ボーダーライン
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【キャリバーNX09】の上腹部へ到達するまでの道のりは、”一同にとっては”容易なものと言えた。
一度だけ斥候じみた大鳥のクリーチャーが、上部へと繋がる足場を行く最中に攻撃してきた。
〈湯本紗矢〉を狙った一撃だったが、隣の〈ロク〉があえてアーマーの腕部で、鉤爪による攻撃を受け止める。
「あれは【バルチャー・スカイラー】、1、2位を争うくらいに厄介なクリーチャーだ!
見ての通り、この世界じゃ破格の飛行アビリティを持ってる。
下手すれば一方的に攻撃・索敵だけされちゃう可能性もある。
――でも中身が〈古崎徹〉に支配されたプレイヤーなら!」
見たことがないクリーチャーがいたとしても、〈HALⅡ〉が逐次解説をいれてくれるため、様子見から入ることなく挑むことができた。
彼女は同行者である〈湯本紗矢〉へと指示をする。
一瞬、彼女は面を喰らったような表情を浮かべたが、〈ロク〉に頷かれたことで意を決して射撃を行った。
【軽量型対空砲ヴィジランテ】が鉄を万力で叩いたかのような甲高い音を立ててマズルから火を噴いた。
弾丸は飛行するバルチャー・スカイラーの後方へと通過していく。
クリーチャーの飛行速度に合わせた偏差射撃が出来ていない。
射撃手である彼女自身、それをする自信がなかったらしく「ほらね」と訝った視線を〈HALⅡ〉へと注ぐ。
しかし、外れたはずの弾丸は【バルチャー・スカイラー】の背後、中空にて炸裂し、小爆破を引き起こした。
「当たった……スね?」
張本人である湯本紗矢が一番驚いてるようだった。
「いやぁ紗矢ちゃん、良い兵装をチョイスしたね!
ハッキリ言ってかなり用途が限られた武装なんだよね。
この【ヴィジランテ】。
大口径砲弾を放てる銃火器ではあるけど、聞いての通り、これって元々【対空砲】だからねぇ。
実用性じゃ、他の火砲系武装選んだほうが重量削減にもなるし、大抵のクリーチャーにはオーバーキルになりかねないし」
「え、え、前使ったときは自動で炸裂してくれる機能なんてなかったッスよ!?」
「そりゃあそうだよ。 飛行能力ある敵にしか有効にならない効果だもん。
そのあたりはゲームレベリングでの事情があるんだよね。
あ、倒しがてら聞くかい?」
「いや……遠慮しとくッスよ。」
スカイラーはさきほどの射撃でダメージを受けているようだった。
それでもキャラロストまではライフを削り切れていない。
このままではこちらの足場から距離を離されて回復の隙を与えてしまう。
『倒しきれてない。もう数発撃ち込まないと!』
僕の声に待ってましたと言わんばかりに〈HALⅡ〉が声をあげた。
「〈ロク〉! 【Ver.シグルド】のリザーブ、さっき受けた分で溜まってるんじゃないか?」
名を呼ばれた彼のほうも視線だけ〈HALⅡ〉に向けて渋い顔をつくる。
「《ショック・ゲイン》機能のリザーブ?
無茶言わないでくれって。 あれは地上から飛び上がるだけにしか使えない。
あの鳥を叩き落とすことはできても、僕だってそのまま100m下に落下することになる!」
「専用兵装、持ってるよね?
ナナちゃんから奪ったカスタムパーツ【グラム・ストーカー】があるなら宙を駆けることができるはずだよ」
「だからって、緩衝材に保存されたエネルギー自体、往復分があるほど貯蔵できちゃいない!」
「――渋る間に敵が逃げるからさ……」
キャリバーNX09の周囲に張り巡らされた足場は、それほど広くはない。
人3人分ほどが並んで歩ける程度しかなく、柵なども取り付けられてなかった。
〈HALⅡ〉はそこから身体を傾けると、足場の外へと身を投げた。
反射的に腕を掴もうとしたが、彼女は僕の手を払いのけた。
「さぁ、スラスターの全力噴射が終わればアタシは見事落下しちゃうぞ。」
〈HALⅡ〉はロクへと不敵な笑みを浮かべると、各部位が悲鳴をあげる勢いで推進剤を放出し、ギリギリ空中での高度を保っていた。
一時撤退しようとしていた【バルチャー・スカイラー】は好機と判断したのか、〈HALⅡ〉へと翼を広げて接近し始める。
「あぁ……そうやって、姉さんは!!」
〈ロク〉は足場で短い助走をつけると、バルチャー目掛けて超人的な跳躍で迎撃を開始する。
丁度そのときだ。
僕へと個別のメッセージが届いたのは。
≪月谷唯花の傍にいるのは誰が適任だろうか。
よく考えてみてほしい。彼女は戸鐘路久よりも長い期間、独りぼっちで過ごしてきたんだ。
大方、リヴェンサーあたりが彼女を現実世界に戻す算段を整えているんだろ?
わかるよ。
お前は、あの銃を使う理由が自分本位のものだと思いがちだ。
けどそれは違う。
周りを見ろ。
お前は、〈ロク〉よりも必要とされる人間だ。
〈笹川宗次〉と腐れ縁じみた仲を築いたのは?
〈プシ猫〉と強力して〈学院会〉を倒そうとした日々は?
戸鐘波留がつくったスターダスト・オンラインを愛しているのは?
月谷唯花のために、〈ロク〉から奪う必要があるんだ。
戸鐘路久という身体を。
考えろ。
彼女が現実世界に帰ったら、また独りぼっちになる。≫
音声メッセージだった。
無機質な声で誰が喋っているのかかわからない。だが十中八九、送り主は古崎徹だろう。
しかしながら、頭の中で声はやがて自分のものとして再生されてしまっていた。
これは僕の本心なのかもしれなかった。
僕は――〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は、このメッセージの送り主にこそ、注意を向けなければいかなかったのに、音声メッセージの先ばかりが気になった。
啓示じみたもののように思えてしまったのだ。
《けれどお前なら、助けることができる。
ロクでは、無理だ。湯本紗矢に心酔している彼には。
……【オルフェウス】をとりだせ。
今なら、彼を撃つことができる。
入れ替わるんだ。
自分を操れ。》




