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決断


               ☆


「ケイ、あの子を救ってくれ。 暴力で徹が敵うわけないんだ。

 あの子は人を殴れない優しい子だ。きっとすぐに捕まってしまう。」



 圭吾は祖父の泣き言に耳を塞ぐことができなかった。

 牙一郎の個室を奪還したまではよかったが、仲間の危機を察した見張りの連中が部屋に押し入ってきていた。

 窓から逃げることも考えたが、生憎、牙一郎の健康のために、この部屋には外部に繋がる窓が一つもない。

 あるのは窓枠のように配置されたモニターのみである。

 空気の入れ替えは空調機器に頼り切っていた。


 そもそも病床の牙一郎を連れて外に逃げ出すのはリスクが大きい。

 しかし……。



「旦那様~!! と、と、扉に刃が貫通してます!!」



 ホームヘルパーさんの勝見は自ら進んで部屋の扉が打ち破られぬよう押さえるのに協力してくれている。

 微力ながら、と自称した通り、彼女が加わってもそれほど圭吾の負担は楽になっていない。だがしかし、今は多少周囲が煩いほうが圭吾には都合がよかった。


 鮮やかな装飾が施されたアンティーク調の両扉に、銃刀法違反にギリギリ引っかかるであろう刀身が突き出ている。

 彼女がもう少し左で扉を抑えていたなら、突き刺さったかもしれない。

 

 圭吾は一度深呼吸すると、短く息を吐き出すと同時にナイフへと踵落としをあてる。

 甲高い音とともに刃がへし折れ、扉の向こうで僅かな呻き声が聞こえた。



「あらあらまぁまぁ!」



 勝見は妙におばさんらしい口調で、曲芸にも似た圭吾の足蹴りに歓声をあげる。

 この状況で笑みを浮かべるあたり、この人も相当、感覚がマヒしているのかもしれない。


 ……その原因の5割はテロリスト集団にあるとして、残りの5割は……”あの女の子”にあるのだろう。

 圭吾は扉を抑えつけながらも視線だけ部屋の中心に向けた。

 そこには徹の身体を大事そうに抱える北見灯子の姿がある。

 彼女自身は気づいていないのか、その顔面には先ほど男を殴打したときに浴びた返り血がついていたが、自身に構うことなく徹のデコをそっと撫でている。


 勝見とて進んでこちらの防衛を協力するのは、彼女と距離を置きたいからだろう。

 もちろん、圭吾も父親としては今すぐ彼女から徹を遠ざけたい気持ちがあった。

 

 ……しかし、刺激すれば何をしでかすか分かったものではない。


 それに、祖父・牙一郎が憔悴しきっている。

 スターダスト・オンラインから帰還した彼女の暴力行為を見せられては、心配になるのも無理はなかった。

 それは圭吾も同じだ。


 唯一残された道は……このスマートフォン、か。

 

 アンチグループの何者かが徹をスターダスト・オンラインから帰すと提案してくれた。

 代わりに求められたのは多額の身代金。

 仮にここで奴との交渉に乗れば、この場は静まるかもしれなかった。

 

 何より牙一郎の心も壊されずに済むはずだ。



(”ゲーム内にいる古崎徹くんもまた、帰る身体を失う……”)



 電話口の男が告げた言葉が、脳裏で延々とリピートされている。

 ……決して、徹を見捨てるわけではない。むしろ二人を助けるための決断でもある。



「(ゲームの中にいる徹は、徹じゃない。……そう思えれば、どれだけ楽になれるか)」



 圭吾には古崎牙一郎という経営者としての指導者が必要だった。

 けれど徹がスターダスト・オンラインによって意識不明にでもなれば、祖父は立ち直ることなく死を迎えるに違いない。



「……アァ……アァ……徹、お前が帰ってこなければ、老いぼれには生きる意味がなくなる。」



「父さん……っ」



 思わず牙一郎へと注意を向け過ぎたせいで、扉の抑えが一挙に破られそうになる。



「クソ、奴ら何か持ち出してきたな!」 



 別段、剛性に優れた扉というわけでもない。何か重量のあるもので突撃されれば簡単に全壊してしまうはずだ。

 

 これでは交渉に応じる時間すらない!


 扉の金具が衝撃によって片側だけ外れ、扉があらぬ方向へとひっくり返りそうになった。

 最早これまで。

 そう諦めかけたところで北見の声が響いた。



「――退いて!」



 不意に圭吾が横へズレる。

 その瞬間、室内に乾いた破裂音が駆け巡った。



「……発砲だと!?」



 口をついて出た言葉に圭吾は「まさか」と首を振る。

 なぜなら彼女が持っていた長銃は全てモデルガンだった。

 どれも本物の銃器ではなかったはずだ。


 しかし、扉の向こうでは何者かの呻きと悲鳴を足したような声が聞こえてくる。

 それに加えて、北見灯子が所持していた拳銃には薄っすらと白煙が舞っていた。



「あの拳銃は、たしか……あいつが持っていた」



 佐元と呼ばれた女が所持するあの拳銃だけは本物だった。

 確かに、他の長銃はこの日本国内のどの組織でも実銃のものは見たことがない。

 だが、佐元が持っていた拳銃だけは密輸ルートを用いて入手できる方法を知っている。


 否、今はそんなことどうでもいい。驚くべきは発砲した北見灯子が眉根一つ動かしていないことだ。

 ゾッとする。何も戸惑う理由がないかのようだった。


 圭吾は震えた喉で呻き声をあげそうになったが、何とか耐えた。

 ――これはチャンスだ。

 扉を破ろうとしていた連中は、こちらに実銃があると知って突入をためらっている。


 この時間でやるべきことをやろう。


 圭吾はスマートフォンの着信履歴からとある番号を呼び出した。

 そして、さきほどと同じ相手が電話口に出たのを確認すると圭吾は告げる。



「交渉に、応じる。」




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― 新着の感想 ―
[一言]  300話ですね〜。牙一郎、だだ甘なおじいちゃんだったんですね〜。
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