オーバーキル要請
☆
ペコン♪
ボコンっ。
木馬太一がスマホの通話を切ったと同時に後頭部を殴打される。
バットではなく拳だったのがせめてもの救いか。
振り向くとやはり、頬を強張らせたサイトーがいる。
「何をするんですか!?」
「こっちのセリフだ。 なぜ交渉の途中で通話を切った!?」
「あのタイミングが引き時だったからです。 さっきの会話は謂わば撒き餌です!
あのまま通話を続ければこちらとて弱みを察せられる可能性がある!
こちらの要求と、相手側が被るリスク&ヘッジ、それだけを端的に伝えたら、危機感を煽るだけ煽って一方的に会話をやめるのが最善ッ。
そうなれば、相手は判断材料が少ないまま、堂々巡りの思案を行う他なくなる。
わかりますか!?」
木馬太一が固定された四肢をねじりながら、首だけ必死に伸ばしてサイトーを怒鳴りつけた。
不良っぽい印象が先走るサイトーに対しては、こちらもまた同じように睥睨することが正解だと気づいていた。
「チッ……。 態度がまるで違う。
さっきまで低姿勢だった木馬太一はどこへいった……?」
「皆目見当もつきませんな。」
唇を尖らせつつ、肩を竦める。
さながらクライム映画の主人公を気取っている彼だが、自分では心境の変化をいち早く察知していた。
その原因が、古崎圭吾にあることも理解している。
一昨日聞いた圭吾の華々しいサクセスストーリーは、失敗さえも彼の成功を手助けする演出じみたものになっているように思えた。
無論、圭吾が自分の都合の良いように語っているだけかもしれなかったが、それを聞いて木馬太一は、酷く羨むと同時に、一割ほどの黒い感情が生まれていた。
それは初め、嫉妬と呼ばれるものだったが、アンチグループに拉致され、非人道的で非生産的な行為を強要されることで徐々に変化を繰り返した。
肥大化したそれは、出世街道を思い描いていた強者としての己を否定し、ルサンチマン(※弱者として強者を憎むこと)を形成した。
やがて悪党の美学と言わんばかりにまで黒い感情は昇華(もとい堕落)していた。
つまるところ、この体たらくな自分が他人の人生をめちゃくちゃにできることへの快楽である。
圭吾が言葉を荒げ、一方で木馬太一自身は彼を虚仮にした言動ができる。
その構図が彼にとって溜まらないカタルシスを生み出していたのだ。
「あとは、こちらが待つ番です。
いいですか?
古崎圭吾と牙一郎には、〈古崎徹〉が無事生還できないかもしれないことをアピールする必要があるのです。
要は、彼女――湯本紗矢がもっと手酷く古崎徹を痛めつける必要があるということ。
特に戸鐘路久、私とやりあったときはもっと強かったのですから、もっと発破かけてやるべきでしょうな。
彼に、この計画を話してみては?
湯本紗矢に彼は若者特有の劣情を抱いているのでしょう? それは利用価値がある。
まぁ、私じゃ怪しまれるから、サイトー殿の手腕の見せ所ですけど。
カカカカッ」
身体のそこら中に青あざをつくり、現在進行形で手足に手錠をかけられて椅子に固定された男は、自分が世の中の中心にいるみたいに満面の笑みを浮かべていた。
サイトーはそんな木馬太一を不気味に思ったのか、訝った表情だけを浮かべて部屋を出た。
「……ふん。」
しかしながら、木馬太一の提案は間違っていないように思えてしまった。
通信設備を備えた個室に戻ると、サイトーは密かに戸鐘路久――プレイヤー名〈ロク〉へと回線を繋げる。
「戸鐘路久――」
グループのリーダーである湯本紗矢に気づかれないよう、サイトーは声を潜めてロクへと語りかけた。
☆
『――戸鐘路久。』
「うわぁっ!?」
「ひぃあっ!? な、なんスか先輩、いきなり大声挙げて。」
「いやだって今――」
『お前だけの個別回線につないでいる。 リーダーには聞こえていない。』
聞こえてきたサイトーの言葉に、開きかけた口がなんとか閉じるよう努めた。
紗矢が首を傾げてこちらをマジマジと見つめている。
「いや、痛覚を有効にしたって聞いたもんだから、ちょっとの感触でも気になっちゃって。」
「仮に先輩の痛覚効果がONになってたとしても、フェンスから飛び出たワイヤーに触れたくらいじゃ痛みなんて感じないッスよ。
――……もちろん、サイトーたちには”どんな状況になったとしても”先輩の設定を弄らないよう言っておきました。
信用してくださいッス」
「もちろん、信頼してる。
仮に痛覚が有効になってもそっちの紗矢のせいじゃないって信じるから安心しろ。」
紗矢は「ッス」と語尾だけで返事をして早足に先へ行ってしまった。
(照れ隠しだったら最高に可愛いんだが)などと痛い妄想をしつつ、一度咳払いする。
通信してきたサイトーへの合図だ。
『初め、わたしはお前を脅迫して従わせればいいとリーダー――紗矢に提案していた。
もちろん、彼女もそれを一つの手段として受け入れてくれた。
だが……”どんな状況になっても”か。』
既に僕は自分のために彼女へ協力を申し込んでいる。
サイトーが今しがた抱いているであろう不安は、杞憂と断言していいだろう。
どんな状況になっても、僕が紗矢を裏切るメリットなど、どこにもない。
彼女と僕の報復が終わるまで、ことが終息することはありえない。
『では、終わった後のことは考えているのか?
我々のことはいい。 紗矢一人のことだ。
仮に我々の計画が成功したとしても、古崎グループはその後、必ずこちらを追い詰めてくるだろう。
その際に狙われるのは、リーダーである湯本紗矢だ。
それに対しては、どうだ?』
「……。」
こちらが沈黙すると即座に笑い声が聞こえてくる。
妙に女性っぽくて、声がサイトーのものか否か、判断できなかった。
『今はそれでいい。
その問題は私に任せておけ。紗矢のことを想っているなら……今から話すことをよく聞け。
古崎徹を完膚なきまでに痛めつけろ。』
僕は紗矢に気づかれないように、わずかな動作で頷いて見せた。




