守られる人たち
「北見、その傷……」
平静を装っているのか、至っていつもの冷めた声音で〈北見灯子〉は話しかけてくる。
だが、彼女が装着しているアーマーは満身創痍を絵に描いたような姿だった。
ここにいる連中は皆、バトルロワイアルモードを脱落した者ばかりだ。
ダメージは基本的に、”致命傷以外”は引き継がれるペナルティが存在する。
俺は、ゲーム開発者である〈HALⅡ〉さんからの助言で、首を切り落とされて脱落した。
つまり、致命傷のみを喰らっただけなので、アーマーはほぼ全快。
こうして最初からアーマーで駆ることができた。
それを鑑みて、彼女の傷は相当なものだ。
前面の装甲には黒焦げの火傷痕が残り、いくつか弾痕まで見受けられるし、側面部は鉄球にあてられたかのように大きくへこみ、関節部は小さな稲妻を走らせ、金属の擦れる嫌な音を彼女が微動だにするたびに響かせている。
死ぬ直前まで痛めつけられたのかもしれない。
「古崎にされたのか?」
開口一番に聞いておいて思わず「しまった」と口をついて叫んでしまいそうになる。
昨日、古崎徹を非難して怒鳴られたばかりだというのに、またしても余計な逆鱗に触れたかもしれない。
そう思ったが、彼女は普通だった。
「――そう。 しつこく迫っちゃったせいで、愛想尽かされたみたいね。」
北見は古崎のことが好きで、それで振られたってことでいいのだろうか。
彼女の表情が読めない。
確かに普段からサバサバしているせいで、昨日の時以外そこまで感情の起伏を彼女から感じたことはない。
けれど、今目の前にいる彼女は他のプレイヤーよりも虚ろな、まるで幽霊のような印象を受けた。
「それよりも」
彼女は他の避難したプレイヤーを一度だけ省みたあと、こちらに耳打ちするように顔を近づけてくる。
胸が高鳴ってくる。
昨日キツく責められたことが完全にトラウマになっていた。
ひっぱたかれるのではと勘繰って思わず、一歩後ずさる。
「聞いてほしいことがあって。
誰に相談したらいいかわからなくて、聞いてみたら”笹川だけには言うな”って皆言ったんだけど」
「『言うな』って言われてるのに言うのか?」
「徹に酷いことされて、笹川が言ってたこと正しいってわかったから、信頼している。
……ここまで逃げてくる途中でプレイヤーを二人見たんだ。
大きなモンスターに襲われてて、キャリバー・タウンから逆側に逃げてくの。
あたしも怖くなって、自分だけ助かろうと二人から別方向に逃げて、ここには偶然来ることができたんだ。」
「な! どうして早く言わないんだよ!?
言うなって、そんなことしたら襲われてる二人がやられる!」
「でも……皆に口止めされてたから――」
北見が申し訳なさそうに顔を俯かせる。
それを庇うかのように、避難したプレイヤーから声があがった。
「街の逆側に行ったんだ!
北見さんの話し聞いてれば、襲ってたモンスターって、チュートリアルで一度戦った【モルドレッド】って敵だよ。
もうとっくにキャラロストしてるに決まってる。」
「モルドレッドっ? 本当か?」
「多分。
あたしや〈学院会〉の皆が見たことあるモンスターって限られているから、多分、見間違いじゃないと思う。」
【モルドレッド】だって?
なんてタイミングの悪いときに出現するんだ。
……ダメだ。考えるな。考えれば考えるほど、足を止める理由ばかり思いつくのだから。
「――行ってくる。まだ間に合うかもしれねぇし」
彼女だけにそう告げたつもりだったが、今度は避難したプレイヤー全員から一斉にバッシングの声があがった。
「行くなよ、笹川!
キャリバー・タウンの近辺ならともかく、お前が救助に言ったら、俺たちはどうなるんだ?
もしこっちにも【モルドレッド】みたいなのが出てきたら、絶対やられちまうよ。」
「そうだよ。そっちの都合で私たちを避難させたんじゃん。 なのに今更見捨てるの?」
「お前はロストしても痛くもかゆくもないかもしれないが、俺たちは必死なんだよ!
風紀隊!頼むからここに残って守ってくれ!」
……こいつら。
風紀隊に守られる〈学院会〉の構図に毒され過ぎてる。
『スターダスト・オンライン』のV.B.W.といい、風紀隊に縋りつく性根といい……自分たちが他人ありきの綱渡りな生活しているって不安はないのだろうか。
俺が言えた義理はないかもしれないが。
それに、確かに彼らの言う通りでもある。
仮に【モルドレッド】レベルのクリーチャーがこの避難地点へ現れたら、次世代アーマー持ちの俺以外じゃまともに太刀打ちはできないだろう。
ならどうすりゃあいい……。
「――なら皆で行こうよ。
おかしいじゃん、笹川ばっかに頼ってさ。
少しはあたしらも足手まといにならないよう、協力すべきでしょ?」
彼らの声に反論したのは北見だった。
鼻にかかったハスキーな声は少々威圧感をもって他のプレイヤーに伝わったようだった。
一瞬だけ皆が沈黙し、それぞれの顔色を窺っている。
「……しっかり協力しないとね。」
北見はそうつぶやくと、一度こちらに小首をかしげてみせた。




