通行者
「ってことは、古崎徹が操る【ジェネシス・アーサー】自身が弱まったシールドの内側から攻撃すればキャリバータウンの裸にする前段階が必要ってことだよね?
ここからでも見える【ジェネシス・アーサー】はまだシールド側に移動する素振りはないけど」
『ジェネシス・アーサー自身がシールドを破壊しにいく必要がないって可能性もある。
もう既にシールドを破壊する算段を整えた上でプレイヤーに警告しているんじゃないか?
……さっきも言ったが、【脆弱な防壁】は街の外に出ないとクリアできない。
それはつまり……ほぼ確実に〈古崎徹〉の別動隊が街の外にいるってことだ。』
「っ。
というか、前提がありえないだろ?
このキャリバータウンを焦土化しようってことなら、〈古崎徹〉自身はどうやって生き残る?
招集したプレイヤーの保護だって、集めたところで”バトルロワイアルモード”が終了するかキャラロストしないかぎり、プレイヤーが街へ出ることはできない。
ミサイルにやられるのは確定だ。」
不明な点は多い。
どうして今、古崎徹はプレイヤーを募り始めた?
確かに、奴の当初の目的を考えれば元に戻ったようにも思える。
けど、痛覚を有効にして、〈ヴィスカ〉へ拷問じみた攻撃を加えるようなヤツだ。
……自分の加虐趣味を満たすためにやってるんじゃないか?
それを考えると背筋が冷たくなる。
僕はそれでも〈古崎徹〉が劣等感丸出しの凡人だと理解していた。
けれど、最初から〈学院会〉のプレイヤーを、〈ヴィスカ〉にしたのと同じように嬲り殺すのが目的だったとしたら、それは単なる狂人だ。
『〈HALⅡ〉は防御不能って言ったけど、もしかしたら抜け穴があるのかもしれない。
手っ取り早いのはやっぱり、直接対決すること。』
通信相手には見えないだろうが、僕も頷く。全面賛成だ。
『僕らは3手に分かれるつもりだ。
〈プシ猫〉は敵の位置を探れる観測地点へ移動。
〈リヴェンサー〉は砲兵隊の護衛をしながら砲撃地点へ。
僕と〈HALⅡ〉は、正面から中央区へ向かおうと思っている。
目下、〈ヴィスカ〉と瀬川遊丹の救出が第一目標。
第二目標に古崎徹の無力化がある。』
妥当な配役だ。
今のところ、まともに戦えるのは〈イチモツ〉だけ。
姉さんは開発者として古崎徹の次手を先読みする必要がある。
そのためには前線でヤツと対峙して姉さんは最速で〈イチモツ〉に指示を出すのが一番有効だ。
「……ヴィスカは生きている?」、紗矢がつぶやいたのが聞こえた。
『生きている。説明してる暇はないけど、信じてくれ』
間髪入れずに〈イチモツ〉が紗矢へと告げた。
「……不本意だが、僕もそっちに合流する。
前線を張れる戦力は、残念だけど僕とお前の2人しかいない。」
僕と〈イチモツ〉の会話に、紗矢が訝った視線を向けた。
どうして自分を頭数に入れてくれないのか不満らしい。
けど、彼女には頼んでおきたいことがあった。
『そっちの戦力は本当にお前だけなのか?』
通信口の〈ロク〉もこちらに疑念を抱いているらしかった。
「たとえそうじゃなかったとしても、アーティラリー隊を使う全権は〈プシ猫〉に預けたわけだし、そんなに怪しいんなら、好きなタイミングで彼女に僕を砲撃させればいい。」
『わかった……。 中央区・キャリバーNX09の麓付近で落ち合おう。』
「了解。」
通信が切れる。
同時に今まで大人しくしていた紗矢が、こちらをジッと見つめている。
口元が強張って今にも不平不満をぶちまける寸前のようにみえた。
「えっと、紗矢には別に頼みたいことが――」
こちらが弁解しようと口を開きかけたところで、彼女は僕の口元に手をあてた。
矢継ぎ早に紗矢は僕の身体を近くの壁へ引っ張り、建物の影へと身を寄せる。
どんな意図によるものなのかはすぐに理解できた。
僕は終始、通信で喋っていたから周囲の音に疎くなっていた。
しかし、聞き手に回っていた紗矢はそうではない。
