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自由の代償

 


 落ち着け、結局のところ僕にとっての状況はそこまで変わっていない。

 一発くらえば死ぬ。攻撃を喰らわねば生き残れるということでもある。


 うん、言い換えても全然ポジティブな意味にならない。

 

 けれど今までの戦闘によって感覚は研ぎ澄まされている気はする。

 主観がステータスにプラスされるのか? 答えはNOだ。


 20mほどの巨躯をほこる【エルド・アーサー】は四足で駆けるバケモノだ。

 僕は現在、このクリーチャーと円形闘技場さながらの空間で対峙している。

 

 ミサイル発射用に確保された空洞、そこに蓋をする形で張り巡らされた一面の防壁ガラス。

 現実でこんな場所に放り込まれたらきっと足がすくんで動けなくなっている。

 ガラスの向こう側に広がった暗闇はそれほどの高度があった。


 もしこのがガラス張りが砕けてしまったら?


 今のところ考え抱いている僕の活路はそこにあった。

 【エルド・アーサー】が僕に向けて叩きつけた右腕。その位置のガラスを眺めると、確かに強固な防壁に傷がついたように見える。

 ただそれが表面が擦り切れたものなのか、本当にひび割れているものなのか判断できず、希望と絶望の間をいったりきたりしている状態だ。


 本来なら、僕自身を餌に傷ついたガラス張りの位置へ攻撃がくるよう、誘導するべきなのだろうけど……。


 

「回避行動の推進距離が長すぎる! 確かに安全だけど、これじゃあ次の回避に移る前にお陀仏だ!」



 スラスターのオーバーヒート防止のために自動的に推進剤使用が制限されるのは分かる。

 けど、僕の動きは平面的すぎる。

 ブーストジャンプは出来ても、空中時に移動することがままならない。

 各部バランサーが優秀すぎてリザルターアーマーへの負荷を抑えようとしてるんだ。

 

 おかげで転倒等のミスは少ないし、テスト開始当初であれば楽に回避できる分楽にも思えた。

 だけど今はこれが仇になっている。


 【エルド・アーサー】の3トントラックの衝突じみた正拳突きの一撃目は危なげなく避けることはできても、横方に避けた場合に繰り出される薙ぎ払いは最早スラスターなしの回避になる。これじゃあ運に身を任せるのと同じだ。


 何度でも脳裏をかすめるのは先ほどの少女のことだ。


 このリザルターアーマーでは不可能なのかもしれない。

 それでも、このガラス張りの向こうへ消えた彼女は、僕と同じ見目であのように軽やかに動いてみせた。

 曲線を描く推進剤の燐光が煌めいて遠くなっていく光景に、僕は心の中で手を伸ばしていた。



 しかしすぐにそれはけたたましい警告音によって遮られる。



「ミサイルの掃射? というよりも無作為な乱発――トールか!?」



 頭上より降り注いだ無数の小型ミサイルは、トールの【スピットローダーミサイルポッド】によるものだ。

 こちらの初期兵装にもあるミサイルポッドの数を増やした力押しの兵装だが、単純なダメージは計り知れない。

 どうやらトールが僕の生存を嗅ぎつけたらしい。

 【セイクリッド・ロイヤル】の機動性はやはりチート級だ。おそらく僕がスタート地点で復活しないと確認するや否や、この短時間でここまで戻ってきたのだろう。


 忠犬かなにかを想像すれば可愛いものだが、どちらかといえば粘着質な迷惑プレイヤーというそのままの表現が一番しっくりくる。



「どうせ気づかれていなかったんだから、もっと接近してから撃てばよかったのに!!」



 ミサイルに降られて空間の壁際まで逃げ延びる。

 【エルド・アーサー】のヘイトがトールへと集中してくれたのはありがたい。

 けれど不思議と状況が悪化する未来がみえてしまう。



 数発だけ命中するもクリーチャーの猛威はとどまることを知らない。

 まだ降下途中のトールは度々スラスターを全開にしながら落下している最中だった。



「! その高度なら【王の権威】の磁場形成で浮力が得られる! 早く降りろ!」


 

 叫んだ瞬間、「あぁ死んでくれたほうがマシだった」と気づく。

 ほとんど無意識に助言を入れてしまっていた。



「そういって俺を殺そうとしてんだろ!? 一人で先に進んで逃げようったってそうはいかないねぇ!」



 その疑心はありがたい。こちらもとりあえず建前上助けようとしたし、遠慮せず【エルド・アーサー】の餌食になってくれると都合がいい。


 刹那、クリーチャーがゴムまりのような腿を膨らませて跳躍する。

 風を薙いで空中に飛び出したエルド・アーサーは身をよじらせて勢いを殺し、スラスター噴射で緩慢な降下を続けるトールの眼前へ迫った。



「な、なんでオマエも飛んでんの?」



 トールが呆気にとられて言葉をささやく。

 当然クリーチャーに言葉が通じるはずもなく、エルドアーサーは攻撃する予備動作のために首をひっこめた。


 はじめは噛みつきがくるものかと思ったが、そのタールじみた皮膚の中を光が躍ったところで、新しいモーションなのだとわかった。

 自身の身体すら透過するほどの明度が、エルドアーサーの喉元まで移動していく。


 その光景は特に不気味だった。

 それを目の前で見せられているトールだって正気を保ってはいられないようだ。



「これ! これでも喰らえよ!」


 

 ビームコーティングソードが彼の手元に現れる。

 比べればよくわかるが、ビームによって光り輝くトールの剣よりも、エルドアーサーの体内から生成される何かのほうが光度は上だ。


 トールは剣でもってエルドアーサーの顔を斬りつけようと身を乗り出した。

 まさか、……自分から近づくバカがどこにいる!?


