乱入者
スラリと伸びた長身は天上に煌めく星々に届きそうなほどだった。
空の光が遮られて、僕の周りに若干の影が差す。
〈古崎徹〉がクリーチャー化した〈学院会〉のプレイヤーを操っている。
奴を庇うようにして現れたその巨体女は、相手に命中するはずだった僕の足蹴りを泡のような液体の塊で包み上げている。
仕切り直そうと、身を引いて胴部および腕部バーニアを用い、推進力によるバックステップを行う。
しかし、脚から離したと思った泡は剥がれずに脛部へ引っ付いており、着地動作とともに今度は地面へと接着する。
ブースト加速で力づくでも剥がそうとするが、伸縮する泡ぶくがかえって砂やそこらの鉄屑を巻き込んで重量を増していく。
「取れない……。クリーチャー専用のアビリティか?」
泡がアーマーから剥がれるよりも前に、地面のほうが一部隆起して持ち上がり、まるで囚人が付けている鉄球のようなフォルムを模して巨体女を避けて〈古崎徹〉へと【ヴィジランテ】による射撃を行おうとした。
けれどこちらの射撃動作を見るや否や、巨体女は首元のエラのような箇所から無数の泡を吹き出す。
放った5発分の弾丸は、射線に割って入った彼女とリス・ミストレイを捉えたはずだった。
が、泡にいくつか命中し、鈍い音を立てて二人には一発も命中しなかった。
しかも、漂う泡の数々は一つたりとも割れず、少し揺れ動いただけで浮遊しつづけている。
――こちとら対装甲用の大口径弾を撃ったんだぞ……?
たかが泡ぶくに威力を殺された弾丸が、乾いた金属音を鳴らして地面のコンクリートに落ちこむ。
『スターダスト・オンライン』に存在するクリーチャーの種類なんて把握しきれてはいない。
けれど、少なからず上級クリーチャーに通用した足蹴や射撃。
それにすら耐えうるあの泡は、一体全体何なんだ?
否、そんなことは些事だ。 それよりも、あの防御力を誇るクリーチャーが古崎徹の味方であることが問題……ん?
巨体女は、こちらが攻撃してこないとみるや否や、僕から背を向けて〈古崎徹〉のほうへ向き直った。
けれど若干、方向がずれているのを見る限り、紗矢の言っていた”目が見えない”という情報は確かなようだった。
そして意外なことに、〈古崎徹〉は嘲笑で口元を歪ませてはいなかった。
彼はプレイヤーを支配してしまう長銃【スティングライフル・オルフェウス】を構えている。
操られていない……!!
「――!! 避けろ! その銃に撃たれちゃだめだ!」
状況から、巨体女が味方だと判断することはできない。
けれども、アレに撃たれてしまえば、キャラクターが乗っ取られてしまう。
そうなれば、彼女が〈学院会〉のプレイヤーならV.B.W.の消失――つまり、天才としての日常を失うことになる。
たとえ僕の味方でなくとも、それは避けたいはずだ。
しかし、心配は杞憂だった。
無数に浮遊していた泡の数々は、一度に地面へと落下する。
その8割方はリス・ミストレイの身体に命中はしなかったが、残りは彼女の背部スラスターや足元、左腕などに落ちて張り付いた。
〈古崎徹〉もまた、それを避けようとしたが、【オルフェウス】で撃つことを優先したらしく、反応が遅れた。
加えて、半端な回避行動によってアーマーの各部位に泡が張り付き、僕よりも酷い有様で地面へと倒れこむ。
けれど彼女を狙っている【オルフェウス】を持つ腕はまだ自由だった。
『撃たれちゃダメって?
この子が持ってる銃ってもしかして、古崎徹が波留さんに撃った”なんちゃら”って銃?』
唐突に見知った声が聞こえてくる。
気が強そうな印象を受ける声音は、瀬川遊丹のものだ。
「瀬川!? お前、さっきまで【ジェル・ラット】だったろ?」
『色々あったの! で、色々あってこの子を倒されたらオジサンっぽい怪物との約束破っちゃうことになるから、倒せない! あぁ、おじさんってのは、ここにくる途中で会って……って今はどうでもいいね。
その”なんちゃら”っていう銃を使わせたくないの。
けどアタシ、目みえない! あたし困る、あんたどうにかする。アンダースタン?』
おぉ、……パニクってらっしゃる。
【ヴィジランテ】を構えて、今度は照準器を使ってしっかりとエイミングを行い、リス・ミストレイの装甲へ掠めるように狙い撃つ。
戦車のような傾斜した面を持つリザルターアーマーは、ヴィジランテの弾を跳弾させ、甲高い衝突音を奏でた。
掠めた弾丸の衝撃で〈古崎徹〉の腕が下がる。
憎々し気にヤツはこちらを睨んでくる。
「音がした付近が【オルフェウス】を持つ腕部だ。
そこを中心に泡を落とせば当たるはず!」
『了……解っ!!』
彼女の一声とともに新たに排出された泡が一か所へと降り注がれる。
苦し紛れに放たれたオルフェウスの弾丸は泡にからめとられて地面へと落下し、【スティングライフル・オルフェウス】本体も操作不能になった。
「…………やった……」
〈古崎徹〉が操っていたリス・ミストレイは、完全に無力化された。
現状で考えうる最上の勝利といえた。