僕の視界からでは目を見開く彼女の表情しかわからない。
瞳が緩慢な速度で左から右へと移動し、やがて紗矢は祈るように瞼を伏せる。
「もう、大丈夫だと思います……ッス。」
「何かいたってことだよね?」
「……普段モンスターが暴れるような映画とか見ないんスけど……、さっき通った化物はジャンルが違う感じがしました。
――どちらかといえば、ホラー映画の終了30分前くらいに正体表す系の」
「え、なんだそれ。
アーマーの動体センサー類に完治してなかったんだけど、クリーチャーってのは本当なのか?」
「いや絶対に、とは言えないッスよ。
通話終了間際に、まるで鏡に反射したみたいにいきなり先輩の後ろに現れたんです。
人型ではあったんですが、なんかずぶ濡れで、体格も先輩の2倍はあったので、”ああ、これは人間ではないな”って。
なんか目が見えてないようだったので、先輩を黙らせて移動しておけば通りすぎてくれるかなって判断しました。
……また、消えちゃいましたが……なんだったんスかね?」
「人型で、ずぶ濡れで、体格差2倍……確かにホラーっぽい見た目。
古崎の仲間だったら、あいつ自身が支配しているはずだし、もっとねちっこく攻めてきそうなもんだけど――」
『ねちっこくは責めないさ。
今はこんなことしている暇はなくてね。』
「――!」
今度の襲撃者には気づくことができた。
僕ら二人が壁に身を寄せていた建物の上から、大気の乱れた音が聞こえたのだ。
視界に映し出されているミニマップには一見すれば、僕と紗矢の存在を表す二つの光点しかない。
けれどこの襲撃者は真上から直接僕らへと落下することで、光点を重ねて接近を隠蔽していた。
2次元的な地上戦闘を想定しているリザルターアーマーには2次元的なミニマップ表示しかない。その弱点を突かれた。
今度は僕のほうが紗矢を引き寄せて、こちらの背後に回らせる。
フェイスガードを外したままだった彼女の首元へと、襲撃者は隠蔽用のマントを翻しながら刃物か何かで切り裂こうとしてきた。
斬撃は空を裂いて、銀色の残光が煌めく。
「何か兵装は!?」
「【軽量型対空砲 ヴィジランテ】、気に入ってるんで後で返してください!」
「了解!」
二言目を予測した返事で返してくる。
紗矢はヴィジランテと呼ばれた長銃の兵装を放り出すとすぐさま、自身はスラスター噴射で距離をとった。
言わずとも的確な行動をしてくれる彼女が頼もしい。
『散開するなら弱いほうから仕留めるよな?』
襲撃者はマントを僕へと投げつけると、そのまま紗矢のほうへ狙いを定める。
隠されていた手元には、PDW(パーソナルディフェンス用)のサブマシンガンがあった。
こちらとて敵の好き勝手にはさせていられない。
視界を覆うよう広がるマントを受けとめ、噴射による推進力を利用して、相手へ蹴りを食らわせる。
蹴り飛ばした反動を使って、地べたにおかれた【ヴィジランテ】を装備し、そのまま敵へ向けて速射する。
紗矢が装備していたものを地面にドロップすれば、メニュー画面から僕へと譲渡するよりも装備の切り替えが早いし、何より、ゲーム演出としての弾を装填するアクションを挟まなくて済むため、即時に射撃を開始できる。
「紗矢、こいつの相手は僕がする。 キミは――……僕の忘れ物をとってきてくれ!」
「わ、忘れ物?」
「このアーマー専用のカスタムパーツを間違って捨てた!ごめん!
そこから北に向かってくれ。 後で詳しい座標をいうから。」
「なんかよくわかんないッスけど、謝るってことは疚しい気持ちがあるんすね。
後で事情は聞かせてもらいます。 では!」
深く言及せずに頼みを聞いてくれる辺り、本当に頭が下がる。
忘れ物というのは、当然、【Ver.シグルド】用のカスタムパーツ【グラム・ストーカー】だ。
おそらくこれからの戦いには、あの《ショック・ウェーブ》のコンバットアルゴリズムが必要になる。




