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最弱クリーチャーの冒険LV.3


 オークとか、ビッグフットとか、鬼とか。

 【グリム・キメラ(リンドー変異)】さんの見目は筋肉隆々な肉弾戦車じみた体型の人物だった。

 身体中の血管が浮き出て、脈拍を続けていて、それは顔中にも広がっていた。

 頬やコメカミにも太目の血管が通り、それらは彼の鼻や目のパーツを引っ張って全体的な顔のバランスを大きく歪めてしまっている。


 極めつけは前頭部に生えた2本のツノだ。

 ツノが隆起したことで毛髪が移動し、デコが極端に広くなってM字型を形成している。

 

 その姿は、たとえるなら怪物になっている途中の”人間”のようだった。



『貴方は誰? ”古崎徹”?』



 用心に越したことはない。

 古崎徹はキャラクターを乗っ取ってしまう能力がある。

 口調は全然違うけど、それもこちらを油断させる演技かも。

 


「あんな浮浪者と一緒にしねぇで欲しいな。

 オレたちゃぁ、自分の魂を大事にしてるが、あいつは自分から切り売りして他の器に分配している。

 ありゃあ、オレたちNPCにとっちゃ愚行もいいとこだ。」



 テディベアのように座り込んだ彼はそう告げるだけ、やっぱりこちらに害を加えようという気はないらしい。

 それよりも気になるワードがあった。



『NPCって? あなたも〈学院会〉なんでしょ?』



「……ん?

 あれ、てっきり〈イチモツ〉様の仲間かと早合点しちまった。

 ……困ったなぁ。

 極力、オレぁプレイヤーさんのプレイを邪魔したくはないんだが」



 グリム・キメラ(リンドー変異)さんは一度、ウンウンと唸り声をあげ、もう一度「そうだ」と話を再開する。



「嬢ちゃん、オレからのクエストを受ける気はねぇか?

 報酬はお手軽な能力強化手段、しかも前払いで提供してやる。

 代わりに〈古崎徹〉に囚われた”プレイヤー”二名の救出をお願いしたい。」



 ――おぉ~、クエスト、ゲームっぽい。確か、”お仕事”を指す言葉だったよね。


 内容が内容なだけに、〈古崎徹〉が操ってるキャラクターなんじゃないかという疑いが晴れていく。



『詳しく聞かせて。』



「あぁ。 ついさっきのことだがな、〈古崎徹〉は自分が操るキャラクターを厳選するために、プレイヤー同士に殺し合いをさせ始めた。

 だが殺し合いといっても”対決”じゃねぇんだ。 

 クリーチャー化したプレイヤーを倒せば、一方は経験値を得てステータスが強化できるし、更にクリーチャーとしてグレードアップした姿になることもできる。

 要は進化だ。


 〈古崎徹〉はステータスや進化後のアビリティを確認しながら、弱いクリーチャーを強いほうの餌にし始めた。

 しかもやっこさん、これから餌になる方の”乗っ取り”を解除して嬲るように殺しを楽しんでやがる。」



『酷い。マナー違反もいいところ、じゃあこの辺りにいたクリーチャーって全部……。』



「そういうこったぁな。 全員、経験値を捧げるために捨てられたプレイヤーばかりだ。」



 来た道を振り返ると、さっき【フォビドゥン・マン】が消滅したのと同じように柱のような光の粒子が天へと昇っていくのが見えた。

 ……波留さんはこのバトルロワイアルモードで殺されてもキャラロストはしないと言っていた。

 なのに、なんでこんなに後味が悪いのだろう。



「オレのガキ――じゃなくて、仲間がな、同じように〈古崎徹〉に操られちまってる。

 レン・ミストレイとリス・ミストレイっていう赤毛色の髪した兄妹だ。

 こっちの見立てじゃ、二人は厳選された側にいるみたいだが、いつやられるか分からねえ。

 ……せめてあの二人だけは、まだ生かしてやりてぇんだ。」



 「頼む……」、彼は肥大した身体の肉を押しのけてこちらに頭を下げた。

 


『話は分かったし、協力だってしたい。

 でも正直さ、あたしよりも――えっと……名前はリンドーさんでいいのかな――リンドーさんが戦ったほうがよくない?

