デモンストレーション
(”なるほど……わたしが体力を回復している間に、主人は随分とあちらに弱味をみせたようだ”)
『弱味って……いやまぁ、その通りだからいいけどさ。』
腹底からグリムの不機嫌な声が聞こえてくる。
こいつもこいつとて、宿主である僕がキャラロストしないよう必死になってくれている。
そのことを邪険にはできない。
(”把握できる戦力差は?
相手は【ジェネシス・アーサー】と町民の殆ど、そして学院会のプレイヤーのほぼすべてを支配下に置いているかもしれない。
主人が〈古崎徹〉と交戦した記録を参照するに、支配されたプレイヤーは一糸乱れぬ連携を行えるようだ。
〈古崎徹〉の操縦技術は……まぁまぁ、といったところ。
各個撃破に持ち込めれば、主人の技術で余力を残したままでも倒せる。
けれど、背後に構える【ジェネシス・アーサー】と対峙するのは難しい。”)
『理解してるよ。【ベルンシュタイン】は対人用にモルドレッドの身体をリメイクしたアーマーだ。
今試した【モルドレッド・アサルト】も敵が人型なら装甲だけを剥がせるように消滅効果の威力が調節されてる。
けどそれは、反比例して大型のクリーチャーには向かないってことだ。』
(”その通り。
装甲自体は【ジェネシス・アーサー】の攻撃を防げるようになってるし、大口径の銃弾、砲弾ですら致命傷に至らないような剛性を持っている。
同時にリザルターアーマーとしての利便性・即応力も再現はできている。
けれどやはり、わたしは兵装面にかんしては、あまり得手ではなかったようだ。
……つまり、生き残ることだけに特化させすぎた。”)
〈ロク〉との対戦において僕を悩ませたのは、ベルンシュタインが決定打に欠けるということ。
【モルドレッド】形態だったときは、火球を命中させて接近すればどうにか連撃につなげることができた。
というより、モルドレッドの身体で逃げるという選択肢を選べなかったせいもあるが……。
『一応、対策はあるよ。
HALⅡから借り受けた【ビゾン・マキシマムレーザーガン】、それと預かってもらってあった【フォトンアーム・クラレント】だ。
高レアリティのビゾンなら威力だって申し分ない。』
(”……アーマーの体裁自体は整っているから、兵装の動力は確保できるが……。
結局、外部デバイス頼りになってしまうか……”)
『道具を使ってやりくりしていくのが人間ってものだ。』
(”人間ではないと自白したばかりなのに”)
グリムの辛辣な一言に誤魔化し笑いを返す。
いつの間にかグリムと話す声が漏れていたようで、同行していた3人の白い視線が突き刺さった。
「誰かと通信しているのか? ……協力者が?」
リヴェンサーが恐る恐る問いかけてくるが、事情を話している暇はないようだった。
彼の問いに被せるかのように、誰かのアーマーがアラート音を鳴り響かせた。
「退避!」
そして次々に、各々が装着しているアーマーがアラートが鳴り響く。
視界に現れるHUD表示には、兵装によってロックオンされていることを伝えるアイコンが点滅している。
つまり、敵襲だ。
『……いや待て、おかしい』
〈HALⅡ〉〈プシ猫〉〈リヴェンサー〉そして僕、各々の立ち位置は2、3メートル離れていた。
なのに全員のアラートがほぼ一斉に鳴り響くなんてこと、ありえるだろうか?
複数人によるロックオン……?
