最弱クリーチャーの冒険LV.2
クリーチャーとしては比較的軽い【ジェル・ラット】の身体は、随分と風に流されたらしかった。
トマトを丸ごとひとつ床にぶちまけたような瑞瑞しい音を一瞬奏でて、身体は無事(?)に地面へと着地した。
多分、無事である。
気休めに生えた四肢はしっかり動くし、衝撃によるライフゲージへのダメージも微々たるもので済んでいる。
この身体を包んでいた膜液が落下のショックを全部食い止めてくれたようだ。
『おぉおぉぉお、生きてるー!!』
興奮気味に叫びだす。
ちょっとした全能感に酔いしれてしまうのは、実に今の体験がバーチャルリアリティさながらだと思えたから。
遊園地のジェットコースターとフリーフォールの折衷したアトラクションっぽくて楽しかった。あとウォータースライダーのフィニッシュ感もあった?
サーカスとかで撃ちだされるピエロよりも、遥かに高高度かつ高威力の人間大砲だったんじゃなかろうか?
いや、人間じゃなくて芋虫+モグラのクリーチャーですけども。
『ホント、こんな形じゃなければあたしはハマってた自身があるよ。 このVR。』
ロボットとかパワードスーツとか、SF的なものにはまったく興味ないけどね。
まして、波留さんには悪いけどモンスターパニック要素は苦手だし、某映画の「顔に張り付いて皮膚熔かしにくる化物」とかいまだにトラウマだから、見たら卒倒する自信がある――。
『■■■■■■■――!?!?』
無い耳をつんざくような奇声で膜液が震える。
即座にジェル・ラットのアビリティ【センシティブ・アトモスセンサー】が発動して、頭の中に独特の警告音が鳴り響く。
視界の一部が真っ赤に彩色され、直感でそれが”敵の来る方向”だと察することができた。
かといって華麗に避けられるほどの機動力は【ジェル・ラット】にはなく、またしても膜液による防御層を形成しつつ、緩慢にその場から離れた。
しばらくして奇声は近づき、やがて空に影が差したかと思うと、木の幹が上空から落下して辺り一面に木片をばらまいた。
『■■……■■…………ッ』
ゾッとするのは、その砕けた木片の一部には人間じみた顔面が付いていたことだ。
二つの瞳にピノキオのような鼻、動物が食い散らかしたように開いた穴は口元を表しているようだった。
その木片は呼吸しているかのようにわずかな上下運動を繰り返している。
奇声はその口元から発せられていたようだ。
今は叫ぶ力が残されていないのか、ひたすらか細くなり始めていた。
瞳がこちらを捉え、【ジェル・ラット】の姿を映し出す。
瞬間、木片は何かを訴えるかのように目を見開いた。
”まだそこにある”と思い込んで、その木片は身じろいでこちらに近づいてこようとしてきたが、一向に近づくことはなかった。
あたしもその姿に怖くなって、歩み寄ることができずにいた。
すぐに彼は力尽き、散らばった木片ごと、徐々に消滅していく。
その姿には見覚えがある。
『キャラロスト……』
芥に斬られた笹川も同じように消えていったのだ。
視界に表示された情報を見直すと、消える最中の木片にはしっかりと名前が記載されていた。
【フォビドゥン・マン】・プレイヤー名〈河辺正人〉……。
そっか、あたしと同じように〈学院会〉の人たちもクリーチャー化してるんだもんね。
同情して損した気分になる。
結局、昼の集会であたしたちがログインしないよう説得しても、彼はログインしてしまったってことだ。
『そんな目で見られても困るよ。 どうしてそうなったかは分からないけど、ちょっと自業自得でもあるんじゃない?』
虚ろな瞳は依然としてあたしのほうを向いていたが、やがてそれも消滅して、辺りには彼がいた形跡がなくなった。
後味の悪さを感じながら、河辺正人が飛んできた方へと歩を進めると、似たような光景が続いた。
変容したクリーチャーのバリエーションはそれほど豊富ではなく、殆どが【フォビドゥン・マン】という木の幹に包まれたクリーチャーばかりだった。
近づくにつれ、倒れたクリーチャーの亡骸は全て、中央区にて仰向けに横たわる人型兵器【キャリバーNX09】の上から放り投げられているのだとわかった。
プレイヤー以上の体躯がある【フォビドゥン・マン】を放ってしまう怪物なんて、思い当たる化物は1体しかいない。
ジェル・ラットの下向きな視界を精一杯振り上げて上空を眺めると、キャリバータウンを見下ろす【ジェネシス・アーサー】の姿があった。
【キャリバーNX09】に鎮座するその様子は、さながらファンタジー世界の魔王じみている。
「……あの浮浪者に興味があるのかい?」
奇声ではなく普通の人間の言葉で話しかけられ、思わず臨戦態勢に入る。
しかし振り向いた先には、プレイヤーと同じように化物へ転化した人型の”何か”だった。
名前は、【グリム・キメラ(リンドー変異)】。
……()って何よ?
「悪いことは謂わねぇ、”プレイヤー”ならここから即刻立ち去るべきだ。
”嬢ちゃん”には難しい。」
へんてこなクリーチャー名を持つ彼は、ジェル・ラットの姿であるあたしを見てそう告げた。




