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偽りの思考


「――――――はぁっ……。 今のは!」



 鼓動の音が一度大きく高鳴った。

 その音で叩き起こされた形で、いつの間にか[パーソナル・リザーブ]から元居た”強化屋”の廊下に戻ってきていた。

 これだけ動悸が激しくなるなら、ダメージによる人体への演出かもしれないと疑ってみたが、ライフゲージはまったく減っていない。


 あの場所で最後にみたのは【ジェネシス・アーサー】だった。



「俺はあいつに飲み込まれて……ッ」



 ”強化屋”の外を確認する。

 それだけであの巨体は視認することができたし、落ち着いて思考すればまだジェネシス・アーサーのコントロール権は自分にあることが把握できた。

 同時並行して進めていた、クリーチャー化したプレイヤー同士の殺し合いも続いている。


 これで相当の数を間引いた。

 しかも、痛覚効果が有効のままでその皮膚を切り裂き、腕を切断して、首をいだ。

 おそらくはV.B.W.(ヴァーチャル・ブレイン・ウーンズ)の影響でどいつもこいつも、現実世界で後遺症が残ってしまうだろう。

 

 例えばこういうストーリーはいかがだろうか?

 名門鳴無学院の天才たちには、非合法なスマートドラッグが流行ってた。

 それを服用しつづけたせいで、〈学院会〉の連中は錯乱状態に陥り、やがて意識不明の重体になる。

 なぁに、スターダスト・オンラインのアプリはあとで学校側のPCから生徒の端末を遠隔操作して消去すればいい。



「それは最高に愉快だ。 偽りの天才どもには最高の筋書きといえ……る?」



 あれ。



 俺は、どうしてこんなに無駄なことを考えているんだ?

 〈学院会〉のプレイヤーどもは利用できるから、残す必要があったのに、どうしてこんなに消してるんだ?

 


「ダメじゃんか……。

 殺せば、俺の神経系情報の解放がどんどん制限される。

 神に近しい全能感が失われてしまう。

 おかしい、ぞ。」



 ――そういえば、【スティングライフル・オルフェウス】はどこにいった?

 妙に緩慢な動きで”強化屋”の施術ルームへと移動する。

 

 そこでようやく疑問の答えに思い至る。

 

 ライフゲージが減っていない……?


 それはおかしい。

 俺は[パーソナル・リザーブ]に行く前、自身の手に構えたライフルを、肩部に向けて撃った。

 致命傷にはならずともダメージは通る。

 通らなければオルフェウスの効果は発揮されないのだから、ライフゲージは少なからず削られているはず。


 なのに、ゲージは満タンだ。



「……!?」



 この身体キャラクター、〈ヴィスカ〉のものじゃない。

 見た目は似ているし、着ているアーマーも【スレイプニーラビット】に四肢は似ているが偽物だ。

 

 明らかに、俺の視点をだますための策略――……。



 施術台には誰もいなかった。



「あいつ! どこへいきやがったァ!?」



 自力でオルフェウスの支配から抜け出したということか?

 それとも、俺が奴の身体から抜け出していた隙に奪われた?



「いやどれもありえない。」 



 [パーソナル・リザーブ]には〈ヴィスカ〉本人がいたじゃないか。

 それに、『スターダスト・オンライン』と[パーソナル・リザーブ]に居る間も、俺は確かに他のプレイヤーを支配していた。

 ”強化屋”の外にはここを見張る目はいくつもあったってことだ。

 身体が奪われる瞬間を俺が記憶していないのはおかしい。

 

 そうだ……なら、〈ヴィスカ〉のキャラクターはまだこの建物内にいる可能性がある。



「――ヒントは〈北見灯子〉が貴方を好きだったこと。

 第二ヒントは、私は貴方が憎くてたまらないこと。」



「あ――」



 背後にいた何者かに押される。

 膝裏を蹴られて床に這いつくばりそうになったが、推進器を使って無理やり身体を捻りあげ、相手から距離を取る。


 思った通り、そこにいたのは〈ヴィスカ〉だった。

 アーマーが半壊してパイロットの生身が曝されている。

 そんな状態でこちらのアーマーを蹴ったのだから、脚部にはヒビが入り、装甲が一部剥がれた。



「……どういう意味だ? なんで、お前が自由に動いている?


 オルフェウスを撃たれたプレイヤーは、自力で自身の身体に戻ることはできない。

 神経系情報が上書きされて、そもそもキャラクター自身への認証ができなくなるからだ。

 なのに、なぜおまえは俺の支配したキャラクターに戻ってきているんだ!?」



 装甲が剥がれた瞬間、彼女のアーマーは脚部の左足部分から崩壊して無残に床へ転がった。

 片足立ちを余儀なくされた彼女は、「あら・・・」と間抜けな声を出したあと、尻もちをつく。



「いたた……。 ヒントは出したよね?

 ――まぁ、考える気がないなら答えをいうけどさ。

 早い話が、貴方の神経系情報を逆に書き換えたんだよ。

 貴方が言ったその[パーソナル・リザーブ]ってところには、貴方自身の記憶や経験・過去を知ることができるビッグデータの塊があった。


 言い換えれば、〈古崎徹〉を形成する情報の集合体。


 あの”天窓”ね。

 ……〈北見灯子〉は天窓を過度に覗き込んで、意図的に自分の神経系情報を〈古崎徹〉と同種のものに置き換えてみせた。

 途方もない時間、貴方の過去を体験して、貴方を理解しようとしたんだと思う。


 だから、〈古崎徹〉の神経系情報を尊重して、貴方と共存することができた。

 今も、彼女は貴方の協力者としているみたいだしね。

 彼女なら、貴方の支配下でも〈古崎徹〉として他のキャラクターに認証されるから自由に動けるわけ。」



 ものぐさに彼女はもう片方の足も捥いでみせた。

 それを捨てて、彼女は笑みを浮かべる。



「嬉しいね。

 現実世界のほうは事故って両脚の感覚ないのにさ。この世界では感触も痛みも普通にあったから。



 ――でね。 私には到底、貴方を理解なんてできなかった。

 支配された殆どのプレイヤーもそう。 自分を陥れたヤツのことなんて知りたくもなかったから、〈北見灯子〉以外誰も天窓を覗くことはしなかった。


 一方でわたくしこと月谷唯花改め〈名無し〉は、貴方に嫌がらせがしたいと切に願ってた。

 だから、天窓の中身を濁してやったの。」



 対峙したヴィスカの表情が歪んだ。

 何度か見かけた〈ヴィスカ〉は、もう少し性格が甘いような印象をうけた。

 それに、つい先ほど[パーソナル・リザーブ]にて遭遇した時も、彼女はあえて説得という手段でこちらを――。


 いや、違う。彼女は別れ際に告げたじゃないか。あれは”警告”だ、と。


 今目の前にいる彼女は別人だ。



「濁しただと? あの天窓は俺自身の神経系情報だと、お前は謂ったばかりだろ。

 そんなことができるわけがない」



「ん、まぁ……私もいざ説明しろって言われると難しいんだよね。

 イチモツさんの意識を【モルドレッド】へ移動させたときとか、貴方や〈学院会〉のプレイヤーに受け続けた痛みから逃げるときとか。

 他人や自分の神経系情報に干渉するのってホントたまにしかできないんだけど、貴方のを弄るのはわりと容易くできたんだよね。


 例えば――、今〈学院会〉のプレイヤーに過度な殺し合いをさせているのは、私の意志ね。

 貴方はずっと、自分の意思でやっていると勘違いしてたみたいだけど。」



 

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