古崎徹なら、複数のプレイヤーを操って同時に敵をロックオンすることが可能だ。
そっちのほうが奇襲の成功率は高まる。
けれど、さきほどのアラート音は疎らに響いた。
つまり、これは……。
『皆、避けようとしなくていい!!』
話す間もなく、僕らの進行先が爆風に飲まれる。
無数の小型ミサイルが飛翔してきたのが見えたが、先行した大型のミサイルによってすべて手前で爆発し、僕らに降りかかることはなかった。
「何が目的だ……?」
リヴェンサーもまた、各ミサイルの不自然な挙動と爆発を捉えていたようだった。
爆風に飲まれ黒煙が漂う前方を、彼は睨んでいる。
その視線の向こうには、プレイヤーがいた。
アーマーは初期型。
いくつかカスタムパーツが付与されており、その背中には両肩にマウントするタイプの大型ミサイルポッドが用意されている。
……けれどその兵装にはミサイルが装填されたままだ。
おそらく、彼が観測手だ。
僕らの目の前を爆撃するよう仲間に伝えたのだろう。
「当方は、言伝をもってきただけです。」
正気か?
「キミは〈ロク〉の仲間でしょ?
さっきこっちを襲撃してきたような輩に、どうして協力すると思ったの?」
HALⅡが真っ先に前へ出てメッセンジャーと対峙する。
「”古崎徹に敵対するもの同士で手を組むほかない。”
その判断が出来ている頃合いだ。プレイヤー名〈ロク〉はそういっておりました。」
間違ってはいない。
今まさに決定打に欠けると述べたところに、この爆撃を見せられたわけだから、ジャストタイミングと言わざるをえない。
「敵対はしてる。
けど、あたしらは〈古崎徹〉に復讐しようだなんて考えてない。
各々が裏切ること前提の協力関係なんて結べるわけないじゃんか」
「しかし、互いに〈古崎徹〉を戦闘不能にしなければ何もできない身の上だ。
そしてそちらは火力が圧倒的に不足している。 一方で我々には砲撃隊がいる。
今は中央区を移動できる手段がなく、【ジェネシス・アーサー】に直接攻撃することはできないが、そちらの協力があれば可能だ。」
「だからってこんな強引な……」
躊躇う〈HALⅡ〉に助け船を出す形で〈プシ猫〉が話しかけた。
「多分これ、脅迫とかじゃなくて懇願です。
――ねぇ、もしかして私たちが協力に承諾したら、貴方たちは私たちの指示に従うよう、言われてたりしますか?」
メッセンジャーはわずかに黙り込む。
誰かと通信しているのかもしれない。
彼は数秒後、こちらに向き直ると頷いた。
「はい。 ただ、”私たち”ではなく、プレイヤー名〈プシ猫〉から指示を仰ぐよう言われています。
〈ロク〉は貴方を観測手として招きたい、と。
承諾を頂けるのであれば、そちらを砲撃隊のパーティへと参加させ、通信による意思疎通が可能になります。」
「多分、聞くのは野暮ですが、断った場合は?」
「……………………。
なりふり構わず、頷いてもらうまで謝罪しろ、と言われています。」
ブラック企業臭ぇ……。
「あのバカに自分で謝りにこいって伝えてほしいです。
というか、こんなことになるなら、最初から仲間のフリしてこっちを騙してバックパックを手に入れつつ、古崎徹を追い詰める算段とか整えればよかったんです。」
〈プシ猫〉は溜息をつくと、〈HALⅡ〉へ振り返る。
どうするべきか、既に回答は出ているが、最終的な決定権は〈HALⅡ〉に任せているようだ。
彼女はゆっくり首を縦に振る。
「もし危なくなったら逃げていいからね」
「丁度いいです。 私の壊れたアーマーじゃ前線には役に立たないですから。
多分、あのバカはそれを見越して彼らを寄越してきたんでしょうが……。
――代わりに、ユニのことをお願いします。
リヴェンサー、ちんしゃぶさんにも、お願いするです」
『うん、任せてくれ。』
〈プシ猫〉自身がもっとも瀬川遊丹のことを気にかけている。
けどその気持ちを押し込めて後方支援に回ろうとしている。
なら、少しでも安心させてやるべきだと思った。
しかし、僕やリヴェンサーが頷いたところで、大気の微細な揺れを頬に感じた。
砂埃をわずかに揺らすだけだったそれは、やがて衝撃波じみた咆哮へとかわった。
中央区に佇む【ジェネシス・アーサー】が天に向かって吼えていた。




