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空虚な目覚め


               ☆



 《ログイン情報へアクセスしています。

 プレイヤー名〈北見灯子〉のパーソナルデータを照合中。

 データが一致しません。……エラーコード10034。 

 再認証中。

 プレイヤー名〈古崎徹〉のパーソナルデータを照合中。

 プレイヤーはログイン中です。……エラーコード10044。

 再度ゲームを開始することができません。

 ログアウト後、お問い合わせフォームからご連絡ください。

 強制ログアウトを実行中。

 そのままでお待ちください。

 ……またのご利用をお待ちしております。》



 神経系情報は、人を動かす微細な電気信号の集合だ。

 ――肉体は器にすぎない。

 そんな言葉を使うとどこかのスピリチュアルな教えじみて聞こえるが、まさにその通りだったりする。

 難しいことは”もう”わからない。それ以上の思考を〈北見灯子〉の頭が拒否している。


 だけど、そんなのはどうだっていい。


 あたしが神経系情報というものを比喩させてもらえるなら、それは「人の鼓動」のようだと思う。

 ヒト一人が固有しているリズムが、一人のパーソナルな輪郭を模っている。

 あたしが〈古崎徹〉という男子生徒を好きになったのもまた、神経系情報が織りなす鼓動のリズムによるものだろう。


 頭で考えなくても、あたしの神経系情報は自然と”徹”の鼓動を求める。

 つまりこれは、神経系情報が運命の出会いを果たしているという意味に他ならない。



「(多分、いえ、きっと。

 もっともっとちゃんとした答えがあったんだろうなぁ。

 でも、徹が私の中から消えたら、思考にモヤがかかっちゃった。

 ……けど。

 神経系情報が互いに求めあうってとっても素敵だと思う。)」



 【オルフェウス】を使って互いの神経系情報を熔け合わせた瞬間、あたしと徹の鼓動は綺麗な二重奏となった。


 わかってくれるだろうか。

 神経系情報は一つだけでは奏でることができない。

 一つだけだと反響しない。共鳴だってしない。

 独りぼっちで鼓動が鳴り響くだけ。


 けれど、徹と一緒だった時は何をするにも、彼からの反応があった。

 わかってくれるだろうか。承認欲求が随時満たされる幸福感というものを。

 とりわけ、愛する者に自分の行動が理解される幸せを。



「(でも、また、独りだ。)」




 〈古崎徹〉の残滓すら消え失せた正真正銘〈北見灯子〉の身体で目を覚ます。

 あたしは現実世界に戻ってきてしまった。


 瞳に溜まった涙が、ふいの瞬きで頬を伝う。


 潤んだ視界を見渡すとそこには妙に黒っぽい装束を身に纏った男女数人がいた。


 状況はまるで読めなかった。

 けれどここがどこなのかは、記憶の底を漁って何とか知ることができた。



「(徹のお祖父さんが寝てる部屋だ……。)」



 視線だけを巡らすと、アンティーク調の装飾で満たされた部屋に、一際異彩を放つ介護用ベッドが目に入った。

 あたしは壁の立てかけられた状態で眠っていたようだ。

 身体の節々に力が入らないし、感情の機微が状況に追い付いていない。

 だから、黒装束で目出し帽を被った一人が、手に銃を持っていても驚かなかった。

 『スターダスト・オンライン』で散々見てきたものだったからだ。



「……?」



 偶然、というより向こうが気にかけていてくれたのかもしれない。

 あたしの丁度正面に座らされている中年のおばさんと目があう。

 唇を妙に尖らせて「しー、しー」と口元だけであたしに黙るよう伝えてきた。


 おばさんは辺りを見渡すとすぐに、一度あたしに視線を向けたあと、わずかに首をかしげて瞳をとじた。

 どうやら寝たフリをしろということらしい。



「徹を、返してくれ。

 復讐したいというなら、この身体を切り裂くなりすればいい。

 だが徹だけは、あの子だけは古崎牙一郎の生きた世界を経験させたくない。

 頼む。 ゲームから救ってくれ。あの子は、無関係だ。

 あの子にもしものことがあれば……」



 ベッドで横たわった徹のお祖父さん――牙一郎が消え入りそうな声量で誰かに向かって話しかけた。

 応じたのは大学生ほどの若い女性だった。

 彼女の手にも黒光りする拳銃が握られている。



「何度言えばわかる?

 我々の大切な人たちも古崎グループとは無関係の暮らしをしていた。

 巻き込み、そして追い詰めたのはお前らだ。

 もしものこと?

 それは結構。お前が古崎徹の傷つく様を見て死ぬというなら、我々にとってこれほど嬉しいことはない」



「畜生どもめ。」



 牙一郎の代わりに、あたしの斜め向かいにいる徹の父親――圭吾が舌打ちをする。 

 さきほどの女性は、圭吾へと振り返ると拳銃の口をその額へとあてた。


 その光景におばさんが「ヒッ」と声をあげた。



「ぁ……ぁあ。 どうして徹なんだ。 徹は古崎とは無関係なんだ……。

 そうでなくては、贖罪にならないではないか……」



「――義父さん!!」



 銃口が怖くないのか、圭吾は牙一郎の名前を呼んだ。

 この場で一番の焦りを表情に浮かべた圭吾は、立ち上がろうとする。


 

 あたしは牙一郎さんが何を言いたかったのか、すぐにわかった。

 消えかかっている徹との繋がり――彼の記憶の隅でみかけた真実は……。




「――徹は、牙一郎さんの孫でも、圭吾さんの息子でもないからです。

 古崎徹は……養子です。」




 誰もが冷や水を浴びたような顔でこちらへと振り向く。

 彼の父親である圭吾の驚愕に満ちた眼差し。

 彼の祖父である牙一郎のひしゃげた皺だらけのまぶた。


 それらの視線は全て、この場で徹の一番の理解者はあたしだということを示していた。

 同時に、彼の命が脅かされているなら、あたしが助けないといけないという義務感も生まれてくる。



 覚束ない足取りで立ち上がると、拳銃を持った女性が慌てた様子で他の仲間にアイコンタクトで指示を出す。

 すぐさま、こちらへと目出し帽を被った男が長銃を持って迫ってくる。


 急激に立ち上がったせいで眩暈がし、英国風の物置棚へと身体がぶつかった。

 高価な時計や小物、いくつかの冊子が落ち込んでけたたましい音を響かせた。


 古い古書の甘い臭いが漂って、思わず吐きそうになる。

 けれど逆に五感が刺激されて徐々に感覚が澄んでいくのを感じた。


 男がこちらの片腕をとって拘束しようと何か紐状のものを取り出す。

 銃器は手から離れ、ストラップに支えられながらぶらりと男の腹部付近で揺れた。

 

 その瞬間を逃さず、あたしは棚から掴み上げた手ごろな重量のある何かを振りぬいていた。



「あ……ぎゃっ!!」



 鈍器から伝わる生々しい感触は『スターダスト・オンライン』のそれとは大きく異なった。

 柔らかいようで、中は硬い。

 あまりにも面妖で微細な感触だった。

 でも罪悪感は微塵も感じない。


 男は目出し帽の上からでもわかるほど出血している。

 一度呻いた後、彼はその場に倒れ込み、銃器は軽そうな音を立ててシックな絨毯へと落ち込んだ。



 あたしは持っていたトロフィーの台座部分で男の前頭部を殴ったようだ。 


 








 

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[良い点] 第7章 Please call my name. 空虚な目覚め  ………………メ ン へ ラ コ ワ イ ((((;゜Д゜))))  そして、あらら〜…………古崎の闇は更に深い?wkt…
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