蟲毒じみた殺し合い
☆
キャリバータウン・中央区”強化屋”内。
「っ、はぁ……。
この傷、痛みはリアルなわりにまるで現実感がないな。」
もちろん、現実で銃火器に撃たれたことはない。
ましてやリザルターアーマーが扱う兵装の大口径弾を喰らったことなんて言わずもがな。
けれど激痛特有のふと和らぐインターバルのようなものがなく、この傷はずっと一定の痛みを訴えている。
古崎徹は手術台へと仰向けに寝転がると、アーマーの破損した箇所へ触れた。
左肩には鉄を抉った弾痕が残っている。
さっき【軽量型対空砲 ヴィジランテ】に撃たれたときの傷だった。
別段危機感は襲ってこない。
これは〈古崎徹〉のプレイヤーキャラクターではなく、月谷唯花こと〈ヴィスカ〉という少女のものだ。
キャラロストしたところで困るのは彼女であり、行き場を失った神経系情報の”亡霊”がどうなるかも楽しみではある。
惜しいのは、この少女のアーマー【スレイプニーラビット】の使い勝手が、総勢53名のプレイヤーを支配下においた今であっても群を抜いていることだ。
〈学院会〉に所属するプレイヤーは、その殆どがバトルロワイアルモード(Dust to Dust)の影響でクリーチャー化しており、支配下においても人間と同じように運用することが難しいので、人型のままである〈ヴィスカ〉のキャラクターが動かしやすいのは当然といえば当然かもしれない。
「このアーマーの装甲がこんなにも薄かったなんて。
爆発的な初速を生み出せるのはこれも理由の一つか。
まぁ、今更だな……グ……」
止むことがない激痛に喘ぐ。
『スターダスト・オンライン』は本来、VRゲームとしての痛覚設定は無効化されている。
しかし、ゲームとプレイヤーを繋ぐ医療機器・M.N.C.(マス・ナーブ・コンバータ)にはよりリアルなリハビリテーションプログラムを患者へ提供するために、患部に合わせた痛覚レベルを設定できるシステムがある。
この激痛の正体もそのシステムを介したものだ。
古崎徹は、現在進行形でそのシステムの解析を行っている。
ゲーム内空間からゲーム外空間――M.N.C.へアクセスすることは、一種のデバックコマンドの発見しかありえない。
唯一辿れるM.N.C.へのルートは、〈北見灯子〉や他の支配されたプレイヤーが行きついた亜空間である。
灯子はその場所を[パーソナル・リザーブ]と称していた。
彼女の話によれば、そこで〈古崎徹〉の個人情報・あるいは記憶・あるいは経験を追体験することで〈北見灯子〉の神経系情報と〈古崎徹〉の神経系情報を合致することに成功したらしい。
――つまり、俺と同化したそうだ。
「メンヘラ極まれり……と吐き捨てられないほどに、証拠は揃い過ぎているな。」
彼女は現に俺のキャラクターを乗っ取り、さも当然のごとくこちらが支配したキャラを共有財産がごとく使っている。
そのカラクリを探るには、[パーソナル・リザーブ]という場所にいく必要があった。
古崎徹はメニュー画面を開くと一つの兵装を選んで装備する。
【スティングライフル・オルフェウス】は一見すればボウガンのような見目をしている。
装填された巨大なニードル型の弾丸は、被弾した相手の神経系情報を〈古崎徹〉のものに書き換える効果を持つ。
これを使うことで、神経系情報を個人の特定に使用しているスターダスト・オンラインのシステムに則り、キャラクターの所有権は〈古崎徹〉へと譲渡されるという仕組みだ。
「なら、オルフェウスで撃ちだす弾丸を、こっちに切り替えたらどうなる?」
銃器に装填された弾を排出し、別の弾を再装填する。
木馬太一こと〈オフィサー〉が瀬川遊丹及び、〈リヴェンサー〉を追い詰めるために使った【チャフ・グレムビー】というクリーチャーの毒針である。
こちらは神経系情報を一時的に”【チャフ・グレムビー】の仲間”として書き換える効果がある。一方で〈古崎徹〉自身に書き換えてしまう能力は持ちえない。
――これを、現在支配下にある〈ヴィスカ〉に撃ち込めば、この身体に入った俺の精神は追い出され、くだんの[パーソナル・リザーブ]とやらに連れて行ってもらえるかもしれない。
「この痛みにも解放されておきたい……くっ」
自分へ向けて弾を撃つ準備はできた。
だがその前に、この激痛の中で確認しておかねばならないことがあった。
『XXXXXXXXXXXX――!!??』
不意に叫び声が聞こえてきた。
手術台から身を起こし、窓辺から外の状況を確認する。
そこではクリーチャー同士の殺し合いが行われていた。
人語ではない断末魔が飛び交っている。
……やむを得ない。
俺とのリンクは解除してあげたのに、システム側から〈古崎徹〉として認識されてしまっているプレイヤーは、今もなお、俺と同じように痛覚効果が有効になっている。
クリーチャーの身分でも身体を貫かれたり、八つ裂きにされたり、燃やし尽くされては悲鳴くらいあげたくなるだろう。
それくらいは許そう。
これも仮説だが、一度俺が支配したプレイヤーは、たとえ支配が解除されたとしても〈北見灯子〉と同じように、システム側からは”俺”として認識されてしまうのかもしれない。
故に、痛覚設定が有効のままになっている。
そんな中でクリーチャーやNPC同士の”蟲毒”じみた殺し合いに追いやられてるのだから残酷だ。
クリーチャー化したプレイヤーは、他のプレイヤーを倒すことで自身の能力を大幅に上昇させることができた。
例えば、樹皮を纏った【フォビドゥン・マン】は2人ほどの別プレイヤーを殺させたことで進化し、その身体は枯れた樹木から立派な大樹じみた様相になった。
自由な形状に変えることができる木の根を地面から隆起させて、敵を攻撃することも可能。
彼は【フォビドゥン・マン・ネビュラ】という名称になり、ゲーム内の扱いでいえば上級クリーチャーだ。
――当然、彼を倒せば手には入る経験値とスキルポイントも高い。
『■■■■■■■■■■■――!!!!』
再び金切り音のような化物の悲鳴が轟く。
たった今、彼は少女と少年のキャラクターに殺されてしまった。
【フォビドゥン・マン・ネビュラ】の身体で彼はよく頑張ったと思う。
しかしながら、リザルターアーマーを装着している二人には敵わなかった。
「まぁ、……あの二人を操作してんのは俺だから出来レースなんだけどな」
クリーチャーを倒したことで、多くのスキルポイントが”元”NPCである二人にも割り振られたようだった。
”強化屋”にて強化を施せば、彼らもまたバトルロワイアルモードの影響dクリーチャーに生まれ変わるだろう。
「楽しみ、だ。 リス・ミストレイ、レン・ミストレイ」
戸鐘路久が大事にしてたNPCだもんな。




