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彼女にとっての悪者

                ☆


「嘘だ……やめろ。」



 メッセージに添付された動画に対し、〈リヴェンサー)が呻く。

 そのまま地面に膝をついて、直視できない現実に頭を垂れた。


 この場にいる4人――〈プシ猫〉〈HALⅡ〉〈リヴェンサー〉そして〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は今にも叫び出したい衝動に駆られた。

 同時に無抵抗の人に一方的な暴力を振るうこの男が許せなかった。


 しかし憤ったところで、それは映像の中での出来事であり、もう過去のことでもある。

 


 ”助けて……助けて、イチモツさん……”



 空中にホログラムとして投影された〈ヴィスカ〉が彼方へ向けて助けを懇願する。

 〈リヴェンサー〉は助けを求める彼女を抱きかかえようとするが、両腕はあっけなく空を裂いただけだった。


 彼の狼狽はまさしく、M.N.C.による不慮の事故で〈月谷唯花〉を失っていた期間・4年分の蓄積のようだった。

 

 見せられた映像に〈HALⅡ〉も足元をふらつかせた。

 こちらのショックもかなり大きいようだった。


 姉さん――とはもう呼べないか――〈HALⅡ〉は最早外聞を気にすることなく泣き崩れてしまっている。

 


「アタシのせいだ。

 こんなことなら、スターダスト・オンラインなんてつくらなきゃよかった!

 もしそうだったら、ロクもヴィスカも酷い目に合わずに済んだ。」



 ――この世界ゲームをつくらなければよかった。


 僕の中に残っている戸鐘路久の記憶では、彼女は一度だって自分が製作したゲームをつくらなければよかったと悔やんだことはなかった。

 いつも大ヒットゲームを世に輩出し、その不遜で生意気な態度すら、天才ゆえのユニークな性分として世間のほうが目を瞑るほどだ。


 なのに、彼女は今、見ていてこちらが痛々しくなるほど、嗚咽まみれの呻き声をあげて、〈ヴィスカ〉に対する自責の念と崩れていく自尊心に打ちのめされている。



「ごめんなさい……ぁ」



 こちらに土下座でもしそうな勢いの彼女を首根っこから持ち上げる。

 いくらこっちが〈ヴィスカ〉の外見に似ているからって”元”姉のそんなもの見せられていい気分にはなれない。


 グリムが作ってくれた【ベルンシュタイン】の腕力は普通のアーマーよりもおよそ5倍以上のパワーがある。

 HALⅡを起き上がらせるついでに、リヴェンサーの胴体も掴み上げて無理やりにでも立たせる。  



「イチモツ。 お前、ヴィスカのキャラロストに何も思わないのか?」



『少なくとも、あの映像に対しては思わない。』



 リヴェンサーの問いに応えた瞬間、彼はこちらに向けて【コーティング・アッシュ】を振り下ろすが、〈ロク〉との戦いで折れた刀身が、【ベルンシュタイン】の剛性を貫けるわけがない。

 けれど、もし刀身が元のままであれば、攻撃は通り、立派なフレンドリーファイアになっているはずだ。


 そんな簡単な判断ができないほどに、二人は綱渡り状態の緊張を保っていたのだろう。

 ……互いに4年間近く。

 だからこそ、もう少しだけ耐えてほしいと思った。



『〈ヴィスカ〉は生きてるよ。』



 僕こと〈イチモツしゃぶしゃぶ〉も、リヴェンサーやHALⅡがここまで取り乱していなければ、冷静を保つことは難しかったかもしれない。


 彼らが取り乱したおかげで、映像の違和感に気づくことができたのだから。


 片や、藁にも縋る表情のHALⅡがこちらを振り向く。

 片や、「冗談ならただじゃすまないぞ」と凄んでみせるリヴェンサー。


 

 そう睨まれると正直言い出しにくい。

 なぜなら映像の彼女がヴィスカではないという理由が、僕にとっては確信めいたものであっても、他人が聞けば酷く説得力に欠けるものだからだ。



『えーっと……簡潔にいうと、彼女は僕に助けを求めることはないから、です。』



「――それだけ? 

