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リミットオーバー

 ――――――――――――――都内某所、テナントビルの4階にて。


「片意地張らず助言の一つでもいうべきだ。 今回のテストプレイは確かに、デスペナルティとV.B.W.(バーチャルブレインウーンズ)の確認をするためのものだったが、それでも1、2回ほどライフゲージ切れで様子を見る程度を想定していた!

 VR上でのリアルな臨死体験がプレイヤーに与える負担は大きい。

 でも弟さん……路久くんは既に何十回と死を繰り返している。

 しかもライフゲージ切れではなく、”即死”レベルの死だぞ!?」



 諸は波留へと怒鳴り散らす。

 別に彼女だけに言っているわけではなく、このスタジオにいる開発メンバー、果ては会長に金魚のフン状態の石橋マネージャーにも伝えるためだ。

 なんだったら、スタジオ内に隠しカメラを忍ばせていると噂の会長本人にだって言っているつもりだった。

 諸の乱れ様に石橋は溜息をつく。

 


「私たちは口を出さない、そう約束したのはキミたちだ。守れよ」



「約束したのは俺じゃなくて、この社会不適合女です!」



 傍らの波留を指さすが、波留はゲーム内に設置された設置カメラを食い入るように眺めるだけだった。

 この状態の彼女はたとえ災害が起こってもこの場から動かないだろう……。


 天才とは人災だ。散々苦渋を舐めさせられた諸にはよくわかった。


 だが、自分の前言くらい貫け、と頭をひっぱたきたくなった。

 そしてなにより、危うくもあるのだ。

 自分の弟が危険な目にあっているのに、それすら彼女は糧にしようとしている。

 それは、本当の本当に人災が起こり得る案件だ。 

 もちろん、誰に対してもやってはいけないが。



「このままじゃ、俺たちのつくったゲームがプレイヤーを不幸にするぞ? 皆、それで本当にいいのか!?」


「いい加減にしろよ。波留ならまだしも、坂城、お前がどうこう決められることはない。

 それに、VRゲームは他にも過激な作品はいくらでもある。 だが目立った事故は一つだって起こってはいない。大げさなんだよ、君は」



「そりゃあ、身体が溶ける感覚を再現したゲームの前例なんて他にないでしょうよぉ!」



 全体に訴えかけていた諸の発言はやがて、彼の上司にあたる石橋へと集中していく。

 互いに睨みあい、言葉が悪くなっていく。

 そんな時だった。



「ィィィイイッヤッホォォォオオォオオォォオオオォ!!」



 モニターを見入っていた波留が声をあげた。

 万歳した勢いで座っていたオフィスチェアがくるくると回り、彼女は慣性で近くのデスクの角に後頭部を激突させる。

 しかし僅かな悲鳴が漏れたが、そんなことお構いなしといった風貌で波留は辺りをキョロキョロと眺めた。

 まるで今生まれたばかりといった様子で付近を確認し、口論している諸を見つけ出すと、彼女は彼へと抱き着いた。


 

「な、な、なんだいきなり!?」



「坂城開発幕僚、我が弟の【Result OS】破壊を確認!!」



 波留は仰々しいセリフ口調だったが、彼女の表情は満面の笑みを浮かべていた。

 彼女が告げた事実に、坂城諸までも身体中が沸騰しそうになるくらいの血の脈動を感じた。

 石橋を説得・説教するために用意した頭の中のセリフは消え去り、彼も思わず破顔した。



「ま、ま、マジかぁぁぁ!? 悪名高い初心者応援用カスタムパーツ【Result OS】が破壊されたって……ん、破壊?」


「それが傑作でねっ。

 ロクの奴、自分の頭を手刀で殴って無理やりカスタムパーツを外したんだ。」


「流石弟さん、姉と同じでぶっとんでるなぁ。カスタムパーツなんてメニュー開けば外せるのに」


「わははっ、だってあたしたち、ロクに操作方法教えてないもの」


「それもそうだな!はははははは」



 片や先ほどまで黙り込んで画面を見つめていた女、片や今しがた口論となっていた男、そんな二人が唐突に笑みを浮かべて抱き合っている。

 その目まぐるしい状況の変化に追いつけていない自分に、石橋は焦燥感を覚える。



「戸鐘っ、【Result OS】とはなんだ?」



 石橋の問いに答えたのは得意げにほくそ笑んだ波留だった。



「【Result OS】、名前の通りゲーム内戦術スーツ・リザルターアーマーの制御機能を操作してくれるオペレーションシステムです。

 これがあるおかげで、プレイヤーは推進器やバランサーに対する特別な操作もなく感覚的にアーマーを使役することができるようになります。

 もし【Result OS】なしでアーマーを動かそうとしたら、練習もロクにしていないプレイヤーは推進剤で前進することも困難になってしまうでしょう。」



「つまりサポートアイテムか。じゃあどうして君らはそこまで喜んでいる?」

 


「そんなの当たり前じゃないですかっ♪

 当初、あたしたちは【Result OS】無しのプレイを想定してこのゲームをつくっていました。 けど、テストプレイを重ねる度に操作の敷居は高くなり過ぎてしまいました。

