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蜘蛛のアーマー


 《損傷甚大、行動不能》



 分かり切ったことを警告音声が告げている。しかしそれすらもスピーカーが壊れているせいでノイズまみれになって聞こえた。

 今生は生きているのが不思議なくらいのしぶとさを魅せる僕氏である。

 さっきの関節の動きといい、【Result OS】は案外プレイヤーをこういった異常な生存状態から解放する役割もあったのかもしれない。


 こう、なんというか、キャラロスト判定が甘い気がするのだ。

 確かにライフゲージはミリ単位で残ってはいるが……。



「フゥ……ははははっははは!!」



 僕が生きているのなら、トールもまた生きているのは当然の理だ。

 視界の隅で、自力で立ち上がる彼の姿がみえた。


 驚くことに、彼は五体満足で【エルドアーサー】から受けたダメージ以外、落下による損傷はほとんど見当たらなかった。

 溶けて金の原石じみた【セイクリッド・ロイヤル】が数少ないウォールライトに照らされて妖しく光っている。



「落下距離が高すぎて動力回復の時間が稼げたなんて、なんたる僥倖か。俺はやっぱり持っている。」



 一人で喚く彼よりも、僕が気になったのはこのフロアだ。

 少し遠くに見えるのは、このサイロ基地の主人たる巨大な弾道ミサイル。


 最下層と思しきこの場所は他の階よりも6階分ほど貫いて、ミサイルを設置する空間が確保されているらしかった。


 中心にそびえるミサイルの全周は……50メートルそこらだろうか。

 直径は見上げる首がもげそうなほどの高さだ。

 大陸間というより……もはや星をまたぐためのミサイルなのかもしれない。


 攻撃か、はたまた打ち上げ用なのか、専門的な知識がない僕にはわからない。


 そしてもう一つの懸念は、足元に転がるリザルターアーマーの脚部である。


 一瞬だけ「ついに足がもげたか」と思いかけたが、目の前に横たわる脚部パーツは僕のアーマーよりも装甲が厚く、無骨なデザインに仕上がっている。

 切断面を見ると、中身には腐りかけた肉片らしきものが見えた。

 ……プレイヤーなら一定時間すれば肉体は消え去る。

 

 なら、このリザルターアーマーの持主はNPCあるいは、そういった概念もない演出用のオブジェクトかもしれない。

 けど、これはヒントであることは間違いない。


 クリーチャーにやられたのか?

 それとも……。



「最高だ……!! こんなオンボロよりも強そうなのがあるじゃないか」



 トールの感嘆がしたほうを見ると、彼は散立したガラクタ山の一つを這いあがっていた。

 その天辺にはある種の威圧感を伴って起立しているリザルターアーマーが存在した。

 丸みを帯びた両肩に花弁のようなデザインの真っ赤な重装甲、頭部は様々な彩色を放つレンズが施された複眼、両脇の生えた副腕パーツ、バックパックにありったけのスラスターを積み込んだその姿はまるで、巨大なタランチュラを思わせる。


 トールはそのリザルターアーマーに触れようとしていた。

 ボロボロになった自分のアーマーを交換しようとしているようだ……。


 間違いなくあれはイベントの”トリガー”だ。

 

 彼を止めようと身をよじったが、生身の身体で超重量のリザルターアーマーは容易く動いてはくれない。

 あえなく僕はガラクタの丘から転げ落ちる。



「やめろ、不用意に近づいたらダメだ……ッ」



 転げ落ちた先に僕は一つのリザルターアーマーを見てしまった。

 さっきのと違い、肉片が残っているわけではない空っぽのリザルターアーマー一式が、そこに脱ぎ捨てられていた。



《【リザルターアーマーVer01】を入手しました》



 これ……拾えるのか?

 いや、そんなことよりもこのアーマーは僕と同じ型――つまり、さっきの少女が装着していたものである可能性が高い!

 じゃあ、肝心のあの子はどこに? そんなの、この流れならあそこしかない!



