一人になるための戦い
☆
【ベルンシュタイン】アーマーのスペックを参照する。
その殆どが”アンノウン”、測定不能の文字で埋め尽くされていたため、所持している兵装から一つずつ確認する必要があった。
〈ロク〉との戦闘で使用した兵装は【モルドレッドアサルト】のみ。
これは中距離に有効な射撃武装で、威力は強力な炸裂弾に近い。
フルオート射撃に対応しており、制圧射撃及びけん制にも役立つだろう。
一つ問題があるとすれば、小規模の消滅効果を持っていることにある。
【モルドレッド】形態の時に使っていた”火球”には爆風の届く範囲に存在するオブジェクトを消滅させてしまう効果があり、ゲーム内の破壊不能配置物やら敵の武装やらを問答無用で消失させてしまった。
【モルドレッドアサルト】に変化してもそれは変わらない。
移動のついでに地面へ射撃すると、やはり弾痕付近にゲームとして見えてはいけない電脳空間じみたフォントの影が見えた。
『これは、なるべく使いたくないかもなぁ……。』
「どーして? 否応なしに破壊できるってことは相手の装甲関係なく貫通するってことじゃないか。
正直驚いているよ。 まさか【モルドレッド】のイベント専用攻撃を戦闘に転用するなんてね」
【ベルンシュタイン】の使用感を試す僕を、〈HALⅡ〉は隣でマジマジと見つめている。
自分が元は【モルドレッド】というクリーチャーだったことを詳しく話すと、彼女は興味深そうに涙目を輝かせていた。
さっき暗い話題で彼女を悲しませた負い目があったので、彼女の気持ちを紛らわせる意味で逐一質問に答えていた。
けれど、質問を重ねるうちに僕自身が彼女から得られる情報もあると気づいた。
『イベント用?』
「あら、知らずに使ってたの?
【モルドレッド】は月面露出地区を徘徊するボス級クリーチャーだから、暢気に狩場でレベリングしてるような無警戒プレイヤーを驚かすためのギミックが【モルドレッド】には仕込まれたんだ。
もちろん実際のバトルじゃ使わないよう、NPCのAIには制限があったんだけどね。
その一つが、えっと……キミも使ったであろうオブジェクト破壊。
本来は月面露出地区に点在する廃墟の壁を破壊して、プレイヤーの前に突如現れるって演出を行なうためのものなんだけど…………実際、戦闘で使うととんでもないチート攻撃だよね。
それで………キミも……」
『〈イチモツ〉でいいよ。 僕は〈ロク〉でもなければ、戸鐘路久でありたいと思うわけでもないから。
でも、話し方はこれまでどおりでいいよね?』
図星をつかれたようで、〈HALⅡ〉は困ったような笑みを浮かべた。
一頻り泣いた後だ。彼女もまた再び泣き出してしまわないように努めているらしい。
「うん。そうする。
でイチモツくんは、どうして使いたくないの?
チートが嫌い?」
『それもある。 でも〈古崎徹〉がチートするならこっちもやり返すくらいの許容もあるよ。
でも、スターダスト・オンラインそのものに致命的なバグとかが生まれそうだから嫌なんだ。
極力この世界を傷つけたくない。僕にとっても大事な居場所でもあるし。』
「ハー……十中八九こっちの自意識過剰だと思うんだけど、それって開発者であるあたしを慮って言ってくれてたりす……あ、いい。
そのハッとした顔だけで十分な答えだね。
……しまったって顔もダメ。手遅れ。」
思わず、苦虫を嚙み潰したような面持ちになってしまった。
でもここで〈HALⅡ〉に媚びたところで、彼女の目的は変わらないのだろう。
『〈古崎徹〉の身勝手な計画を阻止することは協力する。
〈ヴィスカ〉を助け出して、彼女を現実世界に戻すことももちろん助力を惜しまないよ。
……でも、このスターダスト・オンラインを”閉鎖”するのは……賛同できない。
もし全部が終わったあとに、この世界を締め出そうとするなら、僕は多分、抵抗する。』
〈HALⅡ〉とこうして質問を返しあう前に、彼女から”スターダスト・オンラインを閉鎖をすること”を知らされた。
それを告げたとき、HALⅡは謝らなかった。
”もう自分のゲームで被害者が出ることを許すわけにはいかない”。
そんな彼女の覚悟が痛いほどよく伝わってくる。
けれども、全面的に賛同はできない。
「『スターダスト・オンライン』を閉鎖させたくないのは、〈ヴィスカ〉のためだよね?」
『いやいやいや、僕自身のために決まってるだろ。 いくらHALⅡや坂城さんが頑張って別の居場所を用意するって言っても、僕は元々単なるNPCだ。
NPCに戸鐘路久の神経系情報を流されただけのダミー。
プレイヤーというのもおこがましい身分だけど、それでも寂しいものは寂しい。
古崎徹や〈学院会〉みたいな連中は勘弁してほしい――っ』
表情を読まれないようにしたのがバレたようだった。
HALⅡの両手がこちらの頬を挟み込まれ、視界に無理やり彼女がフレームインする。
「……ロクだって思う気はもうないけど、やっぱ偽悪を気取る痛さは似てる。」
まっすぐな眼差しは、眉間にしわが寄って険しさが宿っている。
見透かされてしまうのは3年間であっても姉と思いながら生活していたせいか、それとも単純に戸鐘路久の残滓がそうさせているだけか。
『それでも、やっぱり僕の我儘だ。
……もういいよ。
やっぱり【モルドレッドアサルト】は使うことにする。
大体、ヴィスカを救う前にあーだこーだ言ったって仕方ないんだ。』
「そうだけど、彼女を助け出すにはイチモツくんの力が重要になる。
それにこうやって話せる最後の機会かもしれない。
だからなるべく聞き逃したくないんだ。 ほら、あたしって映画のフラグとか現実でも信じるタイプだし、死亡フラグ的なの、怖いからね。」
『縁起でもないこと言わないでよ。』
まぁ、あんなこと言った手前だ。
僕が”土壇場で躊躇うこともあるかもしれない”という疑念をぬぐえないのかもしれない。
言わなきゃよかったとは思ってないけど、皆に心配かけさせるならやめたほうがよかったのかもしれない。
(”寂しくない。
独りでも構わない。
主人にはわたしがいるではないか。
さっきから呼び出しているのにどうして応答しない?”)
…………でも確かに、生身の人間と話せる最期の機会かもしれないしな……。
(”遺憾だ。 これ以上の無視を続けるなら、そこの人間諸共、オートパイロットモードで殺すことも辞さない”)
『(わかったから、物騒なこと言うのはやめてくれ。 おはよう、グリム)』
【ベルンシュタイン】の製造で今まで力尽きていたグリムにあいさつした。