 航空機のパイロットやF1レーサーのセンシティブが必要になってしまうゲームじゃ誰も遊んでくれません。 そのための【Result OS】です。

 ――でもそれは同時に、あたしたちが用意したゲーム要素を制限するという意味にもなります。

 ロクはその枷を壊したんです。 手動操作マニピュレートの必要性を感じて。

 プレイヤーのリクエストに応えられるなんて、これ以上に嬉しいことはないです」



「……何をいってるかさっぱりわからないぞ! おい、戸鐘。まだ説明は――」


 石橋への説明もほどほどに、いつの間にか、スタジオの面々が波留の眺めていたモニターへ集まり始めていた。

 波留は流暢にこれまでの経緯を話し、まるで劇場のストーリーテラーがごとくこの先の展開がどうなるか、観衆を呷っていた。



「さぁ、ロク! あたしたちの作ったリザルターアーマーの凄さを、バカ孫にみせつけてやれ!」






 ――【サウスオーバー地区 月面軍事サイロ基地 ムーンポッド 第十七階層】。



「なにこれ無理ゲーすぎる」



 獰猛な【エルド・アーサー】も僕の動きにタジタジといった様子で観察している。

 奴にプログラムされた優秀過ぎるAIが「警戒しろ」と告げているのかもしれない。


 けどそれは杞憂だった。


 なぜなら、背部スラスターの勢いがコントロールできずに頭をガラス防壁にこすりつけて進む僕には微塵もそんな余裕がなかったからだ。


 改めて【Result OS】のありがたみに気づいてしまう。ほんの10秒前にそれを破壊した僕を殴りつけたい気持ちでいっぱいだ。

 この手動操作、背部スラスターで前進することすら危うい。

 推進剤の使用率が背部スラスターに回されたことでスピードは飛躍的に上昇したのはわかる。

 これであの少女が宙に浮いて移動した理由だって説明はついたが、代わりに姿勢を維持することができない。

 【Result OS】は僕の意識していないタイミングで、密かに姿勢制御のバーニアを展開させて起立状態を保っていたのだ。


 やがて自分で空けた頭部アーマーの傷が、ガラス防壁のちょっとした窪みにひっかかって始点力点作用点の要領で宙に吹っ飛ぶ。


 ある意味、しっかり時間は稼いでいるが、この状態を【エルドアーサー】が静観しているわけがない。


 案の定、【エルド・アーサー】も僕の高度に合わせて跳躍する。

 

 それでもやれることは試してみたい。


 眼前に迫った【エルド・アーサー】に向けて、ビームなしのコーティングソードを突き立てる。

 もちろん刃先は通らないだろう。

 だが、【Result OS】による出力制限がない今なら――。


 なけなしの集中力を振り絞って、あの少女と同じ動きを思い描きながら各部バーニアと背部スラスターを使用する。

 投げ出された身体を正位置に戻すために腕部と脚部のバーニアから噴射させる。

 

 ――安定した! でもっ。


 【エルド・アーサー】の左腕が大きく振りかぶった。


 ハエでも叩き伏せるかのように、僕を墜落させる気だろうが……当たってたまるか!


 背部スラスターはあくまでも敵側左脇に抜けるよう進行させる。

 そして、すべての各部制御バーニアはありったけを左方へ向ける。


 奴の巨腕はこちらを包み込むように4本の指を広げて、頭上から振り下ろされた。



「回避と攻撃動作を一挙に……曲がれッ」



 全身にかかるGと背部の推進力で身体がアーマーごとひしゃげそうになる。

 けれど【エルド・アーサー】の左腕は横に逸れ、黒タールの肌を伝うようにして僕の身体はその巨躯の背後へと抜けていた。


 振り向く刹那すら愛おしい!


 コーティングソードを逆手に返して、背部スラスターの推進力を急激に弱める。

 そしてフロント・脚部・腕部、あらゆる制御バーニアを起動させて、急速転回し、【エルドアーサー】の背部へコーティングソードを突き立てた。


 想定通り刃は通らなかったが、柄を強く握りこむことで剣は光を纏い始める。



「堕ちろ!」



 刃が高エネルギーを発し、【エルド・アーサー】の皮膚を燃やし溶かす。

 出来る限りの腕力で深々と差し込む。


 さもなくば……。


 突如、剣は眩い光を弱めて普通の鉄塊に戻ってしまった。


 ビームコーティングソードの出力に僕のリザルターアーマーが見合ってないのだ。

 すぐさまエネルギーを使い果たしてしまった。

 


「それにしたって、トールと比べて短すぎる……」



 あいつのアーマー、僕の肩に突き刺さったままビーム流してたぞ。


 ……。


 ビームのエネルギー供給が追い付かず、焼き切れたジェネレーターはやがてスラスターにまで影響した。

 身体が脱力して落下する。

 【エルドアーサー】もまた、咆哮をあげたのちに態勢を崩したまま降下をはじめる。


 ふいに見えた推進剤の残光が目の前に見えた。

 たしかな曲線があの少女と同じ軌道を描いたのだと分からせてくれた。



 しかし、まだおわりじゃない。作戦はここからだ。



「今だ!【王の権威】を発動させろ!!」



 僕がトールに叫んだ瞬間、何度も苦汁を舐めさせられた磁場発生機能が発動する。


 自身の重量が上昇していくのを感じる。それに応じて落下速度も上昇する。


 だが、この影響を受けるのは僕だけではなかった。

 体勢が崩れながらも器用に立て直そうとしていた【エルド・アーサー】もまた、その急激な重みに対応しきれず、腹部を天井に向けて戸惑っている様子だ。


 トールのいる地上に近づけば近づくほどに、重力は増していく。

 

 そしてしばらくして、僕と【エルド・アーサー】はガラス防壁へと衝突した。

 

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