「トール! そのアーマーにはプレイヤーがいる! 離れろ――」



 起立状態のリザルターアーマーが突如、蒸気を発生させた。

 そしてその複眼が一挙に光を灯し、自身に触れようとしていたトールを捉えた。


 瞬間、遊色が合わさって班目に光っていた無数の眼が深紅に染まる。



「《プレイヤー名 ”   ”》……空白? 名無し? でもプレイヤー表示はでている。

 僕たち以外の参加者がいたなんて」



「いい加減にしろよ。 俺の許可なく、俺よりも先にボスと戦ったり、俺よりも目立つようなアーマーを着たり……これは俺の【スターダストオンライン】なんだよ!」



 憤慨したトールが【パルスショットガン】を取り出して構える。

 【セイクリッド・ロイヤル】に搭載されていた多様な兵装の一つであるあのウェポンは、ターゲットを一時的に無力化することができる。

 もっとも、僕に使ったときは無力化どころじゃなくてそのままキャラロストしたが……。


 【ビームコーティングソード】を僕が壊した以上、彼はやむなくあの近接兵装を取り出したようだった。


 僕の見立てだと、あの蜘蛛プレイヤーとトールとでは実力差がありすぎる。

 彼女は僕と同じように【Result OS】なしのアーマーを使いこなしていた。


 その上、凄ェやばそう(脳死小並感)と感じさせるほどの装甲に身を包んでいるのだから、尚のことトールに勝ち目はなさそうに思える。


 だが、意外にも先手をとったのはトールだった。


 赤い目をぎらつかせた蜘蛛がわずかに動き始めた瞬間、彼女は発生した磁場の影響で膝をついたのだ。


 【王の権威】か。でも範囲が狭い。彼女だけに効果があるよう、コントロールしてるのか。 

 

 ガラクタの金属が異常な引力の影響で崩れていく。

 その最中、トールは構わずに【パルスショットガン】を撃ってはポンプアクション、撃ってはポンプアクションを続ける。



「【パルスショットガン】はさ、セイクリッド・ロイヤルの専用兵装なんだ。

 はじめは気づかなかったけど、俺はコンボに気づいてしまったよ。

 このパルス信号は【王の権威】で展開する磁場と同質のもの。

 普通なら相手を痺れさせるだけの代物だが、磁場発生内であれば効果を増加させる意味があるんだってよぉ!」



 トールが引き金を引くたびに【王の権威】範囲内にいる蜘蛛プレイヤーが鉄屑を破壊しながら地面へと押し込まれていく。

 


「アァ、もう、壊しがいがある! 俺の【セイクリッド・ロイヤル】だってこんぐらい硬いが。」



 パルスショットガン自体に大したダメージはない。

 電磁波がアーマー内の制御・駆動系に故障をきたすかもしれないが、僕ならともかく、彼女のアーマーはそう易々と壊れたりしないだろう。


 やがてショットガンの弾が切れたトールは、それを投げ捨ててまた新たな兵装を出現させる。


 両手持ちのヘビィウェポン【アグレッサーズガトリング】、20mm以上の大口径弾を高レートで射出する中距離兵装だ。

 一度撃ち始めれば弾切れになるまで弾丸の雨はやむことなく続く。

 弱点である発射までの予備動作時間は、……たった今完了し、トールの奇声とともにガトリングも叫びはじめる。



「俺はァ、横顔を向けられる人間じゃねぇんだよぉぉぉ!!!」



 延々と続く銃声、それが鳴り終わったのフロア中に硝煙が立ち込めたときだった。

 フル回転を続けていたガトリングが発砲の熱で真っ赤になった銃身をとめる。


 狂喜じみた気持ちが抑えきれていないトールは、自分が成し遂げた成果をみようと、銃弾の雨を浴びせ続けた蜘蛛プレイヤーの亡骸を覗き込もうとした。



 そして、過呼吸じみた笑声を出すトールの表情が一気に凍り付いた。



 こちらからでは一体何が起こっているのかわからなかったが、トールが何かから逃げようと踵を返した瞬間、蜘蛛プレイヤーが埋もれていると思しきガラクタ山が弾け飛んだ。


 現れたのは一筋の光の柱。サイロの天井まで届きそうなほど勢いよく射出されたレーザー光はやがてどこかに到達したらしく、上部で轟音が鳴り響く。



「……」



 毅然とした振る舞いを乱せたわけでもなく、蜘蛛プレイヤーのアーマーには肩部の花弁じみた装甲に傷があるだけで彼女は五体満足だった。

 一方でトールの姿はどこにも見当たらない。


 さきほどの高出力レーザーに全身ごと巻き込まれた……?


 

 ――できれば、もう少しだけ時間が欲しかったけど。こうなったら仕方ない。



 トールが戦っている間、無我夢中でかき集めたガラクタのパーツ群から戦いに使えそうなものをピックアップする。

 ベースは彼女が使っていたリザルターアーマーだ。

 その装甲に詰められるだけパーツを詰め込み、メニュー画面から装着を選択する。


《このパーツの接続は不正です。 正しく機能しない場合があります》《このパーツの接続は不正です。正しく機能し》《このパーツの接続はふせ》


 とりあえず動けばなんとかなる!

 警告音声をひたすら無視して継ぎはぎのリザルターアーマーを完成させた。



 「【バニラアーマーカスタム】(自称)、出撃する!」



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