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最弱クリーチャーの冒険LV.1


 現実世界の彼女――月谷唯花がまだ死んでいない。

 その事実に心から嬉しいと思えた自分が誇らしかった。

 ……それだけで十分。

 今は『スターダスト・オンライン』に独りで佇む自分を想像する前に、彼女を古崎徹から救出するための算段を立てるべき時だ。



「お話中すみません。けど、私の話を優先させてほしいです!」



 破損したアーマーの応急処置が済んだ〈プシ猫〉が小走りでこちらへ駆けてくる。



「ユニが消えました! さっきあのバカに体当たりして、物陰に隠れたところまでは確認したですが……どこにも。

 ボイスチャットで呼びかけているですが、その応答もありませんっ」



「そんな馬鹿な! 【ジェル・ラット】の身体だろ? 

 あの芋虫みたいな体型でそう遠くにはいけないはずだ。」



 頭を振って辺りを確認する〈リヴェンサー〉と〈プシ猫〉。

 一方で僕はイマイチ状況が掴み切れていなかった。 瀬川遊丹の話題なのに【ジェル・ラット】の名が出てきたことに若干困惑する。


 他方、〈HALⅡ〉はすぐさま状況を察したらしく、路地裏の端にしゃがみこんで一つの手がかりを指さした。



「……もしかしたら、〈ロク〉と一緒に……」



 彼女が差した指の先には、地面に点々と垂れた粘性の高い液体の跡だった。

 その液体はとある別の足跡と一緒の位置で途切れている。



『これ。ロクが跳躍した時にできた足跡だ……。』



「ということは、ユニは〈ロク〉に張り付いて飛んでいったってことですか?」



 〈プシ猫〉が不安げに零した問いに、〈HALⅡ〉は神妙な面持ちで頷いた。



             ☆



『ぬぐぉおぉおおぉおおぉおお!?!?!?

 ――その頑張りに免じて助け舟出してやったってのに! あたしを振り落とすとは何事じゃぁああぁああぁああああ!!』



 遥か上空、宙に浮いた足場を駆るようにしてプレイヤー名〈ロク〉は加速していく。

 彼の目的は、あのバカでかい怪物【ジェネシス・アーサー】へと乗り移ることだ。


 決して、現在進行形で落下している【ジェル・ラット】――”瀬川遊丹あたし”の救出ではない。


 そりゃあ、あのデカい化物と彼の会話を盗み聞きしていたあたしが悪かったけども!

 落下死なんてあんまりだ。

 


『あ、でもキャラロスト自体はしないんだもんね。 むしろ、ジェル・ラットの身体から解放されてラッキーかもしれない?』



 ……ってそれじゃあ敵にカスタムパーツ提供したバカじゃん。

 元々、ナナが奪われたバックパックを取り返そうと〈ロク〉に張り付いたのに、あの【ジェネシス・アーサー】とかいう喋るクリーチャーと、〈ロク〉の会話にほだされて、ジェル・ラットの膜液に付着してたカスタムパーツを渡しちゃうとか。


 本当に単なる足手まといじゃんかぁ。



『でも、無理。 大切な人のために必死になってる人を邪魔なんかできないって。』


 

 ……うん、無理無理。

 潔く落下死して笹川のプレイヤー救出に協力しよう。


 自問自答で結論に至り、落下の衝撃に備えようと瞳を閉じようとした瞬間だった。



『え、なにっ!?』



 宙を舞う飛沫として【ジェル・ラット】の膜液に付着した何かがあった。

 腹筋運動する要領で下腹部を近づけると、それは赤々と染まった血痕だった。



『あぁ、ちょっとやめてよ……。しかもその方向ってアイツがいった方じゃん。』



 ナナや芥を圧倒した強さがある〈ロク〉を心配したところで、どうせ杞憂に終わるだろうし、仮にこの血痕があいつのだとして、ピンチの彼を救い出せるわけがない。

 けれど……けれども……気になってしまう。



 今、戸鐘路久が抱いている不安というものが、あたしには理解できる気がする。

 『スターダスト・オンライン』に長期間閉じ込められ、現実世界に置いてけぼりにされていたのは、瀬川遊丹あたしもおんなじだからだ。



『自分のことばっかに注意が向きすぎちゃってるんだよ、あいつもあたしも。

 だから必要以上に惨めを感じちゃうんでしょうがっ』


 

 【ジェル・ラット】の体重自体が軽いせいか、幸い、落下までにはまだ足掻ける時間がある。


 たどたどしい操作と自覚しながらもメニュー画面を開いてステータスを確認する。

 表示された【ジェル・ラット】の体型図には、動作部位に対応して各種保有アビリティの説明があった。


 うん、さっぱりわからん。

 横文字が並びすぎて、普段ゲームをしない頭が一瞬で悲鳴をあげている。


 えーっと、《【センシティブアトモスセンサー】は大気の流れを読んでいち早く敵の接近を知ることができます(リザルターアーマーに搭載されたセンサーのおよそ1.5倍の性能)》。

 これは今つかえるものじゃない。


 次、《【廃棄ジェル噴射バーニア】は膜液を消費して遠距離攻撃を行います。過度に使い過ぎると【ジェル・ラット】の特性や防御性能が減衰します(威力は【10mm徹甲マシンガン】と同等)》。


 ん~……攻撃手段もいらないんだよね。

 一瞬、「バックパックを奪おうとしたロクに使っておけばよかった」とか思ったけど、威力が初期兵装のマシンガンと同等じゃどちらにせよ無理。



『なら。これならどう!?』



 表示されたアビリティの残りを選ぶ。

 《【ジェルパット・アブソーバー】はジェル・ラットの膜液を一部に集約して衝撃の緩衝材とし、膜液の量に応じてダメージをカットします。》



 まさしく落下死しそうなあたしにピッタリなアビリティ!



『【ジェルパット・アブソーバー】発動!』



 ジェル・ラットのモグラ体型をひたすら丸めながら、自分の視界の目の前へと沈殿していく体液の流動を確認する。

 どうやらしっかりとアビリティは発動したらしい。

 

 今度こそ、瞳を閉じて落下の衝撃に備えた。





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