設定不能
『なっ!? っざけんな――』
〈古崎徹〉の第二声を銃声でかき消す。
一発目は左肩部へ、二発目は右足へと命中して身体が面白いくらいにひしゃげる。
『――ァアァアァアアアァアアァアア!!??』
サイトーはこちらの希望をしっかりと果たしてくれたようだ。
リス・ミストレイのアーマーに風穴が広がり、〈古崎徹〉は絶叫する。
その痛みを想像しようとして、足元が崩れる感覚に陥ってしまった。
姉さんの話では、僕が受けた苦痛の時間は、現在〈イチモツ〉の神経系情報へと残されているそうだ。
だからといって、イチモツが肩代わりしているわけでもないようだった。
聞くべきだったかもしれないが……無理だ。
今こそ協力関係にあるが、やはり”もう一人の自分”に対するどうしようもない嫌悪感をぬぐうことはできない。
……それでも、過去の僕が受けた延々と続く激痛はこんなものじゃなかったはずだ。
『あぁあぁ、アァ、あの女のほうは〈学院会〉のクズを盾にしたら攻撃渋ったってのに!!』
「そりゃあそうだ。」
間髪入れずにもう一発放つ。
スラスター噴射で古崎徹は躱すが、立ち上がろうとした瞬間に破損した脚部が沈んでまたしても倒れこんでしまう。
さっきはああ言ってくれてても、紗矢の内心は未だに僕を巻き込んだことを悔やんでいると思う。
そんな彼女が見ず知らずの人間をそう易々と痛めつけたりできるはずもない。
本当の彼女は多分、凄く優――。
「……優しいんなら、こんなこと……」
ふと何かに気づきそうになる。
古崎徹への復讐は僕の目的でもある、そう彼女に告白したときにもこの”嫌な予感”があった。
クローゼットに猫を閉じ込めていたこと、今更思いだしたかのような感覚だ。
一挙に後悔と焦燥が押し寄せてくる。
無意識にリス・ミストレイを捉えていた【ヴィジランテ】の銃口が下を向く。
古崎徹はその一瞬を逃さなかった。
敵の射線に入った際のアラート音が鳴り響く。
刹那、眼前をボウガンの矢じみた弾丸が風切り音を伴って通過していく。
『っクソ! 避けたか! こっちの言い分は聞かねえわ、オルフェウスも回避するわ。
祖父さんの用意したスターダスト・オンラインをわが物顔で闊歩するわ。
お前はどこまでもイラつかせるな。
そんなに好きなら、あのサイロ基地で一生寝てりゃあよかったんだ。』
荒い呼吸のままで古崎徹は立ち上がる。
脚部のダメージで足を引きずってはいるが、先ほどよりも激痛には苦しんではいないようにみえた。
サイトーに切り替わり、通信口から[木馬太一]の声が聞こえてきた。
『”やはり、〈古崎徹〉のみを対象にしたM.N.C.の個別設定が全てデフォルトに戻されてしまっている。
これでは相手に痛覚への攻撃を与えることができない。
ついにあの坊ちゃんは、M.N.C.へ干渉できるようにまでなったらしい。
マズい、非常にまずい。 このままでは、一方的な不利を押し付けられてしまう。
戸鐘路久。例の件を忘れていないだろうな?
早い話が、奴をこのゲームの中で拷問に合わせればいいんだ。
そうすれば、今現在アンチグループが包囲している古崎圭吾は、スターダスト・オンラインから息子を切り離すようこちらから懇願してくるはず。
けれど、古崎徹がこちらの設定変更を無効にしてしまえば、痛めつけるということ自体が不可能になる。
文字通り、ゲームの中で奴を痛めつけても、なんっっっっっの得もない!”』
「わかってる。
けど、そうは言われても僕側からできることは限られてるっ」
『”ああ、その通り。
だからこちらも策を練る。いいか、湯本紗矢を助けたいなら、そちらも思考停止は決してするな。
それと、これは私からの警告だ。
古崎徹はまだM.N.C.の操作に慣れていないようだが、もしあれが使いこなせるようになれば、”プレイヤーとキャラクターの同期を妨害することすら可能”になる。
もしそうなったら、手を付けられなくなる前に、真っ先に私を呼ぶんだ。
目下、M.N.C.に関する操作は私しか対応できる者がいない。”』
この短い時間で何かあったのか、木馬太一の話し方は威風堂々としている気がした。
彼との通信が切れると同時に、こちらも駆け出す。
本来の目的を果たすことができないのであれば、ひたすら古崎徹側の戦力を崩す必要がある。
一見すればひ弱な少女の見目をしている〈リス・ミストレイ〉であってもリザルターアーマーを装着している以上、そこらのクリーチャーよりも古崎徹にとって使い勝手にいい下僕になってしまう。
倒しておくに越したことはない。
イチモツに悪いとはサラサラも思わない。
所詮はノンプレイヤーキャラクターだ。
普通のプレイヤーよりもキルすることに躊躇いはなかった。
【Ver.シグルド】の最大推進力でもって、〈リス・ミストレイ〉へと肉薄する。
しかし〈古崎徹〉は一度視線を彼方に巡らせたあと、フェイスガードの下で口元をほころばせた。
『そうか。
あの〈ヴィスカ〉似のキャラクターが……。
〈リス・ミストレイ〉のほうは捨ててもいいか。』
まるでどこか別の風景でも見ているような眼差しの置き方をしている。
そこでその意味に気づいた。
「姉さんたちの方にも襲撃を仕掛けている?」
『さぁ? どうだろうな。
おっと、この場から離れることは許さない。
まがいなりにもアーマー装着者なんだ。
背を向ければ撃たせてもらう』
「ならお前をロストさせてからいけばいい!」
接近したと同時に、敵の足元を掬うための蹴りを行う。
単純な剛性であれば、当然ながら次世代アーマーである【Ver.シグルド】に分がある。
相手の態勢を崩したあとで【ヴィジランテ】による射撃を腹部か頭部へ撃てば、それだけで〈リス・ミストレイ〉はキャラロストする。
しかし、こちらの足蹴は不可解な挙動で停止した。
僕と〈リス・ミストレイ〉の間に、何か、見えない壁のようなものが挟まれたようだった。
弾力性のある姿が見えないそれは、水面が揺れるようにして徐々に空間を歪めて姿を現した。
そこに立っていたのは、紗矢が見た和式幽霊の不気味な特徴を有する”巨人”だった。




