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矢面に立つということ。


                  ☆


 5分前。



 湯本紗矢の通信が入る最中、僕は彼女が「襲撃を受けている」という一言を告げる前に危機を察知していた。

 キャリバー・タウンの南側で佇んでいた巨体のクリーチャー【ジェネシス・アーサー】が突如動き出したからだ。

 それも、紗矢たちのいる中央区へ向かって、キャリバー・タウンの街路すら構わず、建物を足蹴にしてヤツは歩き出していた。


 しかも、だ。

 今まさに僕も中央区へ帰還する途中であり、ともすればその進行ルートは【ジェネシス・アーサー】とかち合ってしまう。

 このままでは最短ルートである街路のメインストリートをヤツに塞がれ、思うように《ショック・ゲイン》機能を使った空中移動ができなくなる。


 ……”ヤツが通りすぎるのを待つ”という選択肢はさっき入った湯本紗矢の通信で消滅した。



「歩幅がでかすぎる……。 一歩進むだけで十数mは進んでるぞ。」



 キャリバー・タウンは建造物が全て廃墟や掘っ立てで出来ているため、高層の建物は少ない。

 そのせいで、余計【ジェネシス・アーサー】の大きさに拍車がかかっている。


 そもそも、彼女が襲撃を受けているのであれば、敵から足止めを喰らって避難できていない可能性が高い。

 加えて、ヤツが増援であるなら、彼女は抵抗している……?


 となれば、僕が【ジェネシス・アーサー】よりも早く彼女の元にたどり着いて助力する必要がある。

 けどまともに競争すれば多分、体躯の圧倒的差で僕が負ける。

 足止め? いや無理だ。あの化物に対してまともに立ち向かうバカがいたのなら、一度お目にかかりたい。

 ……――あぁ、【エルド・アーサー】には立ち向かったことがあるけど、あれは……勢い任せだったからノーカンだ。

 


「……言い訳してる場合か。 今だって勢いに任せなきゃならない時だろ。」



 足止めはできない。

 彼女が襲撃を受けていて、なおかつこちらに通信を入れてきたってことは、至急助けが必要なんだ。

 そして、こちらには高高度まで跳びあがれる《ショック・ゲイン》機能がある。

 

 ならやることは一つに絞られる。



「……跳ぶか。」



 奴と僕の進行ルートが丁度交わる点、そこで《ショック・ゲイン》をバーストし、ヤツに飛び移る。

 タイミングが早ければ踏み潰されるか衝突して事故死、遅ければ歩幅の差で捲られ、先行を許してしまうことになる。

 後者の場合は、【オーバーロード・ソルティ】を臨界寸前の状態で投擲してでもヘイトをこちらに向けさせてやる。

 それで少なくとも、紗矢たちのところにヤツが向かうのは阻止できるはずだ。


 ……その後の保証がないのがなんとも言えないが。



「――地上から見ても若干姿見えるのは異常だよなぁ」



 一応、キャリバー・タウンに存在する建造物は〈Unbreakable object〉、破壊不能なもののため、いくら【ジェネシス・アーサー】が足蹴にして跳びこそうが超負荷に堪えてしまう。

 おかげで足止めにもなりやしない。


 思った以上に走り始めと途中で速度に違いが出ている。

 こちらも建造物をロイター板代わりにして、一気に速度を高めた。



「……緊張してる。」



 僕のプレイスタイルは死んで覚えるだけの愚直な反復練習の基に成り立っている。

 こういう一度きりの機会には、かなり弱いという自負すらある。


 以前、姉さんに言われた「矢面に立つことを覚えろ」という言葉が今も胸に刺さっている。


 姉さんは『スターダスト・オンライン』の宣伝と称して何度もテレビに映り、その都度、似非コメンテーターからVRゲームの危険性に対する意見の回答をしていた。


 決して屈せずに、堂々とVR世界の魅力を語って、ファンを沸かせていたのを覚えている。


 最初は”自分と姉さんは違う。凡才と天才なんだ”と思っていたが、はたしてそうだろうか。

 もしそうだとしたら、「矢面に立て」だなんて助言をしたりするだろうか。

 天才だから何でもできるってわけじゃないことくらい、僕はもう気づいている。




 それでも、〈古崎徹〉という人物を凡才だと思いたいのは何故か。

 ――邪魔したからだ。

 あいつは、姉さんも紗矢のことも、月谷芥や月谷唯花、釧路七重や瀬川遊丹……ついでに笹川宗次の邪魔をした。



「僕には何もない。何もないからこそ、持っている人たちのことを尊いと思える。」



 本心だ。本心だけど、自分でも偽善だと思えるくらい傲慢に満ちているとも思える。

 今さっき、彼らを裏切った僕だって彼らの邪魔をしている一人なのだから。

 つまり、同じ穴の狢だ。



「ジェネシス・アーサーまで、あと、100mっ」



 ……湯本紗矢の復讐を成功させたいのも本心だ。

 けど、僕はそれに都合よく乗っかって、私怨を晴らそうとしているだけなのかもしれない。

 自分が信じられない。一方で、3年間もVR世界にいたせいだと信じる。



「っ――あぁああああぁあああぁああ!!!!」



 頭の中の雑念を無理やりかき消すために叫び、臆病を黙らせてスラスターを解放する。

 距離を調整しながら、〈ショック・ゲイン〉機能で跳躍する機会を見計らう。


 巨躯をありありと見せつけられる距離にまで迫り、僕はヤツの前面へと自身の身体を投げ出した。


 タイミングはよかった。

 【ジェネシス・アーサー】の胸部――破砕された装甲の突起を掴む寸前まで、密着することができた。


 だがしかし。

 奴の巻き起こす気流の乱れがあまりにも強大だった。

 なまじ、破壊不能な〈Unbreakable object〉の建造物と一緒に奴を観察しすぎたせいで、上空の風にまで影響はないものだと早合点してしまった。


 初歩的なミスだった。


 スラスターとバーニアを用いて、何とか気流に抗おうとする。

 だが傍からみればそれは、気流と推進剤噴射で空中に制止する、ちょうどいい”的”だった。



「――――あ」



 僕の存在に気づいた【ジェネシス・アーサー】は四足走行の流れのままに、その腕を僕へと振り上げていた。

 


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