コンバット・アルゴリズム
――――。
――――。
『貼りついたね。 どうやったの?』
声は確かにジェネシス・アーサーの口元から聞こえている。
まるで口の中に彼女――〈名無し〉の本体が隠れているんじゃないかと思えるほどだ。
僕はアーマーの力をフルに使って、【ジェネシス・アーサー】の破損した背部装甲の突起を掴んでいる。
頻りに身体が上下するため、全力で掴まってなければ振り落とされてしまいそうだった。
『瞬きの間に貼りつかれてて、見れてない』
「”コンバット・アルゴリズム”を使った、はずなんだけど……」
『敵に詳細は教えられない?』
言葉を濁すと〈名無し〉は不機嫌そうに声を潜めた。
別に隠し立てするつもりはなかったが、僕自身、50m以上はあった【ジェネシス・アーサー】との距離を瞬時に埋めた原因が何か、詳しく理解できていない。
カスタムパーツ【グラム・ストーカー】は、《ショック・ゲイン》機能を利用したコンバット・アルゴリズム(=自動モーション・技)【ショック・ウェーブ】が使用可能になる。
僕は数秒前にそれを使うよう、音声認識によって宣言した。
けれど、結果は”エラー”。
デバイスが検知できないという理由で、コンバット・アルゴリズムは中止された。
……にも関わらず、アーマーは突如膨大なエネルギーを背後に作り出し、その力は容易く僕を【ジェネシス・アーサー】まで運んでくれた。
「確実に言えるのは、この葉っぱみたいな遠隔子機が僕のアーマーに何かしらの影響を与えたってことだ。」
さきほどまで飛翔していた逆ハート形の鉄片を手のひらで弄りながら、独り言のように呟くと、〈名無し〉は『なるほど』と相槌を返してきた。
『”菩提樹の葉”みたいな形だね。』
【ジェネシス・アーサー】の血走った眼からでは、位置的に考えて僕の姿は絶対に見えないはず。
けれど、彼女はさも当然のごとく外見に対する感想を告げた。
「菩提樹の葉ってこんな形なのか」
思わずしかめっ面をつくってしまった。
漢字と名称がやたら厨二ワードっぽくて、言葉だけは知っていたが、実際の形は彼女に教わるまで知らなかった。
けれど、菩提樹の葉といえば即座に脳裏をよぎるのは【Ver.シグルド】のことだ。
英雄・シグルド、またの名をジークフリートは、竜の体液を身体に浴びることで無敵の強靭さを手に入れたという。
しかし、菩提樹の葉が背中に貼りついていたことで、唯一その一箇所だけが弱点になってしまった……そんな伝承があったはずだ。
ちなみに、この葉っぱが分離させた僕のアーマー箇所も背部の一部分である。
「なんとなく見えてきた。」
徐々に思考が整理されていく。
この菩提樹の葉型子機は、【Ver.シグルド】のアーマーを一時的に分離させた。
おそらく、アーマーに内臓された《ショック・ゲイン》機能に使う特殊緩衝材を取り出すためだろう。
予め、【ジェネシス・アーサー】から殴打を受けたことで、特殊緩衝材には十分すぎるエネルギーが保存されていた。
子機によってアーマーの一部が分離されることにより、プレイヤーから離れた位置でもエネルギーの解放が可能になったのだ。
しかも、独立した子機のおかげで、地面を介さずとも僕の推進力としてそれが使えるようになった――……多分、そういうことなのだと思う。
「けど、やっぱりあのエラーメッセージ――”デバイスが検知できない”ってヤツの謎は判明しないままだ。」
『単純に、コンバット・アルゴリズムが発動できる環境が整ってなかっただけじゃない?
〈ヴィスカ〉の使う【スレイプニーラビット】にも【有線式アンカーボルト】って兵装に専用コンバット・アルゴリズム《パース・ウェブ》があるの。
アンカーボルトを蜘蛛の巣みたいに張り巡らせることができる技だけど、【有線式アンカーボルト】が射出状態――つまり使用中ね――になってると発動しても即座に中止される。
理由は簡単。 ”有線”の長さが足りなくなるから。』
「足りない…………。
――――あっ!!」
濁流のように”思い当たる光景”がまざまざと頭の中に蘇ってくる。
僕は手のひらに納まった子機をもう一度眺めて……――。
「……ぅぅぅ、うあぁあぁ。
あんぎゃああああああぁあああぁああぁあああぁああ!?!?」
叫んだ。
『うわっ、壊れた。 さっきの衝撃で脳震盪でも起こした?』
〈名無し〉の引き気味なツッコミに付き合う余裕はなかった。
僕は自身の拳で一度思いっきり頬を殴りつける。
なんてこった。
あれだ。
バックパックから【グラム・ストーカー】を取り出した時に一緒に入っていた鉄屑の山!!
あれ全部、この子機だったんだ。
コンバット・アルゴリズム《ショック・ウェーブ》が発動しないのは当たり前だ。
衝撃波を生み出す子機の量が圧倒的に足りなかったんだから!!




