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彼女は僕のことをそう呼んだ。


「――っは!」



 〈トール〉が奇声をあげながら錫杖のビーム刃を振るう。

 フェイスガードから覗く彼の眼差しは、対峙するこちらを捉えていない。

まるで僕の背後に何かいるかのように、〈トール〉の繰り出す斬撃は必要以上に深い位置へ振り下ろされている。

 錫杖部分を【クラレント】の硬質な刀身で受け止め、眼前に迫る閃光の刃をなんとか食い止める。

 出力が不安定なのだろう。ビームの刀身は呼吸する肺のように巨大化と収縮を繰り返していた。


 そのせいか、相手の行動がまったく読めずにいる。

 戦闘AIを搭載しているクリーチャーのほうがよほど合理的な戦い方をするはずだ。

 

 〈トール〉の深すぎる踏み込みに合わせて、こちらも一気に距離を詰める。

 身体を衝突させてヤツの態勢を崩すと、そのまま【ベルンシュタイン】の怪力で地面へと叩きつけた。

 

 すかさず【モルドレッドアサルト】による追撃を行おうと構える。

 しかし次の瞬間、アーマーの重量が増し、両腕がだらりと地面へ落ちる。

 それにつられ、全身も地上へ落下したかのよう前のめりになって、〈トール〉の隣へとうつ伏せに倒れこんでしまった。


 反動で【モルドレッドアサルト】が地面へとフルオート射撃される。

 小爆破が連鎖的に起こり、伏せた身体は二度三度回転して、かろうじて反撃の隙を晒さずに済んだ。



『やっぱり【王の権威】はチートだ。多少なら【ベルンシュタイン】の力で耐えられると思ったけど……』



 腕力、膂力関係なく【王の権威】は全てのアーマー使いを平伏させるらしい。


 ――ならチート級にはチートでやり返してやる!



『〈プシ猫〉、確認できてるか? 僕の合図で二射目を撃ってくれ!』



 プシ猫から”了解”の返事がくる。

 一方で〈トール〉は僕を視界に入れるや否や、やはり焦点の合わない瞳で睨みながら、出力オーバーを厭わない爆発的な推進噴射で迫ってくる。

 迎撃はあえて行わない。

 僕はトールから逆の位置へと【モルドレッドアサルト】を撃ち込んでキャリバーNX09の胴体へと人一人が入れそうなほどの穴をあけた。


 このキャリバーNX09も破壊不能オブジェクトに違いないが、【モルドレッドアサルト】は否応なくゲーム内の物体を消滅させてしまう。

 


『今だ!』



 合図とともにこちらも破壊不能オブジェクトに囲まれたプチ塹壕へと逃げ込む。

 〈プシ猫〉の指揮するアーティラリー隊は、全て真っ当な兵装によって砲撃が行われる。

 キャリバーNX09の装甲で出来た塹壕に身を隠せば、砲撃の中心にいてもノーダメージというわけだ。


 ――かつ、地上の〈トール〉は今度こそキャラロストに追い込まれ――る……?

 【モルドレッドアサルト】による掘削作業で、塹壕の更に奥へもぐりこもうとしたところで、身体が思い切り出口へと引っ張られる。


 「まさか」と思い、振り向くと、プチ塹壕の出入り口から伸びた黄金の手甲がこちらの両脚をひっつかんでいた。

 言わずもがな、トールの腕だ。


 僕の身体は、グリムの手によってヴィスカに似た少女の姿になっている。

 塹壕の出入口もその背丈に合わせて開けたのだから、普通の男性キャラがアーマーを着込んだ〈トール〉では、どうあがいても塹壕内に入れるわけがない。


 だがヤツは腕先、肩、顔の順で身体を無理やりねじ込んでいた。



「ヴィスカ! ヴィスカ! ヴィスカ!ヴィスカ! 月谷唯花ァアアアア!!

 復讐の、つもりかぁあアァァ!?」


 

 〈トール〉の放つ奇声の合間に、彼女の名前が出てくる。



『こいつ、僕のことをヴィスカと勘違いしている……?』



 奴は一度力を緩めると、今度は一息にもう片方の腕をねじ込んでくる。

 しかも、ビームの刃を放出したままの錫杖を持って、だ。

 自分の身体がその閃光によって焼け爛れるのも構わずに、限られた空間で身をよじりながら錫杖を僕のほうへ向けてくる。


 拡張しきれていない狭い塹壕内を、限界まで奥へ進んでビーム刃から遠ざかる。

 けれど、〈トール〉はアーマーの関節部位がおかしな音をたてているにも関わらず、ジリジリとこちらに距離を詰めてくる。



『――く、くるなよ!』



 【クラレント】で抵抗しようと試みたところで、この距離は《王の権威》発動圏内だった。

 四肢はまったく言うことを聞かず、ハルバードの刃を模った超熱量の塊が【ベルンシュタイン】アーマーの胸部を切り裂く。


 だがその直後、頭上で何かが飛来する高音が聞こえた。

 そして続けざまに地鳴りと爆発音が地下にも駆け巡る。



「アァ……あ”ぁ”あ”ぁ”あ”あ”あ”ぁ”あ”あ”あ”ぁ”!!」



 半身をまだ地上に曝しているであろう〈トール〉が苦痛に満ちた叫び声をあげる。

 間近で見せられたその表情は、到底ブラフには思えない。


 〈トール〉は自身の痛覚設定を有効にしている。


 けれど、自分で自分の首を絞めるなんて愚行、古崎徹でもやるはずがない。

 答えは僕の中に既に存在していた。



『ヴィスカ……じゃない。 これをしたのは〈名無し〉だ。

 M.N.C.を用いて〈トール〉に妨害工作していたのは、ヴィスカであってヴィスカじゃない。 キミなんだろ!?』



 僕は思わず声を張り上げていた。

 本来プレイヤーが入り込めない破壊不能オブジェクトの警告メッセージが所せましの並ぶこの亜空間。

 この場所なら、その気配だけを不気味に感じる”彼女”へ、こちらの言葉が届くのではないかと考えた。


 そして、……彼女は呼びかけに応じた。


 砲撃のダメージで、こと切れたように虚ろな呻き声をあげていた〈トール〉が、唐突にその項垂れた顔を首の関節ごと振り上げ、満面の笑みをこちらに向ける。 



『やっと気づいてくれたね。 イチモツしゃぶしゃぶ――じゃなくて……戸鐘路久ロクさん。』



 彼女はダミーのことをそう呼んだ。



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