 だってこっち、コレよ?』



 寝ころんで腹の裏を見せつつ、グレゴール・ザムザ並みの短い手足捌きを披露する。

 リンドーさんは確かに重傷を負っているが、何か回復アイテムでも探して動けるようになったほうが、その二人のプレイヤー救出の可能性は高まるだろう。



「悪ぃな、そいつぁ無理だ。

 オレはちょっとズルして生き残ってる身分さ、このまま放置すりゃすぐに消滅だ。

 他の奴が消えていってんのに、オレだけ平気なのはおかしいだろ?」



 ん……確かに。

 あたしが見た中で、生き残っていたプレイヤーは一人もいなかった。



『で、でもね。 いくら何でもこの芋虫モグラに頼むことじゃない気がするんだよ。』



「さっきも言ったろ? 前払いでそっちを強化してやるってよ」



 呻き声をあげながらリンドーはその場から立ち上がる。

 重々しい足取りは、本当にケガを負っているかのように苦しそうで、見ているこっちまで心配になってしまうほどだ。

 

 彼はあたしの前まで来ると、膝をついて首元を晒した。



「さぁ、存分にやっちまってくれ。

 なるべく迅速にな。 ……あとついでに優しく。」



『え、何やってるの?』



「?

 嬢ちゃんがオレを殺すんだよ。 そうすりゃあオレを倒した分の経験値がそっちに回る。」



 殺す? またあたしにプレイヤーを殺せと?

 一昨日、〈学院会〉のプレイヤーを五人キャラロストさせたみたいに?

 


『む、無理……。』



 あとずさりしようとしたあたしに対して、リンドーはやや強引にこちらの身体を包み込むようにして四つん這いになる。



「早くしろ。 

 どちらにせよ、もう嬢ちゃんには後がねえんだ。 

 嬢ちゃんがオレに会わず、そのまま中央区へ行ったなら何もできずに殺されていた。

 だが、オレに会ったおかげで――あるいはオレに会ったせいで――活路が生まれ、一方で引き返す道は途絶えた。

 何故ってそりゃあ、オレがロストしたと勘違いして放り出した〈古崎徹〉がすぐにこの場所へ確認しにくるからだ。」



 口調は荒々しく、脅迫じみた色もあった。



「オレが死ななきゃ、奴さんが欲しい経験値も手に入らねぇんだからな。

 そして嬢ちゃんは、オレの巻き添え喰らって追撃してきた古崎徹に遣られる。

 へへ、ジェル・ラットの身体じゃ遠くへはいけねぇからだ。

 

 それが嫌ならオレを殺して、逃げ遂せるか抵抗するかの手段を、ステータス強化と進化に見出す他ねぇんだ。

 わかるか? あぁん?」



 矢継ぎ早にリンドーは告げてくる。

 呼吸が荒いのはそういうロールプレイをしているせいだろうか、それとも本気で切羽詰まっている状況だからか。


 出来れば前者だと信じたかった。


 諦めて、ジェル・ラット唯一の攻撃アビリティである【廃棄ジェル噴射バーニア】の発動条件を確認する。



「すまねえな、嬢ちゃん。

 リスやレンに伝えてくれ。 オレは”ただのNPC”に戻るだろうが、設定上はいつまでもお前らの父だってな」



『……そんなの知らないよ。自分でいいなって。

 大丈夫、ロストしてもキャリバー・タウンの外に追い出されるだけだから。

 そしたら笹川ってプレイヤーを頼ってね。』



 重々しい空気になるのを避けて、平静を保ったフリをしながら告げる。

 そんなあたしに対して、リンドーは歪んだ顔で微笑みを浮かべた。



「あぁ。そうだな。プレイヤーなら……そうなるかもしれねぇ」





 数十秒後、リンドーは他と同じように光の粒子となって消えていった。


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