孤塁を抜く。
庇われたとはいえ【セイクリッド・ロイヤル】の装甲には傷一つ付いていない。
金メッキか、それともSF世界の特殊金属か、どちらにせよこの灰色と砂色、そして宇宙の紺色ばかりのこの世界に〈トール)のアーマーは自己主張が過ぎる。
はためく金の刺繍が入った赤マントの下には、反逆する者を否応なく跪かせる磁場を発生させている。
彼が一歩踏み込むたびに、キャリバーNX09の装甲は鉄球でも当てられたかのように〈トール〉の足跡を形成していく。
片腕に装備した錫杖型の兵装は、その玉飾りが変形してビームの閃光を光らせる。
やがて閃光は中世の騎士が持つ斧槍・ハルバードのような巨大な刃を作り出した。
まだ距離はあるというのにこちらにまで熱が伝わってくる。
……出力を無視しすぎている。
マントから放出されている陽炎じみた揺らめきは、付近に特殊な電磁フィールドを作り出し範囲内の対象を行動不能にさせる《王の権威》という【セイクリッド・ロイヤル
】専用の機能だ。
発動できる距離は限られているため、まず相手に接近しないことには【王の権威】は意味をなさない。
つまり、今の〈トール〉はエネルギー出力の判断ができていない。
錫杖から放出されているビームの閃光も、極端に言ってしまえば相手にヒットするときだけ出力を最大にしたほうが効率がいい。
いずれ〈トール〉はエネルギー不足に陥るだろう。
『でも、そんな容易く終わるわけもないか。 ……”開眼”。』
360度の視界を確保できるモルドレッドのアビリティ能力を用いて、キャリバーNX09の胴体上にいるプレイヤー及びクリーチャーを探す。
『(いた! 後方、5時の方向にクリーチャー発見!)』
パノラマ視界に映ったクリーチャーは、プレイヤーと同じ、いやそれ以上の身体を持った装甲付きの大狼だった。
クリーチャーネームは【イリーガルウォルフ】。
名前の語感で思い当たるクリーチャーすらいないということは、上級ランクに格付けされるクリーチャーなのだろう。
顔はそちらに向けず、【モルドレッドアサルト】の銃口だけを潜伏状態のイリーガルウォルフへ向けて射撃し、先制攻撃を行う。
『――――!!??』
大狼の胸部装甲が弾け飛ぶ。
こちらが存在を察知していたのに気づいていなかったようだ。
虚をつかれ、イリーガルウォルフはバランスを崩して襲撃の一歩目を挫かれる。
――やっぱりヤツは正気だ。
イリーガルウォルフの潜伏先は、後方で待機させていた〈HALⅡ〉を狙うのに絶好の位置。
あのオーバー出力はブラフの可能性が高い。
むしろ別の意図も含まれているかもしれない。
一体のイリーガルウォルフが襲撃に失敗するや否や、今度は天上にて予め待機していたであろう【バルチャー・スカイラー】が急降下してくる。
360度の視界が唯一フォローできない角度からの強襲だ。
素早く反応した〈湯本紗矢〉が自身の兵装で撃ち落とそうとするも、華麗な旋回で攻撃は避けられてしまう。
さっき戦ったスカイラーよりも動きにキレがある。
〈古崎徹〉のプレイ技術は遥かに向上している。
バルチャー・スカイラーの進行方向には〈HALⅡ〉がいた。
彼女の低身長なキャラクターにとって、怪鳥のクリーチャーによる一撃は重すぎる。
――だが、【バルチャー・スカイラー】は急降下による〈HALⅡ〉への攻撃をせずにそのまま彼女の頭上を通り過ぎていく。
『ど、どういうことだ?』
〈HALⅡ〉をキャラロストさせる最大のチャンスを、〈古崎徹〉の支配下にあるバルチャー・スカイラーは見す見す逃してしまった。
バルチャー・スカイラーは滑空飛行故に、次の攻撃に移るにはどうしてもワンクッション置くことになってしまう。
その間に僕が〈HALⅡ〉の守りに入ってしまえば、ヤツは二度と不意打ちができなくなるだろう。
「ロク! 危ない!」
〈HALⅡ〉がスカイラーの行方を追いながら叫ぶ。
そこで僕も気づいた。スカイラーの進路の先にはトールと対峙するために身構えていた〈ロク〉がいた。
「――っ、いやこんなの不意打ちに入らない!」
〈ロク〉は素早く身を翻して、スカイラーの対地放火を難なく避ける。
そうだ。〈ロク〉の言う通り、これは不意打ちにはならない。
ターゲットとする相手を間違えている。
『(また、今度は7時の方向! 〈湯本紗矢〉狙いの襲撃か!)』
開眼状態にあった視界が2体目のイリーガルウォルフの姿を捉えた。
大狼の狙いは〈湯本紗矢〉。
彼女は現在、スカイラーが〈ロク〉に攻撃できぬよう【軽量型対空砲ヴィジランテ】による射撃を行っている。
それを邪魔させるわけにはいかない。
弾速に難がある【モルドレッドアサルト】は、高速走行する敵には偏差撃ちが必要となる。
故に僕は、湯本紗矢へのルートを塞ぐようにして射撃を行った。
だがまたしても、【イリーガルウォルフ】は強襲に最適な位置取りとタイミングをかなぐり捨てて、彼女の脇を抜け〈ロク〉へ向かい始める。
「わけがわからない!! 僕が一番弱そうに見えるってことか!?」
「紙メンタルなのは確かにパイセンッスね。」
「気づいていても言わないのが偉い後輩というものでしょうが!」
「いやいや、アタシ。後輩である前に、”彼女”ですから」
「――!?」
ロクと湯本紗矢の不快なやり取りが展開されている間にも、矢継ぎ早に〈古崎徹〉はクリーチャーを投入してくる。
一体、どれほどのクリーチャーを潜伏させているのか問いただしたくなるほど、次々に”開眼”状態の視界はクリーチャーの姿を捉える。
だがしかし、現れたクリーチャーのことごとくが〈ロク〉ばかりを集中的に狙っている。
「イチモツ! 僕が狙われているなら、オマエが〈トール〉を倒せ!」
クリーチャーに囲まれながら〈ロク〉がそう声を叫んでくる。
それと同時に、まるで〈ロク〉の注文に応えたかのように、〈トール〉が僕のほう目掛けて駆け出し始めた。
誰かに主導権を握られているかのような、そんな不快感を抱きながら、僕はモルドレッド専用兵装【フォトンアーム・クラレント】を呼び出して〈トール〉を迎え撃った。




