残留私怨
☆
「……。」
「大丈夫か?」
放送を終えた湯本紗矢が毅然とした態度を解いて崩れ落ちる。
何とか身体を抱きかかえる。
感情を押し殺しながら、血塗の騎士を演じることは容易いことじゃなかったはずだ。
本当なら、送られてきた映像から目を背けたいはずだのに、紗矢はその内容を確認するや否や、僕に協力を申し込んできた。
古崎邸の襲撃時、人質にはこの真っ赤に塗られた【Ver.シグルド】の外見を主犯格のものと思わせているらしい。
彼女は僕に秘密でそれをやっていたが今はもう、それほどの余裕はないらしかった。
もちろん、彼女に協力してリアルタイムで古崎邸に映像を流した。
協力してくれた亡霊部隊の皆も、アーティラリー(砲兵)隊を残してほぼ壊滅状態にある。
結局、〈古崎徹〉の迎撃にあたったアサルター隊は誰一人助からなかった。
予め亡霊部隊全員で構成しておいた”クラン(※ゲーム内で組むグループ)”のメンバーリストを見ると、彼らアサルター隊の名簿欄だけ真っ黒に塗りつぶされてしまっていた。
紗矢にはそれだけでも十二分に心苦しい出来事のはずだった。
けれど、数分前に来た映像ファイル付きのメッセージはもっと彼女を追い詰めた。
送られてきた映像は、抵抗できない〈ヴィスカ〉らしき人物を〈古崎徹〉が殴り続けるというあまりにも残虐な内容だった。
紗矢は映像を見ている間、まるで自分がそうされているかのように、映像内のヴィスカと同じように「やめて」と叫んだ。
しかし、映像の終盤では痛みを訴える彼女に対して、古崎徹は容赦なく銃弾を撃ち込む。
彼女の最期は”イチモツ”という名を口走って終わりを迎えたのだ。
映像はそこで切れた。
「あたし、痛覚効果を有効にして〈古崎徹〉を捕えようとしました。
そのせいで、支配された〈学院会〉のプレイヤーにも、痛覚が有効になっちゃって……古崎徹は痛みで藻掻く彼を盾にして、アサルター隊の攻撃を防ぐから……どうしたらいいか分からなくなって……。」
……痛覚を……。
僕はそれが原因で、スターダスト・オンラインに3年間取り残されることになった。
意趣返しと呼ぶなら、古崎徹へ仕掛けたことはまったくもって道理といえる。
だが、諸刃は自身を斬りつける結果となってしまった。
「古崎の人間にはできる自信があったんです。
けど、盾にされた知らないプレイヤーが叫んだ瞬間、怖くなりました。
もしあそこで躊躇わなければ、アサルター隊の火力で盾を貫いて、古崎徹を捕えることができたはずなんです。
それなのに、また亡霊部隊の仲間を古崎に……。
あの時決着をつけることができれば、お姉ちゃんもこうならずに済んだかもしれない」
僕の中で不敵な後輩たる湯本紗矢が、弱音を吐いている。
こんな時、どういう行動をすれば正解なのか、経験値不足である僕には見当もつかない。
伝えたいことは、彼女が一人ではないということ。
抱きかかえた彼女をそのままこちらへ引き寄せる。
抱擁と呼べるほど密着はしていない。
互いにアーマーを着込んでいるから、身体の感覚なんかも別に感じたりはしない。
「僕にも同じ責任はある。
紗矢が呼んでくれたのに、キミが一番つらいときに僕はいなかった。
一人で抱え込もうとしないでくれ。」
「あたしは先輩を利用してただけって気づいているでしょうっ?
こちらの復讐に付き合わせているだけなんです。」
中央区から逃げ延びる際に、紗矢は【ジェネシス・アーサー】の返り血を浴びてアーマーを真っ赤に染めている。
――ともすればそれは、【Ver.シグルド】と御揃いってなものである。
えーっと、なんと言ったか……。アベック?ペアリングならぬペアアーマーだ。
「逆でもあるんだよ。
僕の都合に付き合わせていることにもなるんだ。」
「違います。先輩の弱みに付け込んだあたしが、先輩の好意を利用しているんです」
「そっちこそ全然違うね。
3年間スターダスト・オンラインに閉じ込められた僕には、たとえ記憶を〈イチモツしゃぶしゃぶ〉から受け継いだところで、何に対しても実感なんて沸かなかった。
たとえば、中学の頃、クラス一毛嫌いしていた〈笹川宗次〉が僕の唯一無二の親友みたいなノリで話しかけてくるんだ。
違和感がヤバいだろ?
それに、姉さんや釧路、瀬川とも昔馴染みだけど、皆、変わってたよ。
天才だって周囲からちやほやされていた姉さんは、僕や他の皆の顔色を気にする人になってて、釧路は辛辣な言葉を吐いて笑みを浮かべるドSになってたし、瀬川は優秀すぎる元生徒会長と密かに付き合うドラマみたいな恋愛してた。
いつの間にか自分だけが取り残されているんだ。
だから、自分に在るものを必死になって探した。」
その不安を和らげてくれたのは、いち早くこちらの異変に気付いてくれた湯本紗矢だ。
「たどり着いたのは紗矢と同じ復讐心だったよ。
〈古崎徹〉のせいで僕はこんな目にあっている。
これは僕のダミーだった〈イチモツしゃぶしゃぶ〉の感情じゃないってハッキリ言える。
だから、僕は僕の都合にキミを付き合わせている。」
「そうですか、……”先輩も”。」
紗矢は一度目を閉じて、深く深呼吸した。
再び開く頃には、その瞳には強さが戻っていた。
「――なら、あたしが泣き言をいうわけにはいかないッスね」
口調もいつも通りの彼女に戻っていた。
こちらに礼をいって、彼女は離れてアーティラリー隊との通信を始める。
……そうだ。僕らにはやるべきことが残っている。それを果たす必要がある。
なのに、僕は何か取り返しのつかないことをしてしまったような気分になった。
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