主人は腫瘍ではない。
ポインターを用いて空間に閃光を固定する【ビームソード】と違い、今手にある元【ビゾンマキシマムレーザーガン】は超高速かつ超低射程でレーザー弾を連射し、近接兵装っぽく見せているだけにすぎない。
しかし、使い勝手は思いのほか優れている。
トリガーは引いたままで銃身の先が〈レン・ミストレイ〉を斬りつけるよう、間合いをとる。たとえ、深く斬りつけたとしても、柄になっているバレルが単なる殴打となってヒットするだけなので、こちらとて遠慮せず攻撃をしかけられる。
あとはリザルターアーマーの弱点でもある腹部の動力機関を貫けば、〈古崎徹〉に支配されたレンを無力化することができるわけだが……。
なんというか、【ベルンシュタイン】に程ほどな威力の兵装を用意してくれていれば、ここまで回りくどいことをせずに済んだのではないかと思わなくもない。
(”……!?
どうして私に矛先が向く? 逐一、キャラロストの心配が付きまとう主人の障害を払おうと用意した【ベルンシュタイン】だぞ?”)
心の中での小言に、グリムは耳聡く反応してくる。
(”これでも譲歩した上でベルンシュタインに改造を施した。
主人が死地に赴くというから制圧力と火力を伸ばすようチューンアップしたが、本来、私のプランではこんな無駄な兵装はなくてよかった。
機動力・俊敏性に限られたリソースを費やすことで、本当ならもっと生存率を高めることだってできた。
主人の目的に付き合わされてるのは私のほうなのに、今度は、威力を抑えた兵装をつくれと言ってくるのはなぜか”)
声の発生源が僕の腹の底付近なので、グリムの声は体内で不可思議に反響する。
彼が矢継ぎ早にしゃべり続けるだけで腹部に違和感が生まれた。
そのせいでレンへと振り切ったレーザーの矢じりがブレ、盛大に空を切る。
『(きゅ、急にどうした?)』
相手に対峙しながらも、小声でグリムに呼び掛ける。
計1日半ほどの仲ではあるが、彼がここまで声を荒げるのは初めてだ。
(”急じゃないっ。
主人の話は聞かせてもらった。
やはりヴィスカという女は必要ないと言いたい!
キャラロストすれば主人とてどうなるか分からない。
そんな危険を冒しているのに、ヴィスカは別の男を想ってばかりいる。
腑に落ちない。 意味がない。 リターンがない。主人は『腫瘍』なんかではない。”)
『(聞いてたのか。)』
一度溜息をつく。
グリムは逐一、ヴィスカを悪く言ってくる。
できればさっきHALⅡたちに打ち明けた話も聞いてほしくはなかった。
どうせ”行く意味がない”と一蹴されるに決まっていると思っていたからだ。
けれど、今は少々気色が違う雰囲気があった。
……しゅ、腫瘍か。
自虐的に話してしまったことは後悔しているけど、流石にヴィスカにとっての僕が”腫瘍”であると比喩はしてなかったはず。
でもその表現は言い得て妙だから、ショック半分関心半分といったところだ。
腫瘍。つついてもダメだし、いずれは取り除かなくてはならないもの。腫れもの。
『(でもある意味、ヴィスカとグリムの目的は一致してるじゃないか。
僕を死なせないってところで。)
――あだっ!!』
背後を万力で殴打された。
レン・ミストレイを操る〈古崎徹〉の仕業かと彼の姿を確認するが、ヤツは僕の正面にいる。
ヤツの訝った視線がこちらを捉えてこそいるが、得意げな笑みは浮かべていない。
今度は背後で庇っている〈HALⅡ〉へ振り向く。
彼女は信じられないものでも見たかのように、口をぽかんと開いたままにしている。
しかし徐々に頬が吊り上がっているようにも見えた。
『”一緒にするなッッッッッッ!!”』
グリムは力一杯に叫んだらしく、僕の腹底から口元へ伝って彼の怒声が外界へと響き渡った。
いやでも共通してるじゃないか、そう言い返そうとしたところでまたしても殴打される。
しかも今度はふんばりが効かず、うつ伏せになって地面へ叩きつけられた。
一体何に殴られているのか、こちらにはサッパリ見当もつかない。
振り向けば背後には何もない。
レン・ミストレイはそんな僕の一人芸をただ黙って眺めることはしなかった。
うつ伏せになって彼の姿すら視界から消えてしまった僕へと、ジェットの音が近づいてくる。
仰向けに反転すると、頭上にはビームコーティングナイフの先端が迫ってきていた。
――マズいっ!
魔改造を施した【ビゾン】の銃身で攻撃を受け止める。
しかし、閃光の刃は見る見るうちにバレル部分を熔解させていく。
止む無く、装甲で受け止めることを覚悟したところで、グリムの一声がまたもや腹底から響いた。
『”邪魔っっっ”』
グリムの声に呼応して、生き物の腕のようなものがレン・ミストレイを飲み込んでいく。
レンの身体がくの字に折れ曲がり、彼のアーマーが甲高い音を立てて彼方へと遠ざかっていく。
半回転して頭部を地面に強く打ち付けてバウンドしたと思うと、今度は別の”腕”が追い打ちをかけるようにして跳ねたレンの身体を叩きつけた。
今度は見逃すわけもなかった。
恐る恐る自分の背中を見ると、鉄塊を幾重にも重ねたような二つの腕が肩甲骨付近から生えていた。
『お……おぉ。』
……怪物になったり、美少女になったりと変容をし続ける自分の身体だが、今回は素直にちょっとカッコイイと思ってしまった。
「さ、サブアームだぁああああ!!」
後方からは〈HALⅡ〉が歓声をあげているのが聞こえた。




