選択肢+
サブアームというと、昔のSFアニメでお手伝いロボットが脇あたりからニョキっと生やす腕を思い浮かべる。
しかし今、レン・ミストレイを猛撃しているのはそんな可愛らしいものではない。
鉄塊を重ねた姿はまるでドリルのようにとぐろを巻き、大蛇がごとく地に伏せた敵へと襲い掛かる。
あまりの光景に思わず目を奪われてしまったが、それを黙ってみているわけにはいかなかった。
敵対したことで表示された〈レン・ミストレイ〉というキャラクターのライフゲージが見る見るうちに減少している。
致命傷には至ってないが、ダメージの蓄積量が尋常じゃない。
このままじゃ彼がキャラロストしてしまう!
身を翻し、【ベルンシュタイン】に備わっている怪力をフルに用いて自身の背中から伸びたサブアームを掴み上げる。
各部位の推進器でレンに襲い掛かる鉄の大蛇を引きはがす。
『(おい! やめろ、グリム! お前があれを操ってるんだろ?
レンがキャラロストしてしまう! 彼は僕らを助けてくれたNPCなんだぞ!?)』
(”襲われる理由をつくったのはジェネシス・アーサーと戦うよう強いた彼ら自身だ。”)
『(違う。あれは〈フリューゲル・アンス〉が仕向けたことで、むしろリスやレンは僕らを庇ってくれた)』
(”関係はない! 今は敵としてこちらに牙を剥いているのだから排除すれば確実だ!”)
『(くそっ! 一体どうしちゃったんだよ!)』
片腕でサブアームを掴み上げながら、もう一方の腕にある【ビゾン】を突き刺す。
火花を散らすと同時に、サブアームの動きが若干鈍くなる。
しかしダメージ判定があるらしく、サブアームの使用者である僕自身のライフゲージが減少していく。
(”だから、関係がないと何度も言った! 主人はもう主人が元居た世界の住人じゃない。
ヴィスカも結局は主人を残して向こうにいく。
なら、主人は何のために戦う? 戦っても戦わなくても、主人は一人だ。”)
『それはそうだけど、今話すことじゃない。 敵である〈古崎徹〉が目の前にいる!
倒すべきだろ? それから考えればいい。』
『”戦うだけで自分自身を省みようとしない。
主人よ、それは現実逃避だ!
もう私には理解できそうにない!
ただ生存することが目的のグリム・キメラには、戸鐘路久に存在を奪われてよしとする主人の気持ちがわからない!”』
伸びた二つのサブアームは互いに巻き付き、巨大な一本となって僕の身体を持ち上げる。
そのまま叩きつけられ、倒れるレンと同じ格好で地面へとうつ伏せになった。
……なんて間が悪い。
僕は別に同情が欲しかったわけじゃない。ただ惨めっぽくなりたくないから自虐ネタっぽく話しただけだ。
多分、ヴィスカも僕に対してこんな気持ちを抱いていたのだろう。
僕が勝手に”彼女のためと思い込んで”〈学院会〉をゲームから追い出そうとしたとき、彼女は僕の身を案じていた。
その理由はわかりきったことだけど、加えてもう一つ、自分の現状を鑑みるのが億劫だったのもあると思う。
自虐というのは、他人に復唱されるとひたすら痛い。
お前にはまともな未来がないと同情されては、ひたすら惨めだ。
『可哀想な奴だ。そういうことなら、早くいってくれたらよかったのになァ。』
うつ伏せになった顔を上げると、そこにはこちらを見つめるレン・ミストレイがいた。
否、彼の中にいるのは〈古崎徹〉だ。
彼はニコリと爽やかな笑みを浮かべていた。
ダメージ演出で擦り傷や流血の痕が頬にこびりついていたが、その笑顔には〈学院会〉の生徒たちを欺き続けたカリスマ性が秘められているようにも思えた。
『敵だなんて言われたが、気持ちはわかる。
自分の存在理由なんて、学生なら皆一度は考えることだろうって大人たちは謂いがちだ。
けど、俺の場合はワケが違う。
古崎グループを継いで、今現在も進行中のプロジェクトを成功に導くことができるか、そのためには何をどうすればいいのか、自分がどうあるべきなのか、本気で分からなかった。
選択次第じゃ、古崎牙一郎を慕って募った部下を路頭に迷わせることだってあるかもしれない。その重責がある。
そしてもちろん、〈イチモツしゃぶしゃぶ〉、お前も違う。
お前が戸鐘路久の”ダミー”としてあの女につくられたことは知っているよ。』
古崎徹は小声で話しながら、視線だけを〈HALⅡ〉へと移す。
一方でグリムが操るサブアームは、動かずにいる僕らの様子を注意深く観察しているようだった。
『お前もまた、答えを出すことを強いられている。
でも答えを出しても、”道”がなきゃ意味ないもんな。
――こいつをやるよ』
突如、古崎徹は片手に持っていたビームコーティングナイフを地面へと突き刺した。
一瞬で砂煙が舞い上がり、視界がとれなくなる。
古崎徹が逃げ出そうとしている。そう思ったが、砂煙の層は薄く、彼が何かを転がす動きをしているのが影で見えた。
『……これは』
古崎徹は僕へ向けて一つの兵装を寄越してきた。
【スティングライフル・オルフェウス】という名称を見て背筋が凍り付くのを感じた。
同時に、あってはならない妄想すら抱いた。
『”その道”を選べることができる。
……――特別製だ。
その銃はなにも、俺だけの神経系情報を相手に上書きするだけじゃない。使用者だ。
使ったやつの神経系情報を、他者のキャラクターへ上書きする。
……どうやら、もう意図は気づいているようだ。
特殊素材を使うため、残弾は装填された一発のみ。
それとね。俺はこれを善意で行ったって信じてほしいんだ。
だからそれを今から証明する。
大事なんだろ、”彼”』
ふいにレン・ミストレイの身体が脱力したかと思うと、彼は驚きの声をあげる。
そして何度か付近を確認したあと、自分の身体を何度も確かめるように撫で上げる。
「あ、あれ。 イチモツ様? どうしてそんな恰好でいるんです?」
その声音はNPC〈レン・ミストレイ〉の臆病な少年のものに戻っていた。
レンから敵意を感じなくなったのか、サブアームは頭上に高度を保ったまま、ゆっくりと移動すると、再び僕の背中へと収納されていった。
〈古崎徹〉が〈レン・ミストレイ〉の支配を解いたのだ。
だというのに僕は、手に入れた何の変哲もないボウガンの射出機構がある長銃を眺めて思案に耽っていた。
戸鐘路久――〈ロク〉にこれを撃ち込めば、僕はまた戸鐘路久になれる……?
その悪魔じみた思考がなかなかぬぐえなかった。




