成り代わる動機。
「瀬川からの話じゃ、古崎徹の所有する戦力は【ジェネシス・アーサー】だけじゃない。」
彼女に会ったこと、そして彼女がNPCを庇う判断をくだしたことで別行動をとったことを伝えると、一同は複雑な表情を浮かべた。
無事だったのは嬉しいが、行方がわからないことが不満らしい。
特に通信口の〈プシ猫〉こと釧路七重は安堵と不安が混ざった複雑な風量の溜息をついたようだった。
一方で〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は一度改まって「――リス・ミストレイは無事なんだな?」と聞き返してくる。
こちらはNPCにそこまで関心がなかったが、頷くと「ありがとう」と返してきた。
こいつも僕のダミーになる前までモブNPCとしてこの世界にいた。
けれど、感情の起伏を惜しげもなく見せてくるせいで、僕は度々それを忘れてしまう。
『――接敵の際には、ちんしゃぶさんの合図で砲撃を開始します。
使う兵装は【迫撃支援型71mmキャノン】、全て射程を重視した擲弾砲に切り替えてるです。
中央区の中心地点、【キャリバーNX09】が横たわる箇所は、キャリバータウンで最も高所にありますので、徹甲弾等の運動エネルギーを用いた弾頭で、直接狙い撃つことは不可能です。
アーティラリー隊が兵装の適正距離で最大火力を発揮するには、曲射弾道で爆発物を叩きこむのがもっとも効率的と言えるです。』
通信口から〈プシ猫〉の独特な口調が淡々と状況を述べていく。
たしか、〈学院会〉から会話を盗み聞きされた場合に正体がバレないよう、彼女は〈プシ猫〉というキャラクターを演じているのだ。
『ちなみに、〈リヴェンサー〉には砲兵たちのカスタマイズを私の命令通りに作り直すよう言ってあるです。
――ちんしゃぶさんが涎を垂らすほどの、タレット隊に仕上がってますね。』
『ま、マジか!?』
〈イチモツしゃぶしゃぶ〉がパァっと明るい表情を浮かべる。
見た目と相まって、プレゼントをもらったガキのように見える。
『……。 砲撃隊の護衛には〈リヴェンサー〉がついてますから、彼ら自身が動く必要はまったくないです。
ので、全砲兵は手足にカスタムパーツの【フットスパイク】と【汎用アタッチメント・バイポッド】をつけて、足元を無理やり固定させてあるです。
おかげで本来撃った後に仰け反る硬直時間がある【迫撃支援型71mmキャノン】もバカスカ撃てる状態にあるです。
いっそ、初撃から砲兵隊が仕留めにいくのもありかもしれません。
――でも、ちんしゃぶさんに判断は任せるです。』
『オッケー。じゃあ前に〈学院会〉を襲ったときみたいに、僕が指鉄砲したあとにやってくれ。』
『それ好きですね。 笹川宗次といい、男ってそういう演技ががったのが好きなんですか?』
『ま、まぁ。あいつと一緒か……。
それと、固定砲台化するならいっそ――』
会話は学院会に抵抗してきた二人の日常的な内容だ。
記憶だけで僕はそれを知っていたが、僕はあんな表情で『スターダスト・オンライン』の内容について語り合うことはできそうにない。
別にそうしたいとも思わないが、不意に抱いてしまうのは妙なわだかまりだ。
「またパイセン、例のアレっすか? ……ぼっちで寂しい?」
「発作みたいに言わんでくれよ。
ただ、これからラスボス襲撃ってときにあいつらが楽しそうにしてるのがムカつく。
……負けた気分になる。」
たはは、と紗矢は呆れたような掠れた笑い声をあげた。
本当に呆れているのかもしれなかったが、彼女はこちらの気持ちを察してしまったらしく、意地悪そうな微笑みを浮かべた。
「じゃあいっちょ、接吻します?」
「はいィ!?」
思わず声が裏返る。
どうしてそういうことになるのか、聞き返そうとしたが先んじて彼女が答えを返してくる。
「だってここであたしらが接吻すれば、この場で一番の幸せ者はパイセンじゃないっスかね?
一応、学院内じゃ数十回ほど告白された経験ありますし。
ってことはあたしの外見はさほど悪かないでしょう?
そんな後輩と接吻したらあなた、出撃前の英雄として、玉砕するのも悔いはないレベルの後押しになりゃあしませんか?」
玉砕する後押しって最早死神のソレじゃない?
「さぁ、どうでぃ?」と男前な口調を沿えて、サムズアップした親指で自分の唇をアピールする紗矢。
「……一つ聞くんだけどさ、お前もしかして”キス”って言葉に抵抗ある?」
ヤケに接吻という言葉ばかり使うのが不自然すぎる。
「――――……!」
目線逸らしたな。
しかも頬があからさまに引きつってるし、無理してるのがバレバレだ。
下ネタ平気なのに変なところで純粋になるな、この後輩。
「うん、接吻はまた今度。このくだりだけで僕が一番幸せものだってわかった。
……それに、ここでしたら死亡フラグっぽくない?」
「ん、そうっスか?
逆に”今度しよう”ってのも『おれ、この戦争が終わったら――』云々に通ずる死亡フラグっぽく感じるんスけど。」
「どうしろって言う――?」
紗矢にツッコミを入れようとした時だった。
またしても既視感のある視線を感じた。
所持していた兵装に思わず指がかかりそうになるも、警告音は鳴らないし、ミニマップに敵影も現れていない。
『……ヴィスカがどれだけお前に』
その囁きは〈イチモツしゃぶしゃぶ〉のものだった。
睨む双眸はまたしても化物の瞳孔になっていたように見えた。
やはり、あいつは僕にとっての敵なのだと漠然と理解できてしまった。