 ヴィスカのあの痛がり方は……多分、痛覚設定が有効になっているせいでもあると思う。

 激痛に悶えて、大切な人の名前を呼ぶことなんて当たり前じゃないかな……。」



 HALⅡが涙声を殺してゆっくりと応答する。



『それでも、ヴィスカは僕にだけは言わないんだよ。

 彼女にとっての〈イチモツしゃぶしゃぶ〉は助ける”べき”対象にすぎなかったから。

 ……ちょっと拙い説明になるし、途方もないかもしれないけど、聞いて欲しい』



 今こうして分かることがある。



 【ジェネシス・アーサー】に取り込まれていた〈名無し〉は、どうやって生まれたか。

 それは、〈名無し〉というキャラクターに収まっていた神経系情報が、再三にわたる〈学院会〉らのプレイヤーキルによって、再生した器に何度も注がれたことに起因するものだった。


 〈学院会〉に幾度もキャラロストさせられた僕の神経系情報が、『キャリバータウン』のNPCたちに流れたのと同じように、〈名無し〉の神経系情報も【ジェネシス・アーサー】に流れることで、あの化物はプレイヤーを見境なく襲うクリーチャーに成り果てた。


 後に波留の手助けもあって、〈名無し〉の器ごと完全に捨て去り、彼女は〈ヴィスカ〉というキャラに再誕することができた。

 

 さて、ここで僕の現状を省みよう。

 僕は3年前、〈ロク〉というプレイヤーがゲーム内で心身ともに多大なダメージを受けたことにより、その〈ロク〉が現実世界に戻って脳にV.B.W.を刻ませないよう、戸鐘波留は適当なNPC――要はモブキャラだ――を〈戸鐘路久〉という扱いにして現実世界に戻らせた。

 今〈古崎徹〉が行っているのと同じように、神経系情報をNPCへコピーしてしまったのだ。


 結果、ダミーである僕とゲームに取り残された〈ロク〉が生まれる。

 次に戸鐘波留は、長い時間をかけてスターダスト・オンラインに取り残された〈ロク〉を現実世界へ戻す算段を整えていた。


 その方法は、”テセウスの船”だ。


 スターダスト・オンラインで暗躍していた戸鐘波留は、3年間〈戸鐘路久〉として生きてきた僕の神経系情報と、3年間ゲームに閉じ込められた〈ロク〉の神経系情報を徐々にすり合わせるよう仕向け、一人の〈戸鐘路久〉を蘇らせた。


 目下、不要な部分である”心身のダメージに関する神経系情報”だけを除いて。

 

 晴れて〈ロク〉は僕の3年間を奪って、〈戸鐘路久〉として現実世界に帰還し、一方で僕は〈ヴィスカ〉の手によって、【モルドレッド】の身体へ押し込まれ〈イチモツしゃぶしゃぶ〉として生き永らえている。


 どうして〈ヴィスカ〉はそんなことをしたんだろう?


 僕を【モルドレッド】に押し込んだ理由。

 それは、クリーチャーとしてのアビリティ《スーパーアーマー》にある。

 スーパーアーマーはダメージを受けても痛みを受けないため、攻撃に対して強引に突っ込むことができる代物だ。


 これがあるおかげで僕は、〈ロク〉が残していった心身のダメージに関する神経系情報の欠片を取り込んでも平気でいられる。



 …………いや、これはあくまで”僕”に対するちょっとしたサービスのようなものだろう。



 問いを変える。

 どうして〈ヴィスカ〉は僕を気にかけたのだろう?


 その答えは…………全部、戸鐘路久――〈ロク〉のためだ。

 もし仮にヴィスカが何もせず、〈ロク〉にキャラクターを奪われたままで、僕が神経系情報の塵となった場合、……多分、〈名無し〉でいうところの【ジェネシス・アーサー】と同じ末路になっていただろう。

 ひたすら激痛を抱いて、プレイヤーを憎むだけのクリーチャーに成り果てていたかもしれない。


 しかしながら、問題はその更に向こうに存在する。

 もし、そんなクリーチャーに成り果てた僕が討伐された場合だ。


 当然、僕の神経系情報はまたしてもさ迷うことになるだろう。

 けど例外がある。

 僕の神経系情報はまがいなりにも、〈戸鐘路久〉としてシステム側に認識されているのだ。

 たとえば〈ロク〉が『スターダスト・オンライン』にログインしてキャラロストしたらどうなるだろう?


 余分な神経系情報を含んでいる迷惑極まりない僕は、〈戸鐘路久〉として、〈ロク〉の神経系情報に流れ込む可能性がある。

 

 そうなれば、戸鐘波留の苦労は水泡に帰すだろう。

 結局〈ロク〉に心身ダメージを含んだ神経系情報が取り込まれてしまうから。


 

 そうならないように、〈ヴィスカ〉は僕を見張っている。

 また〈ロク〉――戸鐘路久が『スターダスト・オンライン』に安心してログインできるように。


 つまり僕は、〈ヴィスカ〉にとって大切な人を傷つける悪者か何かでしかない。



 だから彼女は、僕にだけは助けを求めない。

 認めるのはつらいけど、〈ヴィスカ〉はずっと〈戸鐘路久〉のことを想っている。

 僕ではない〈戸鐘路久ロク〉を。



 




 



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