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伝えられなかったこと


「っと、こんな悠長に話してる場合じゃねえんだ!

 〈学院会〉の奴らが今もクリーチャーに狙われてるんだ。

 【エルド・アーサー】が撤退してくれたのなら、頑張り次第で守り切ることができるかもしれない!」



「〈学院会〉の方々にもさきほど【オルフェウス・ハンディ】を撃ち込んでおきました。

 多分、今頃笹川さんと同じように意識が戻ってきてる頃だと思います」



「そうか、よかっ…………ヴィ、ヴィスカさんはそれでいいのか?」



 湧いてくる疑問を聞かずにはいられなかった。

 彼女を虐げつづけてきた〈学院会〉のプレイヤーを、彼女が助けなければいけない理由はない。

 助けられた後で今更言えることではないが、彼女は今からでも〈笹川宗次〉や他の〈学院会〉プレイヤーに対して嘲笑いながらクリーチャーの餌にすることもできるはずだ。



「”私”はそういうことはしません。 けど、街のほうにいる彼女はどうでしょうか……。

 少なくとも、私はスターダスト・オンラインでマナー違反を見過ごしたくないんです。

 一方的ないじめとか、自由な冒険を妨げたりとか、現実そちらに人が傷つくのは論外です。

 ……凄く我儘な言い方をさせてもらえるなら」



 彼女は初期型のリザルターアーマーの使用感を試しながら、改まって笹川に振り向く。



「またこの世界に来てもらえると嬉しいです。

 ――これは私の世界。 古崎徹さんのものでも、兄さんのものでもない。」



 あまりにも大それた言い分に聞こえた。

 クレーター底には何もなかったが、上空を見上げれば数多の星々が輝いている。

 そんな世界を丸ごと自分のものだと〈ヴィスカ〉は宣言している。


 付き合いこそ短いものだが、笹川ですら彼女がそんな仰々しいことを言う人物だとは思ってなかった。

 いや、現にそういうことをいう女の子ではないのだろう。


 今もなんだか居心地悪そうにこちらを見ているあたり、苦悩の末に出した答えなのかもしれない。



「”兄さん”って、月谷生徒会長の……」



「はい……。兄さんとそこまで仲良くなかったんです。

 だから私、わりと自ら進んでこの世界に来ちゃった節もあるんですよね」



 あはは、と自虐的な笑い声で彼女は誤魔化す。


 一方で笹川の喉元は震えてしまった。



 戸鐘波留は彼女に『スターダスト・オンライン』を削除することを告げていないらしい。

 彼女を保護する方法は考えていると言っていたが、この世界自体は消すことは伝えていないということだ。

 


「そうか。 俺は、機会があればスターダスト・オンラインを遊ぶと思うよ。」



「ありがとうございます♪」



 笹川には伝えることができなかった。

 このゲームが存在していれば、また〈学院会〉や古崎徹のような過ちが生まれる可能性がある。

 その天秤の逆にあるのは、『スターダスト・オンライン』を面白い・まだプレイしたいと願う純粋な好奇心。


 しかしそれはエゴだ。笹川宗次はキョロ充だった。

 周りのことを気にかけすぎて不器用が露呈する性分である。

 けれど裏を返せば、それが自分の長所にもなりうることも理解している。

 ……笹川とてスターダスト・オンラインの面白さには気づいている。


 けど、釣り合わない。

 天秤はこのゲームを消すことのほうが重要だと主張していた。



「……これからどうする? 俺は〈学院会〉のプレイヤー保護を優先するけど、ヴィスカさんは?」



「私は……町に戻ります。」



「出来るのか?」



「はい。 バトルロワイアルモードは、”プレイヤーをバトルフィールド――つまりキャリバータウンから出られないようにする”という制限の下につくられてます。」



「あぁなるほどな。 プレイヤーと認識されないなら街へ入ることも可能ってことか」



「街が安全かどうか、保障することはできませんが。

 笹川さんたちも可能なので、もしものことがあれば同じようにやってみてください。」



 告げるや否や、ヴィスカはキャリバータウンへ向かおうとした。

 笹川の所持品から借り受けたという初期型アーマーは、彼女の装備品では心もとないように思えた。 



「待って。 ちょっとだけ時間をくれ」



 スターダスト・オンライン削除のことが伝えられなかった罪滅ぼし――とは言えないが、彼女には自分の意見を全うする権利が絶対にある。

 笹川は彼女をとどまらせて、自分だけですぐさまバリケードへと帰った。


 状況を飲み込めていない〈学院会〉のプレイヤーは付近を跋扈ばっこしているのに襲ってこないクリーチャーへ困惑しているようだった。

 その最中、笹川宗次の姿をみつけて皆が安堵の表情を浮かべる。

 当然、笹川から「もう大丈夫だ」とか「心配いらない」とか、力強い言葉を期待したのだろうが、彼の一声はこうだ。



「兵装よこせ! 隠し持ってるカスタムパーツ類も! 最低限の兵装だけ残してあとは全てこっちに渡せ!

 自分たちには扱いきれねえってわかっただろ? さぁ!さぁさぁ!

 どうせ自分だけ助かろうと〈学院会〉に献上するアイテム類溜め込んでるヤツがいるんだろ!?」



 怒声にも似た笹川の言葉に一同は困惑する他なかった。


 ………………。

 ……………。

 ………。



 クレーター底で待たせていたヴィスカに、笹川は現状提供できるアイテム類の全てを彼女に渡す。

 もし彼女が真実を知れば、敵になるかもしれない。

 しかし、笹川にも譲れない一線というものがあった。



「悪い。 結局、ロクなものがなかった。

 俺のおさがりになっちゃうが、【Ver.エインヘリヤル】を持ってってくれ。」



 遠慮するヴィスカの手元へ、デフォルト表示されたアイテムボックスを無理やり押し付ける。

 


「それと、これも。 

【座標演算……うんたら完成形ビームソード・クリスフォス】、路久(あいつ)が本来持つべきだった兵装だが……いや、うん。 あいつのことも任せる。

 【Ver.エインヘリヤル】なら少しの時間使用できるから、いざって時につかってくれ。」



「……戸鐘路久。」



 彼女は一瞬視線を俯かせた。

 けれどすぐに笹川へ一礼すると、キャリバータウンへと駆け出した。


 

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