 そう叫ぶ間もなく、エルドアーサーの口元からは風船のような高エネルギー塊が現れたかと思うと、それは破裂してトールを襲った。

 照りつく高熱がトールのアーマーのキャンディ塗装を一気に溶かしつくしていくのが地上から見えた。

 それでもエネルギー波の氾濫はとどまることを知らずに装甲まで溶解しはじめている。



「な、なんだこれ。痛くはない、けど熱い! 熱いのはわかる! 痛みがないだけで熱さは感じる! 溶かされてる! 俺のアーマーが溶かされてるんだよ!」



 おそらく僕のアーマーなら瞬間蒸発だろうが、彼の【セイクリッド・ロイヤル】機は破片どころか原型を保っている。

 エネルギー波の放出が途切れると、動力を失ったトールがガラス防壁に落下した。


 一方で柔軟な筋組織の収縮によってエルドアーサーは華麗に着地する。


 キャラロストにはなっていない。

 彼の体力ゲージはまだ残っているようだった。


 あのエネルギー波は他の攻撃とは一線を凌駕するモーションだったことは、誰の眼からみても明らかだった。

 おそらくは即死級の技、けれどそれを耐え抜いたトールのアーマーはもっとチート級な代物なのだろう。



「か、身体が動かない。動力部がどうたらこうたらって言ってるんだ。 なぁ、NPC。聞いてるのか? ヘッドアーマーもやられて首すら回せないんだ。 おい、どこにいる!?」


 うつ伏せに倒れ込んだトールが叫び散らす。


 ……にしても、ただ落っこちて瀕死になっただけだな、こいつ。

 けど亡骸くらいは有効に使わせてもらおう。


 彼の言葉を無視して、僕は傍らに落ちたビームコーティングソードを手にする。

 

《外部兵装との接続を確認。出力をオーバーしています。 ジェネレーターリミット機能により使用が禁止されました》



 手にした瞬間、警告音声がそう伝えてくる。

 これまで同様、リザルターアーマーのセーフティがそうさせることは想定済みだった。



「痛くはなくても不快だっただろ? 君も僕にさっきみたいなことをしたんだ。」



 彼の背後、あえて視界から外れて耳元でささやく。

 短い悲鳴が聞こえた。トールは力づくでアーマーを動かそうとするが、動力を失ってしまえばアーマーは人型の棺桶のようなものだった。

 

 首元に彼の所有兵装のビームコーティングソードをあてがう。

 ついさきほど使えないことは確認済みだったが、トールはビクついていた。



「この剣のスイッチを入れれば、すぐさま触れるものは溶解してしまう。 やられた僕がいうんだから間違いない。 ……奇遇なことに君もさっき溶かされていただろう?

 どうだった? 

 気に入ったなら、もう一回感じさせることができるかもしれない。

 僕がこの柄を強く握れば、それだけで首に異物が入り込む感覚と自分が消えていく感覚が味わえるんだ。」



「ま、待てって。わかった。俺が悪かった。 今まで遊び半分で殺してごめん。

 ゆ、ゆるしてくれ。 それと、あのバケモノから助けてくれ!」



 普通、謝罪相手に助け求めたりできるものかな。

 それとも言葉一つで謝ればそれで済むことだとでも思ってるのか。

 ……まぁいいや、これからの作戦にはトールの力が必要だったし。



「仕方ない。 けどこれから僕の言った通りに行動してくれ。 じゃないとビームで焼かれるよりも未知数な死に方が待っているかもしれない。

 アーマーの再起動はどれだけかかる?」



「あと100秒近くある。」



「わかった。僕が時間を稼ぐ。あのクリーチャーの狙いは、戦闘不能になった君じゃなくて、戦う態勢に入っている僕に向けられている。 君は動力部の再起動に集中してほしい。

 回復したら、僕の合図で…。」



 一通りの作戦を伝えて間もなく、僕は【エルドアーサー】とトールの間へと躍り出た。

 血走った視線がこちらを捉えたのを確認して背部スラスターを全開にする。


 トールが降下するところを見て、気づいたことがあった。

 それは、いくらチート級のアーマーを使おうが、結局大穴へと降下する手段は、スラスターを用いながら、単純な軌道で降りるしかないということだ。


 一方でガラス張りの向こうにいた少女は僕と同じリザルターアーマーで複雑なバーニアとスラスター操作を行っていた。

 

 これが意味することはつまり、……特殊な操作方法がある可能性が高いということ。


 あの複雑な挙動で出来れば、目の前のクリーチャーの攻撃をまともに避けることができるかもしれない。


 そのためにも、手始めに……。



「さっきから、僕の動きを制限するな!」



 僕は自分のヘッドアーマーへと【エディチタリウム・フィスト】を叩きこんでいた。

 ダメージはたかが知れているが、視界は見事に揺れ動いて若干平衡感覚が危うくなり……僕は”いつのまにか膝を落として跪いていた”。


 頭上で火花が散り、何かのチップのような部品がガラス床へと落ちたのが見えた。

 【Result OS】と書かれたそのアイテムが稲妻を走らせて黒焦げになっていた。


 瞬間、アーマーが脱力して前のめりに倒れそうになった。


 その隙を狙ってか知らずか、【エルド・アーサー】は一触即発の合図に突進を開始する。


 けれどそれよりも僕は、再びトールの剣を手に取り、あることを確認していた。 



「警告がでない……」



 強く握ると、センサーに反応したビームコーティングソードが眩い光を放ち始める。


「マニピュレート……僕のアーマーは自由になった」




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