スターダスト・オンラインのファン
『同時に、彼女は「この世界が最初からなければよかった」なんて思っていないです。
その気持ちは僕も同じだ。
HALⅡ。僕はこのスターダスト・オンライン、楽しいよ。』
HALⅡは返答を考えあぐねているようだった。
別に素直な反応を見せればいいと思うのだけれど。
元をただせば僕がスターダスト・オンラインをプレイしたいという気持ちがなければ、諸々の計画は動き出していなかったはずだ。
戸鐘波留は、僕がこのゲームに興味を示すことを前提に〈戸鐘路久〉救出を企てていた。
彼女の思惑通りに事は運び、秘密裏に古崎徹が鳴無学院生徒の一部に解放していた『スターダスト・オンライン』へと僕はなんとかログインまでこぎつける。
そして、〈学院会〉が封鎖したこの『キャリバー・タウン』で、真っ当にゲームを楽しむために僕は約半年間ほどを費やしたわけだ。
何度も他プレイヤーからキルされては、街内で溜めた経験値やら兵装を全損してやり直しを強いられた。
それでもプレイしつづけたのは、徐々に明かされていく『スターダスト・オンライン』の世界観やVR空間でしか味わえないアクションの数々が楽しかったおかげだろう。
同じように、〈ヴィスカ〉と僕が初めて会ったとき、彼女も『スターダスト・オンライン』が楽しいと言っていた。
こちらが見惚れてしまうくらいの優雅な空中機動を披露して言うものだから、僕は心底羨ましい気分に駆られたし、同時に心をつき動かされた。
当たり前だ。自分が好き好んでいるものが他人と分かち合えたら最高に気持ちいいに決まってる。
『笹川がスターダスト・オンラインを楽しそうにプレイしてるのも嬉しかったよ。
サポートだけしとけって言っておいた〈プシ猫〉が頻繁にログインしてくれてたのも、実はスゴク嬉しかった。 もっともに〈プシ猫〉には明確な目的があったけどさ。』
瀬川遊丹を救うためという目的が、スターダスト・オンライン嫌いにいつ繋がるか、僕はビクつきながらプレイしていたこともある。
「……そう、ですか。 あなたが〈”ちんしゃぶ”〉さんでしたか。」
プシ猫がぽつりと呟く。
『あのー……ここ最近で一番真面目な会話しているときに、その呼び名使うのやめない?』
「別にいいでしょう?
ユニも不在ですし。何より私にとっての貴方は〈ちんしゃぶ〉さんです。
ビーム系の兵装を敵が装備しているだけで嫉妬心で咽び泣いたり、憤慨したりする気持ち悪いゲーマーさんです。」
『気持ち悪っ!? 相変わらず、傷口に塩を塗りたくってくるね?』
「まぁ。だからこそ私や笹川宗次も『スターダスト・オンライン』をしっかり遊んでみたいと思えたんです。
今がしっかりとプレイできていると思えないですがね。」
肩を竦めて彼女はそっぽを向いた。
その反応をみて、さっきの言動が僕に対する精一杯の慰めの言葉であることに気づく。
そうか。戸鐘路久でなくとも、彼女にとって僕は〈ちんしゃぶ〉か……。
もう何度目の後悔になるか分からないが、ホントもっとマシなネームを考えとけばよかった……!!
「話の途中に、すまない。」
我慢の限界がきたと言わんばかりに今度は〈リヴェンサー〉が声をあげた。
「波留さん、彼が言ったことは理屈自体は通っているように思えます。
だが、その理屈を築いている情報群が信じるにたるものか、俺には判断しかねる。
……本当に、唯花はまだキャラロストしていないのだろうか。」
答えを迫られたHALⅡは俯いた顔をあげるとコクリと頷いた。
「うん。 彼がもしキャラロストした場合、彼の神経系情報の終着点は〈戸鐘路久〉――ロクの元に還元される可能性は高い。
それに、アタシの知る〈ヴィスカ〉の性格からも、彼女がロクのために彼のキャラロストを防ごうとするのは明らかだ。
……うん。
冷静に考えてみれば、確かに〈ヴィスカ〉が彼に助けを求めることはないかも。
というより、彼を選ぶ可能性が一番低くなきゃいけない。
助けを求めるならそれこそ、〈リヴェンサー〉くん、君が一番あり得るよ。」
「そう、ですか」
〈リヴェンサー〉の頬が安堵で緩んだ。けれど、すぐ眉間にしわが寄り、唇を噛むようにした。
「でも、唯花が俺に助けを求めることはないでしょう……。」
誰かが「何故か」と問う前にリヴェンサーは「ありがとう」と告げて会話をやめた。
彼は彼方で蠢いている【ジェネシス・アーサー】を睨むと、一人で歩き始める。
話を代わりに引き継いだのは〈プシ猫〉だった。
「ちんしゃぶさんのお話に加えて、映像には不明点があるです。
そもそもこの映像は誰がどんな意図で送ってきたかってことです。
映像内でキャラロストしているのが〈ヴィスカ〉さんなら、映像は送れません。
しかも、映像内では古崎徹自身が「映すな」と発言してます。
なら古崎徹がこの映像を送りつけてくるのにも違和感があるです。
……この映像の送り主は一体誰なんでしょう? その目的は?」
彼女の疑問はもっともだ。
映像が添付されたメッセージには差出人の名前が記されていなかった。
そんなものがここにいる全員分送られてきた。
『……わからない。 けど、行くべき場所は決まってる。
あの内装は多分、”強化屋”だ。ヴィスカらしき人物はそこでやられてる。』
”強化屋”のある中央区にさえいければ、自ずと真相にもたどり着けるだろう。
プシ猫も同意したのか、リヴェンサーの後を追従するようにして歩き始める。
彼女自身も、姿が見えない瀬川遊丹の捜索に焦っている状況だ。足止めさせた分、できる限り協力したい。
こちらもついていこうとしたところで、HALⅡが僕を追い抜いていく。
彼女は小首だけで僕へと振り向く。
「ありがとう。 ファンが見てくれてるんだ。アタシも頑張るよ 」
彼女が告げた”ファン”という呼称は、彼女から見た僕を表す言葉で一番納得できるもののように思えた。




