐘路久だって言うなら、それくらい理解してるはずだもんな!?
――ヴィスカ! どこかで聞いているんだろ!?
どうしてこんな奴に協力なんかしたんだ! こいつは正真正銘のバケモノだ!」
『煩い。
グリム、少し反動が強くなると思うけど、しっかり押さえておいてくれ。』
【モルドレッドアサルト】をフルオート射撃に切り替える。
一対のサブアームに左右から固定されたロクへと狙いを定めて、僕は引き金を引いた。
これが最後なのだと自分に言い聞かせて。




