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クエスト【脆弱な防壁】


                    ☆


「はぁ……はぁ……は、はは」



 〈古崎徹〉は思わず笑みを浮かべていた。

 自分の置かれた状況というのが、あまりにもあんまりだったからだ。


 今さっき徹自身がキルしてみせた〈ヴィスカ〉と名乗るプレイヤーは、こちらの思考を読み取り、操って他の〈学院会〉プレイヤーを虐殺させたのだという。

 そして彼女はまたしても〈古崎徹〉を操り、彼女自身を殺させた。


 それがどんな意味を持つのか、徹にはわからない。

 こうやって思案することすら〈ヴィスカ〉という少女の思惑通りなのではと疑う始末だった。


 クリーチャー化したプレイヤー同士の殺し合いはもちろん中止させた。

 支配しているプレイヤーは、現状で10人にまで絞られてしまっていたが『殺し合いをして勝者一方を強化する』という方針自体はそれなりの効果をあげていた。



 【フォビドゥン・マン】の最終形態らしき大樹の化物【フォビドゥ・アボミネーション】が3体。

 【イリーガル・ウォルフ】という装甲を纏った大狼型のクリーチャーが3体。

 【バルチャーズ・スカイラー】はこのゲームでは破格と言っていい”飛行アビリティ”を所持しているクリーチャーの上位版だ。こちらは2体。


 そして……残り二人の下僕は、元NPC――ノンプレイヤーキャラクターからの選出だ。

 〈リス・ミストレイ〉と〈レン・ミストレイ〉、この二人は『キャリバー・タウン』にて受けられるクエストで登場するNPCだ。

 二人は〈イチモツしゃぶしゃぶ〉がキャラロストするたびにその神経系情報の残滓を受け取り、プレイヤーのような自我を手に入れた。


 しかし、今やそれも徹の所持する【スティングライフル・オルフェウス】に撃たれたことで上書きさせてしまったが。


 その時は貧民から金銭を奪い取るかのような、嗜虐の快楽があった。



「っァア!! 違う、これは俺の思考じゃない!

 一時的な高揚感なんぞクソくらえ。 俺が欲しいのは、古崎牙一郎を、祖父さんが築き上げたものを継げられるだけの能力だ!」



 凡人のままじゃダメだ。

 邪魔をするな!

 くそったれが。〈学院会〉に招いた生徒ってのは、全員がクズなんだよ!

 能力が低い奴を俺が招いたんだ。

 元から秀才だった生徒は一人だって誘っていない。


 劣等生ばかりだ。部活では万年補欠の筆頭候補だったヤツを。

 ロクに努力もしないでクラスメイトにただ嫉妬するだけのヤツを。

 挙句の果てには優秀な連中の脚を引っ張ろうと嫌がらせばかりする連中を。


 俺が選出してまとめてこっちで支配してやろうっていうんだ。

 なのに、そんなクズたちを守りたいと考える月谷芥たちは、相当な愚か者だろう!?



「俺がやってることは正しいんだよ。

 クズを有効活用して何が悪いっていうんだ。

 責任? 道理? 報復? 俺が祖父さんのように古崎グループを動かせるようになったら、穴埋めはいくらでもしてやる。

 ……。」



 弱音なんて吐いている暇はない。

 こちらの計画に沿えば、『キャリバー・タウン』にいるプレイヤーはこっちが欲する〈学院会〉プレイヤー以外は全員ロストさせることができる。



「……[マクスウェル・リスト]に用がある。」



 オルフェウスで支配したプレイヤーにも合図を送り、とあるクエスト【脆弱な防壁】の依頼内容を〈古崎徹〉名義で次々に完了していく。


 【スターダスト・オンライン】では、神経系情報こそがプレイヤー個人を特定する基準である。

 ゲームシステム側は、たとえキャラクターの見目が違っても、〈古崎徹〉の神経系情報を含んだプレイヤーは彼本人として認識する。

 つまり、支配したプレイヤーを依頼内容に沿って予め配置しておけば、一瞬でクエストを完遂することができる。


 クエスト名【脆弱な防壁】は、キャリバータウンのリーダーを務める[マクスウェル・リスト]と呼ばれるNPCへ、一つの提案を行なうという内容のものである。


 提案というのは、キャリバータウンをバリアで守る【キャリバーNX09】の防護範囲を変更するメリット・あるいはデメリットを伝えること。


 プレイヤーは他NPCへの聞き込みと『キャリバータウン』の外周付近の探索を行ったあと、マクスウェルにシールドバリアの有効範囲を狭めるべきか広げるべきか提案をする。


 シールドバリアの範囲が広くなれば、街の周辺に散らばった戦前の物資集めを安全に行うことができる。しかし一方で防護壁は薄くなり、より強力なクリーチャーの侵攻を許すことになってしまう。


 防護壁を狭めて厚くするよう提案した場合はその逆だ。

 加えて、反マクスウェル派の団体がプレイヤーへ友好的に接してくれるようになる。


 【脆弱な防壁】は単体ではそれほど重要なクエストではない。

 しかし、プレイヤーの選択は、街の存続自体を左右しかねない非常事態時に影響する。


 〈古崎徹〉の目的はそこにあった。


 彼は現在、中央区から移動し、調達員が依頼を受注する『クエストカウンター』まできた。

 そこでマクスウェル・リストを訪ねていた。



「メリットしかない。 シールドバリアの範囲を広げても、街の周辺にいるクリーチャーでは防護壁を破ることはできない。

 街の人々も新たな物資を求めているし、付近にある戦前施設の廃墟はまだ活用できると提案してくる者もいる。 防護範囲を広げるべきだ。」



 マクスウェル・リストへとやや箇条書きのような報告を行う。

 ミストレイ兄妹の先例がある。NPCもまた若干の自我があると想定して話す。


 この時点で徹自身はマクスウェルに話しかけただけだが、他の支配したプレイヤーを使って、クエストはあらかたクリア済みになっている。

 キャリバー・タウンの外にいる〈北見灯子〉の手も借りた。

 彼女もまたシステム側には〈古崎徹〉として認識されているためだ。


 マクスウェルは別段、変わった反応をみせなかった。

 彼はやや思案顔をつくったあと、〈古崎徹〉の調査結果を参考にすると告げてくる。



「おい、北見。 聞こえてるんだろ? バリアの拡大が始まったか確認しろ。」



 彼女へと回線を開く。

 繋がるということは、彼女の身に何かあったわけではなさそうだ。


 しかし、しばらくの間彼女からの返信はなかった。

 もう一度呼びかけると、上ずった声音で北見は返事をかえしてくる。



『あ、うん。そう、ね。 【キャリバータウン】の防壁が拡大していくのを確認したわ。

 わ、あたしはこれからどうすればいい?』



「街の外にいる〈笹川宗次〉をどうにかしろ。

 殺してもいいし、オルフェウスを使って支配下においてもいい。

 ……任せる。」



『わかったわ。 徹も、気を付けて』



 

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