オルフェウスの誘惑
「凄い! 凄い!凄い!」
妄執に囚われつつあった僕の後ろで歓声が上がる。
ホップステップしながらガッツポーズを決めた〈HALⅡ〉が、いつの間にか僕の背後に立っていた。
思わず所持していた【スティングライフル・オルフェウス】を後ろ手に隠す。
〈HALⅡ〉は僕の怪しい行動に気づかなかったようで、地面に転がっていた【ビゾンマキシマムレーザーガン】を手に取ると、まるで名刀でも鑑賞するかのような手つきで、キランと目元を輝かせている。
「流石、〈プシ猫〉の使った【キャノンサスアーマー】をオリジナルメイドしただけはあるよ。
中距離用の射撃兵装である【ビゾン】を、まさかレーザースピアに替えちゃうなんてね。
アーマーの操縦を【Result OS】なしでやっちゃう時点でハイレベルなのに、その上、武装の調整まで細かく弄ってオリジナル兵装をつくっちゃうなんて。」
『あ、ありがとう。
機能的にはもう射撃兵装じゃなくなってるけど、一応返すよ』
「もらうもらう~!
いやぁ長らくゲーム作ってると、こんな風に作る側が思いもしない方向から、新しいアイデアが出たりするんだよね。
イチモツくんはやっぱ、スターダスト・オンライン大好きクラブの一号さんだねっ。」
ビシッとサムズアップの親指をこちらに向けてくる〈HALⅡ〉は、戸鐘路久の記憶にある昔の戸鐘波留そのものだった。
それをまるで僕は自分のことのように思い返している。
『そりゃあ光栄だね。
控え目に言って、”姉さん”が作ったゲームならプレイ時間で人生の半分くらい費やしてもいいと思えるくらいだよ』
自分の言動に気づいて、口を覆いそうになってしまう。
「はっはっは、そうだろうともそうだろうとも!
…………――嬉しいこと言ってくれるね。 ”イチモツくん”♪」
けれど〈HALⅡ〉は別段気にしている様子はなかった。
ゲームのこととなると、全てのことが後回しになるのが彼女の欠点でも長所でもある。
安堵で胸を撫でおろすと、今度は彼女が僕の後方を指さした。
「そ・し・て、本題はこっち! さっきのサブアーム見せて!
何あれ!? あんな兵装、スタッフが作ってた噂だって聞いたこともないよ!
多分、クリーチャーのアビリティを複合してクリエイトしたものだろうけど、悔しいなぁ!
あたしのほうが先越されちゃったよ。
――あ、もしかしてその後ろ手に隠しているのが遠隔操作用のデバイスだったりするのかな?」
背後を覗き込もうとする彼女に、思わず身を引いて【オルフェウス】を見られないようにしてしまった。
それを見た〈HALⅡ〉は笑みを浮かべたまま首を傾げると、今度は自身のアーマーから推進剤を噴射させて、僕の後ろに回り込もうとする。
「勿体ぶるのはなしだよ!
あ、でも気持ちはわかるよ。専用機って響きはやっぱカッコいいもんね。
他人にアーマーの仕様がバレたら専用機じゃなくなっちゃう。」
『いや自分でもこのアーマーの使い方がわかってないから、サブアームの出し方がわからないだけなんだ』
「それならあたしの出番だよっ! 任せて、その【ベルンシュタイン】の隠し機能をバンバン暴いてみせるから――ねっ? ね?」
スラスターで加速しながら迫ってくる彼女を受け止めようと、アーマー同士がぶつかる。
その衝撃で隠し持っていた【オルフェウス】を手放してしまった。
――しまった。
しかし〈HALⅡ〉の第一声は感嘆によるものだった。
「なんだ。普通に出せるんじゃん。」
僕の背中には再びサブアームが頭上高くまで伸びていた。
その腕の後ろには、HALⅡから見えない位置に【スティングライフル・オルフェウス】が握られている。
『(ありがとう、グリム。 そのまま、HALⅡの相手していてくれるか?
僕はレンと話がある)』
グリムは何も言わなかったが、キャーキャー声援を送ってくるHALⅡの周りを廻り始めたので、おそらく頼みを聞いてくれたのだと思う。
僕はその隙をみて、茫然自失で佇む〈レン・ミストレイ〉へと歩み寄る。
「――?」
〈古崎徹〉の支配から逃れ、敵意を無くしたレンがキョトンとした顔でこちらを眺めている。
まだ状況がよくわかっていないようだ。
『平気か? 〈古崎徹〉っていうプレイヤーに操られてたんだ。』
レン・ミストレイにこれまでの経緯を話す。
彼は渋い面持ちで聞いていたが、その表情の意味を、彼は一度黙り込んだあと、ゆっくり話し始めた。
「そうだったんですね。
リスやリンドーさんと逃げたまではよかったんだけど、街中で不意打ちされて……。
それから記憶が曖昧です。
……けど、はっきりと、プレイヤーをキルしてしまったことは覚えています。
そのせいでレベルが上がって、また別のプレイヤーをキルして……その繰り返しです。
イチモツ様のおっしゃった――〈古崎徹〉というプレイヤーが、クリーチャーになってしまったプレイヤーたちを戦わせて、勝ったほうを更に別のプレイヤーと戦わせていました。
ボクやリスは古崎徹が使用する駒として生き残ることができましたが……リンドーさんは……。」
『リンドーが?』
「はい。 方法はわからなかったけど、リンドーさんはボクやリスと違って、最後まで支配に抵抗してました。
ノンプレイヤーキャラクターとして、絶対にプレイヤーを傷つけたくないって決めてたんだと思います。
でも……」
感情を押し込めた皺だらけの顔がやがて、緩んでわなわなと震えだす。
少しでも事細かに説明しようとするレンを止めて「ありがとう」とだけ告げる。
支配の影響か、それともリンドーを失ったショックか、ふらついたレンを近くの壁へ座らせ、休むように勧めた。
頷くと、レンはしばらくグッタリと頭を垂れる。
その姿が痛々しく思えた。
僕ってヤツは……リンドーやリスが大変だって時に、なんてバカなことを考えていたんだろう。
『(”グリム、そのまま【オルフェウス】をどこか遠くに投げてくれ。
あんな奴の言葉を真に受けて、僕はバカ野郎だ”)』
まだ未練がある思考を振り払って僕はグリムへと懇願する。
しかし、グリムはやはり何も応じてくれなかった。




