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クレーター底の銃声


 【エルド・アーサー】の一挙手一投足に月面露出地区が揺れ動く。

 血管が浮き彫りになった白目が現れ、人間のような三白眼となって〈笹川宗次〉に双眸が突き刺さる。


 まだ動けることは動ける。

 しかし【ビームソード・クリスフォス】の過度な使用が推進器系統には制限をかけた。

 元々、この兵装は【Ver.シグルド】専用のものだ。

 【Ver.エインヘリヤル】は所持者としての例外で、一時的に使えたにすぎなかった。

 けれどそれすらも時間切れになったらしい。


 白筒はもはや光を発することはないようだった。


 笹川の攻撃から逃れたクリーチャーがバリケードに到達したようだが、集中砲火でなんとか水際で撃退できているようだ。

 しかしながら、彼らが前方に立ちふさがる巨躯に気づけば、きっと戦うことすら諦めてしまうだろう。



 せめて生き永らえる時間くらいは稼いでやるべきかもしれない。

 目下、失うものが何もないのは笹川だけだった。


 エルドアーサーが完全にこちらをターゲティングする前に、【Ver.エインヘリヤル】の脚力を使ってその巨躯の正面へと走る。

 不意を突かれた……なんて思ってはいないだろうが、エルド・アーサーはまだ戦闘態勢には入っていない。

 そのまま右脇を駆け抜けて、入れ違いになるよう、笹川が小規模クレーターの底へとジャンプする。



「おら!こっちこい!」



 丁度クレーターの窪みに垂れていたエルド・アーサーの尾を蹴り上げる。

 ダメージを期待してはいないが、こちらの敵意を示せればクリーチャーは優先的にターゲティングを行ってくれる。


 笹川は陽動を務めようとした。

 だがしかし、一体何人の〈学院会〉プレイヤーがそれに気づくことができただろうか。

 彼らには、前線でクリーチャーを倒してくれていたはずの〈笹川宗次〉が、バリケードでつくられた拠点に背を向けて戦線を離脱したように見えたかもしれない。


 【エルド・アーサー】という雑魚クリーチャーの10倍はあろう巨体が、かろうじてクレーターの窪みに隠れたことで、彼らは戦意喪失せずに済んでいる。


 おそらく、誰も気づいてはいない。

 ……キャリバー・タウンのバトルロワイアルに敗退した少女一人を除いては。



「あ……あれは。」



 大地に開いた窪みの底、滑り落ちながら見つけたソレを抱きかかえる。

 一見すれば瓦礫やそこらの鉄屑と見間違えてしまうかもしれないほど、その身体のダメージは大きかった。

 彼女が装着しているリザルターアーマーのみならず、中身である操縦者にまで損傷があるとわかるほどの損壊度だ。

 四肢が捥がれ、フェイスガードは砕かれてその表情が露わになっている。

 その弾痕から、彼女が脳天を撃たれてやられたとわかる。


 否、今はダメージのことなんてどうでもいい。



「ヴィスカ! 

 えっと、ヴィスカさん!? なんてこった、こんな状態で今まで気づかなかったなんて!」



「えぇ。すみません。

 聞こえてはいるのですが、ヘッドアーマーのスピーカーや外界センサーも壊れてて……大きな声が出なかったものですから。」



「そんなボロボロな身体で微笑んでこられても困る。

 くそっ、よりにもよってこんな時に一番助けておきたいアンタを見つけるなんて!

 畜生!」



 波留さんから聞かされたヴィスカの事情は、笹川には半分も理解できなかった。

 しかし、彼女が理不尽を負わされていることは雰囲気だけでも十二分に伝わる。

 もちろん、自分自身が彼女を傷つける側にいたことも。


 今度は諦観よりも悔恨の念が心を満たしていく。

 

 凛々しさや艶っぽさなど微塵も感じない威風堂々とした挙動で【エルド・アーサー】はキャットウォークしながらクレーターを降る。


 完全にロックオンされたどころか、笹川は自身だけでなく、討ち捨てられて敵にスルーされていた〈ヴィスカ〉にまで、その攻撃対象にしてしまったかもしれない。

 クリーチャーは、視認範囲に複数のプレイヤーがいた場合、弱いほうを優先的に狙うよう思考パターンがある。

 その思考が上書きされるように、必死になって笹川も攻撃を開始する。



「……あぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!」



 自分がキャラロストすることに恐怖は微塵もない。

 けれど何かを失う人を想像すると、プレッシャーで足が笑う。


 エネルギー使用の制限はまだかかったままだった。

 構えた【ビームピストル】が撃てないと気づくや否や、笹川はその兵装を力の限り投げ飛ばして【エルド・アーサー】にぶつけた。

 

 空しい鉄屑音を立てて、ビームピストルは地面に転がり、斜面を滑る。

 それでも少しでも自分にヘイトを向けるために、血眼になって持っていた兵装やアイテムを投げつける。


 散らばったそれらはエルド・アーサーに微量のダメージすら与えられない。

 そもそも攻撃方法が間違っているのだから当たり前だった。


 ――そんなの百も承知だ! でも動力がないなら何も撃てねぇって、なんだよポンコツ兵装!!


 メニュー画面から残った最後の兵装を取り出す。

 それを振りかぶって投げたら、あとは身一本で突貫する他なかった。



「――笹川さん! それ!」



 寸前のところで投擲を思い留まり、崩れた態勢のままで彼女に振り向く。

 持っていたのは、〈北見灯子〉から取り上げた兵装――【オルフェウス・ハンディ】だった。



「その兵装で私を撃ってください!」



 笹川は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 しかし一方では今にも踏み込もうとする【エルド・アーサー】の姿がある。

 躊躇ったところで互いにやられるのがオチだ。


 けど、……だからって……。


 笹川は、内心と挙動が一致しないまま【オルフェウス・ハンディ】を構えた。



「早く!」



 声を荒げるヴィスカに急かされ、彼は引き金をひいた。




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