雷は糸を辿って、
「っひあ!」
彼女が悲鳴をあげる。
降ってきた【ジェネシス・アーサー】の左腕は、湯本紗矢に命中することなく力なくその場へ落ち込む。
破損した装甲が外れ、肉片が飛び散ってあたりが赤黒い体液に満たされる。
切断されてもなお筋繊維が脈動を続ける左腕は、何度か屈強な5本の鉤爪を開閉させている。
折れて破損した【オーバーロード・ソルティ】の刀身を余熱のみでその右腕に突き刺し、今度こそ動かなくなったところを確認する。
「先輩っ。 無事ッスか?」
「平気。遅れてごめん。
そっちはダメージないか?」
「っ。亡霊部隊が古崎徹にやられました。
アサルター隊は軽微、スカウト隊も北側の警備にあたらせていた隊員がほぼ壊滅ッス。」
彼女は矢継ぎ早に告げてくる。
部隊の状況も気になるが、どちらかといえば僕の心配は声を震わせている彼女自身にあったのだが……。
彼女を宥めつつ、周囲の把握に努める。
【ジェネシス・アーサー】の登場があっても亡霊部隊はそれほど取り乱していないようだった。
けれど、愚直に迎撃を行ってしまうのはこちらとしてもよろしくない。
下手にヘイトが溜まれば、彼らが犠牲になってしまう。
いやむしろ、彼らは湯本紗矢に注意が向かないよう、殊更闇雲な射撃に務めているのかもしれない。
「アーティラリー(支援砲撃隊)隊は既に次点へ避難を開始し、……あ、今ポイントBに到達したみたいッス。」
「よし、ならここは即放棄!
ポイントBからアーティラリー隊にこの場所を狙わせよう。
小規模焦土作戦だ。」
「……すみません。
先輩、〈古崎徹〉に他の〈学院会〉プレイヤーが人質に取られています。」
「え、人質って……、どういう」
日常生活ではまず聞かないであろうワードが出てきて、逃走経路を考えるのに夢中になっていた思考が一瞬、我に帰る。
そのおかげか、側面から迫る飛翔体に気づくことができた。
「危ないっ!!」
僕らの脇を抜けた飛翔体にはワイヤーが付随しており、地面に突き刺さっていた楔のような何かへと巻き付いたかと思うと、そこを起点に更にこちらの後方へと回り込んでいく。
「――先輩、これでワイヤーを!」
何かを察しているらしい紗矢が自身の持っていたサブ兵装、【ビームコーティングナイフ】を投げ渡してくる。
理由を確認するまでもなく、僕は彼女に言われたとおり、脇へ張られたワイヤーを一気に切断する。
だが。
「あぁあぁ、お前らはあとで構わない!
けどな、その邪魔くさいでくの坊どもは一掃させてもらうぞ!
【有線式アンカーボルト】専用アルゴリズム《パースウェブ》発動!
【アリアドネ】の雷針へと出力オーバーフロウ!!」
掠れた少女の邪悪な声音が轟く。
声がしたほうを見ると、そこには自前のアーマーから複数のワイヤーを射出した〈ヴィスカ〉の姿があった。
まるで痛みがあるかのように、左腕を抑えながら、彼は彼方へ慟哭する。
「邪魔すんじゃねえ! 【アリアドネ】使うんだったらさ、殺傷レベルの威力出さなきゃ意味ないだろうが。」
〈ヴィスカ?〉が射出したワイヤーは、僕ら二人にしたのと同じように、前線にて【ジェネシス・アーサー】に射撃するアサルター隊の脇を抜け、各位置に設置された楔を支点に軌道を変えて、隊員を取り囲むように張り巡らされていく。
「――そうだ。
あの楔みたいな装置、たしか3年前に〈名無し〉が使っていた兵装だ。」
「アサルター隊、総員そこから移動して!!」
名称は【アリアドネ】、有効範囲内に撃ち込んだ雷針へとアーマー背部のジェネレーターから稲妻を伝わせる。
そして、その雷針と使用者の間にいる相手に高速の雷撃ダメージを与える。
つまり、叫んで命令を出した紗矢がいち早く察したのは、このワイヤーがまた電撃を通す媒体になるかもしれないということ……。
味方を救おうと、彼女が推進器の加速を使う前にその腕を取る。
「だとしたら、――ダメだ!」
僕はアレの威力を知っている。
彼らアサルター隊が装着する初期型アーマーでは、防ぎきることができない。
3年前の僕は装備していた兵装が偶然発動したことで助かっただけだ。
しかも、あの時の〈名無し〉は手加減していたのだと後から知らされた。
「っやめて!!!!」
湯本紗矢の叫びが、雷鳴と幾重の紙が破けた騒音にかき消される。
彼女を庇ってこちらもスラスター全開にしながら、【アリアドネ】の起こした雷から離れる。
しかし、それでもまったく影響がないわけではなかった。
当たっている感触はなくとも、背部を曝け出したせいで、背部スラスターの一部に雷撃が直撃し、けたたましい警告音声がアーマー内に鳴り響く。
「先輩、離して! ”もう関係ない人まで巻き込んだの”! 仲間まで見捨てたら、今度こそ何もなくなっちゃう!」
「大丈夫だ! バトルロワイアルのルールなら、彼らはまだキャラロストされたりしない。 〈古崎徹〉の戦力は僕も、キミも見た。
勝機は必ずあるから、今は退くんだ。」
取り乱す彼女を、次世代アーマーの出力差で無理やり抑え込んでその場を離れさせる。
今この瞬間ほど、自分が【Ver.シグルド】を装着していてよかったと思ったことはない。
雷撃が収まり、電気を伝える媒体としての役割を終えたワイヤーが、真っ赤に燃焼して宙を舞い、落下するのが見えた。
ワイヤーが落ち込んだ先には、十数人ものアサルター隊全員が横たわる姿を確認できる。
けれど攻撃はそれでは収まらない。
紗矢の感情を逆なでるかのように、【ジェネシス・アーサー】はその背に取り付けられたガトリングの兵装で銃撃を開始する。
彼らが助からないことは、火を見るよりも明らかだった。
「――――――。」
声にならない呻きをあげて紗矢が身じろぐことをやめる。
彼女がここまで取り乱すほどの何かが、僕の居ない間に起こったのだ。




