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報復のその壱

 

『そっちは俺が仕留めたほうの戸鐘路久で正解か?』



 声音は女性のものだが、口調で〈古崎徹〉が操っているプレイヤーであることは容易に想像できる。

 加えて、たとえ姿が外套マントで隠れていても、急降下によってこちらを襲撃してくる身のこなしは、リザルターアーマーを装備しているプレイヤーでしかありえない。


 間髪入れずに【軽量型対空砲 ヴィジランテ】のトリガーを引く。

 本来は戦闘機にダメージを与えるはずの砲射が、ジグザクにこちらへと接近してくる襲撃者へと放たれる。


 舗装されてない地表が抉れて柱が立ち、鉄板の床が火花を散らせて真っ赤な弾痕を残す。

 豪快な銃声が緩慢な連射レートのリズムで発せられ辺りに木霊する。


 推進器を用いた的確なブースト移動で、襲撃者は右往左往に避ける。


 しかもただ回避行動しているわけではなく、動きの合間に投擲武器をこちらに投げつけてくる。



「――っう」



 内一つの投擲物がこちらの左肩部に刺さり、その瞬間、わずかに視界が狭まった。

 ダメージは軽微。

 しかし、【ジェネシス・アーサー】の咆哮と似た効果があるのか、閉塞する視界にノイズが走る。



『いいなぁ。 これがただの対戦ゲームならもっと楽しめただろうに。』



 襲撃者は急激に左右への回避距離を延長する。

 こちらの狭まった視界はヤツを捉えきれずに姿が見えなくなってしまった。


 投擲によるバッドステータス付与、その後、機動性能と推進力を最大限に活かして相手の死角に入る。

 〈古崎徹〉にしてはまともな戦術だ。


 

「接近戦ならこっちだって臨むところ――」



 【Result OS】のカスタムパーツを解除し、〈ショック・ゲイン〉機能の詳細な調節を行なう。

 といっても、敵から受けた衝撃は投擲によって受けた微量のダメージのみ。

 これから左右どちらかの死角から、奴は僕を攻撃してくるだろう。

 

 その攻撃からエネルギーを吸収してもいい。

 けどその前に、〈イチモツ〉との戦闘で得たとある方法を試しておきたかった。



「(あいつとの戦闘だと拳一つにまで、ショック・ゲインのバースト領域を狭めることができた。

 内部緩衝材に高負荷が掛かって故障したけど、あれはイチモツの馬鹿力を吸収したせいで最大出力以上のエネルギーを放出してしまったせいだ。

 でも今回は違う。

 もっと狭めて、指先に集中させる!)」



 引き金を引く微細な鉄の軋む音を左後方に感じ、振り返ることなくスラスター噴射によって緊急回避を行い、真後ろへと逃れる。

 前方を通過する銃弾の壁をやり過ごして、小首だけで相手を確認する。

 しかし、視界の端に見えたのは、古崎徹の操るプレイヤーではなかった。


 見知らぬ”モブNPC”が茫然と小銃を構えて、僕へと発砲していた。

 


「(――ということは!)」


 

 肩に刺さっていた投擲物を掴み、一気に引き抜く。

 相手の動きを読んで、射撃を受けた逆方向へと、指先の力”だけ”で意趣返しの投擲をを行なう。

 リザーブしたエネルギーの総量は少ないが、一過集中させたことで力は何倍にも膨れ上がる。


 投擲したナイフ状の物体は、真っすぐにこそ飛ばなかったが高速回転を繰り返して真っすぐな軌道を描きながら、右方向へと通過した。



『あがっ! なんだ? 【ジャミング・スパイク】が加速したのか?』



 どうやら命中したらしい。

 予め支配しておいたモブのNPCに逆方向から襲わせつつ、自身は一方の死角から本命の一撃を与える算段だったようだ。

 


 足を止めた襲撃者の姿を確認すると、それは少女の体躯をしていた。

 通常のプレイヤーより半分くらいの背丈しかない。

 装着できるアーマーがないのではないかと疑うほどだが、彼女は現に初期型をリメイクしたかのようなリザルターアーマーに身を包んでいる。


 しかしながら、僕の記憶が正しければプレイヤーはあのような小さい体躯でキャラメイクをすることは不可能である。

 若干一名、姉さんこと戸鐘波留が、似たような体型で〈HALⅡ〉をつくっていたが、おそらくアレも特殊なケースだ。

 あそこまで被弾面積が狭いと、プレイヤー間で不公平が生まれてしまう可能性だってあった。

 案の定、表示された名前には見覚えがあった。


 ……[リス・ミストレイ]。


 〈イチモツ〉の記憶で、彼女がキャリバータウンに住むNPCであることがわかった。

 同時に、イチモツが兄であるレン・ミストレイとともに特別の思い入れを抱いていたこともわかってしまった。


 元をたどれば〈イチモツ〉自身もNPCだ。

 無意識に同属として気にかけていたのかもしれない。



『は……いいのか? 今度はこいつがキャラロストするぞ?』



「…………?」



 被弾した腹部を抑えながら、リス・ミストレイが笑みをこぼす。

 一瞬その意味が理解できなかった。


 再度イチモツの記憶を参照して、古崎徹の勘違いに気づく。

 なるほど、イチモツは以前、彼女を庇って古崎徹を殴りつけている。


 今こいつが得意がっているのは、イチモツにとってのリス・ミストレイが大切なNPCだとわかっての”脅迫”だ。

 結局のところ、こいつはこういうやり方をする僕の想像通りの凡才な愚者だった。


 少しだけ安堵する。

 

 投擲によるこちらの反撃で、リス・ミストレイの手からは武装が零れ落ちていた。

 それを蹴り上げて無力化させ、こちらは【ヴィジランテ】の銃口を彼女へ向ける。

 


『おいおい、このNPCには意識があるんだろう? 殺せばなくなっちゃうかもしれないぞ?』



 尚も嘲笑うかのような表情を浮かべる〈古崎徹〉に何か言ってやるべきだろうか考える。

 つまるところ、ロクにとってはこのNPCの少女はどうだっていいわけで……。


 〈古崎徹〉はまだ〈ロク〉と〈イチモツしゃぶしゃぶ〉の違いを理解していないようだった。


 サイトーへと通信を行い、”彼”に対する痛覚設定を再度有効にするよう命令する。

 通信口のサイトーはすぐさま肯定してくれた。 


 あえてこちらが、苦悶の表情をつくってリス・ミストレイを見つめると、その身体を操る〈古崎徹〉は更に愉快げに笑った。 

 古崎徹は、脅迫が成功したであろう僕へと、何か命令したかったようだが、その言葉に被せるようにして僕は笑みを浮かべて告げた。



「えっと、どちらさま?」



 瞬間、〈古崎徹〉は目を見開いた。


 その顔を確認したあと、構えた【ヴィジランテ】のトリガーを思い切り引く。

 それはまさしく、僕自身が初めて〈古崎徹〉へ行う報復だった。

 



 


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