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アボミネーションズ・ラストスタンド

 ”アリアドネ”、彼女はそう叫んでいた。

 蜘蛛足の先端に付属している弾丸が雷針の代わりとなって、蜘蛛足から放たれる無軌道な雷撃を一定方向に誘導する。

 5弾一斉掃射は肉薄する僕へのけん制ではなく、決定打を打ち込むための前準備だったというわけだ。

 

 ……依然として【ウェザーマンズ防護システム】が独特の警告メロディを鳴らしていた。

 これは一体どんな鳥の鳴き声なのか、ふと気になった。

 一説では不死鳥は鷲に似た姿をしているとかなんとか、けど鷲が囀ったりするだろうか。


 だが、この鳥の声は確かにこの身体をしぶとく生き残らせている。


 リザルターアーマーのジェネレーターが動かずとも、【ウェザーマンズ防護システム】の独立起動用に備わっていた内臓バッテリーは動いていた。

 メニュー内で閲覧できるパーツの説明書きによれば、元々は携行用トロフィーシステムを改造したもの、と書いてある。

 それならば、確かに内臓された動力源があるのもうなずける。


 一度は止まってしまったリザルターアーマーの動力部が、ウェザーマンズのバッテリーにけん引されて、緩慢な駆動音を鳴らす。


 よかった。ジェネレーターも完全に壊れてしまったわけじゃなかったみたいだ。



「――ッ」



 蜘蛛アーマーの肩部ミサイルランチャーが再び煙をあげた。

 油が切れたロボットがそうするみたいに、僕は寝返りをうち、”傘”が盾になるよう移動する。

 今の状態で”傘男”が正常に動くかは怪しい。


 ロケット・ミサイルに堪えうる剛性があるのか定かではないが、一か八かこの傘を差して敵に近づいてやる。


「そっちがその気なら、こっちだって!4連ミサイルポッド射出!!」



 雷撃を繰り出す蜘蛛足はクールダウンが必要なのか、放熱のために装甲の一部が開き、付近に陽炎を漂わせている。

 チャンスは今しかない。


 再起動を果たしたリザルターアーマーが動力部の限界を警告する。

 しかし【Result OS】がない以上、機能を制限することはない。

 どのみち、この【30mm機関砲 リベンジャー(粗悪)】の威力が通じぬ戦力差なら勝ち目は万に一つもありえない。


 けん制用に放った2連続のミサイルを蜘蛛プレイヤーは完全に見切っているとでも言いたげに避けて見せる。

 やはりあの中身は先ほど、優雅な空中機動を披露した彼女だと再認識する。

 しかし、大きな動作はない。

 蜘蛛足の雷針の位置を気にして、自分のポジションを変えたくないのかもしれない。



 動力節減のためにスラスターと膂力を合わせてドタドタ敵に向けて走る。

 その際に敵のミサイルが”傘”に命中する。

 傘自体はまだ耐えられそうではあるが、それよりも傘と背部バックパックを繋げるサブアームがぐらつき始めている。



「所詮、盾代わりに使うものにはなってないってことだろうな。 けど、ここまで近づければ!」



 約10mほどまで迫り、ようやく蜘蛛プレイヤーも危機を感じて避けようとガラクタ山から落ち込むように身体を傾けた。

 倒れこむのかと勘違いしそうになるが、彼女ならおそらく【Result OS】なしのマニピュレート操作で地を這うように滑空するはずだ。


 それを見越して残りの脚部ミサイルポッドを全て射出する。


「逃がすかよっ!」



 流石にミサイルが直撃することはなかった。

 こちらのミサイルの軌道を読んだ彼女は、倒れ込みをフロントバーニアの噴射で推し留まる。

けれど足さえ止められたなら、あとはこのデカブツでどうにかできる。


 ウェザーマンズのパラボラシールドをサブアームをへし折る勢いで地面に突き刺す。

 鉄屑に埋もれた”傘”を台座にして、抱え込んだ【30mm機関砲 リベンジャー(粗悪)】を構える。


 ようやく出番を得た大口径ガトリングは、トールの持っていたチンケ(ダメージは多分変わらない)なソレとは比べものにならないくらいの轟音(もとい、寝ている人を叩き起こすかのような騒音)を響かせて無数の弾丸を吐き出した。


 あぁ、くそぅ。無意識にトールのガトリング兵装と比べてしまう……!

 使い勝手ならトールの持っていたもののほうが何倍といいんだろうなぁ。


 けれども、やはり大口径を撃つなら、これくらいのリスクがあってこそだろ!


 ヘッドマウントディスプレイに表示された出力メーターが一気に限界まで振り切れている。

 もはやフルスロットルと呼べるものではなく、これではデッドヒート寸前だ。



「でも、この腹に響くようなリコイルと銃声はやめられないッ」



 リコイルで銃口が上を向かぬように、リザルターアーマーの全力で銃身を抑え込みながら、取ってつけられたようなトリガーを引く。

 反動が全身に伝わって……なんというか、マッサージ機レベル100?っぽい。


 「われわれはうちゅーじんだ」的なことを言いたくなる振動。

 多分高確率で舌を噛む。


 まさしくトリガーハッピー状態な僕に対して、肝心な蜘蛛プレイヤーの様子はといえば……。



「あぁ……ぁあ、ぐ……」



 意外なことにダメージは盛大に通っている。

 所詮は人が動かすパーソナルアーマーだ。対戦闘機用の兵器が後れを取るなんてありえない!


 ――そんな死亡フラグ的な独白ができてしまうほどに、彼女は苦しんでいるようだった。


 狙い撃ちというよりも弾幕を張ってるにすぎなかったが、数弾は着々と彼女へ着弾していた。

 避けようと踏み出した一歩ですらランダムに射出される30mm弾に阻まれる。

 真っ赤な塗装には掠れた弾痕によって剥がれて、元の銀色じみた色合いが露わになりはじめる。



 やがて、彼女の肩部に存在したロケットランチャーの再装填が完了した瞬間、弾丸がそこへ着弾してミサイルが爆破した。

 その時になってかろうじて保っていた僕のリザルターアーマーの動力部が停止する。


 抱え込む【30mm機関砲】がゆっくりと銃身の回転を止める。



「どうだ!?」



 確かな決定打らしきものは誘爆したミサイルランチャーのソレくらいだが、ダメージはかなり入った。

 ダメージ計算が追いついていないせいか、敵対時に表示された敵のライフゲージは緩慢に減少を続けている。

 やがて4分の一ほどを残して止まった。


 及ばず……か。


 ライフゲージが示す通り、爆風で隠れてしまっていた彼女の姿はまだ健在だった。


 蜘蛛足の一部はロケットランチャーの誘爆で焼け崩れてしまっていたが、駆動音も四肢の稼働も問題はなさそうだった。

 けれども時々、苦し気に喘ぐ彼女の吐息が聞こえてくる。


 ……苦しむ?


 違和感を感じたが、今はそれどころではない。

 もはや抵抗手段はひとつもなかった。


 ダメ元で両手を挙げてみるが、彼女の一言が僕の死を告げていた。


 

「アリ、アドネ……」



 またさっきの雷撃がくるのか?

 

 無駄だと知りつつも、両腕の装甲で身体を覆う。

 しかし、無慈悲にも鼓膜をつんざく雷鳴が鳴り響く。

 薄暗かったサイロ中に光が迸り、視界があっと言う間にホワイトアウトする。


 キャラロストの瞬間は毎回独特な感覚に見舞われる。

 自分という存在が瓦解していくような不快感とまた再構成される違和感が同時に襲ってくる。

 今僕が用いているこの”ロク”というキャラクターの容器が空っぽになり、戸鐘路久という液体がまた別のキャラクターの容器を移し替えられるのだ。


 僕はその感覚に身構えていた。

 しかしそれは一向にやってこない。



「あれ……? 生きてる」


 

 ホワイトアウトが明けたところで、再び付近を見渡すと、雷撃はたしかに存在していた。

 ……僕のすぐ両横で、だ。

 テスラコイルの間を流れる電気を思い浮かべてほしい。

 あれが、蜘蛛足と後方の雷針との間に何筋か流れていた。


 抜け出そうと流れる雷の流れに触れると、腕が弾け飛び、やはり一瞬だけ動力が止まってしまったみたいに全身が動かなくなった。

 けれど、今回は軽度なようで、瀕死状態のジェネレーターはまた動き始める。


 身動きが取れない……。



「どうして一思いに殺しにこないんだ?」



 当然ながら、彼女は僕の問いに答える気はないらしい。 

 彼女はアーマーで何かを操作しているようだった。

 やがて彼女は蜘蛛足がついているバックパックごと、背部のパーツを取り外してしまう。



「あの蜘蛛足、アーマーから取り外されても電流を流し続けることができるのか……」



 宿主がいなくなった蜘蛛足だったが、自力で直立して結界じみた電流の檻で僕を依然閉じ込めていた。

 

 ……これどういう状況?

 正体不明プレイヤーにゲーム内で拘束されるって流石に予想できない展開だ。

 

 もう蜘蛛っぽくない彼女は優雅な飛躍と着地で、閉じ込められた僕の近くまでやってくる。


 彼女のヘッドアーマーが解除されて、姉さんの幼い頃と同じ顔が晒される。

 その表情にはわずかな苦悶はあるものの、微笑んでいた。


 姉さんの悪戯か何かだろうか。


 そう疑い始めたところで、サイロの中心・大型ミサイルが直立している付近から咆哮が聞こえた。

 コンマ数秒も経たずに小さな大気の揺らめきを感じて振り向くと、そこには電流の柵に阻まれた【エルド・アーサー】がこちらに牙を剥いていた。

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